「マネジメントスキルの基礎の基礎」編では、マネジャーになりたての人が理解を深めるべき、マネジメントの根幹となる要素をそれぞれ解説します。
これまでに深く考えることがなかった事柄も含まれるかもしれませんが、1つひとつを理解していくことは難しくないはずです。知識を着実に積み上げ、マネジャーとしてのスキルを伸ばしていってください。
今回は、「リーダーシップ」「エンパワーメント(権限委譲)」「マズローの欲求5段階説」の3つの要素について理解を深めてみましょう。
リーダーシップとは、目的とその意味を明らかにし、目的の遂行のために周囲を引っ張っていく力です。特に重要なのは人格的なリーダーシップです。リーダーシップは受容されてはじめて意味を持ちます。
リードとは、周囲を引っ張っていくことであり、目的のために周囲を巻き込んでいくこと。リーダーシップとは、そのためのスキルです。
個人がある仕事において、自分の役割を完全に果たそうとしても、自分自身の裁量範囲内でやっている限り、その仕事が完全なものにはならない場合があります。ときに自分の裁量を超えて、人に働きかけ、巻き込んででも、それを達成しなければならないときを迎えます。そのときに働きかけたり、巻き込んだりする力が、リーダーシップなのです。決してリーダーやマネジャー以上の役職者に委譲されている権限範囲などのことではありません。
リーダーやマネジャーがその役割を果たすのは、職務としていわば当然のことであって、リーダーシップとはいいません。また、リーダーシップのあるなしを判断するのはメンバーです。リーダー自身がいかに「自分はリーダーシップを発揮している」と考えていても、メンバーがそう思っていなければ無価値です。
プロジェクトチームにおいて、リーダーシップを発揮するために必要なのは次の2点です。
・メンバーに目的、到達点を伝達する
・その意味をきちんと伝える
プロジェクトが進行している間は、経過の報告と情報の共有に留意しましょう。メンバーに対しては、目標への進捗状況の確認および、すすめ具合や働きぶりの評価をおこないます。その際、肯定的な評価を盛り込み、チーム員であることの充足感を与えることが必要です。また、個々のメンバーの状況を他のメンバーにも提示し、また問題解決に役立つような情報などは、できるだけ共有化していきます。
リーダーシップには、「フォーマル・リーダーシップ」と「インフォーマル・リーダーシップ」の2つの形態があるとする考えがあります。フォーマル・リーダーシップとは、管理職に対し組織から与えられた権限を行使することをさします。
これに対して、正式な権限は何も与えられていないものの、人格に備わった説得力などで自然な成り行きとして発揮されているリーダーシップが、インフォーマル・リーダーシップです。真のリーダーには、役職などがなくても、自然に人がついてくるものです。
本田宗一郎や松下幸之助など、「天性のリーダーシップ」とも呼ぶべきリーダーシップを持つ人物がいます。しかしもちろん、後天的に学ぶことによっても、確かなリーダーシップを身に付けることはできます。
メンバーが「ぜひついていきたい」という気持ちになるリーダーがどのようなものかを考え、学んでいく必要があります。そのようなリーダーが、メンバーに方向性を示し、組織の方向付けをおこなっていくのです。
エンパワーメントは、メンバーに権限を委譲していくこと。同時に「力付ける」という意味も持っています。権限に見合った思考や判断が自律的にできるよう、適切に導いていくのがエンパワーメントの考えです。
エンパワーには「力付ける」という意味があり、エンパワーメントは「権限委譲」という意味になります。
日本の旧来の組織はピラミッド型。役職が上位になるほど権限が強力になっています。これはパワーマネジメントと呼ばれました。しかし日常の業務において、取引先など外部と接点を持つのはピラミッド構造の最下層の部分。これだと、顧客に対して臨機応変な対応ができません。
よくある打合せの場面を想定してみればわかります。せっかく顧客との商談の機会をとりつけたのに、話の要所要所で「上の者に相談してお返事します」というセリフを繰り返さねばならず、スムーズに業務をすすめられません。
このようなケースを解消するため、エンパワーメントという考えが取り入れられました。現場にある程度の権限をあらかじめ与えておくことで、各担当者の自主性を高め、顧客対応も向上させる考えです。いちいち上位の意思決定を待っていたのでは、いち早く返事をした競合他社に利をさらわれるようなことになりかねません。
また現場は、常に顧客と接していることから、新しい情報に触れる機会を持っています。そこで現場に権限を委譲すれば、現場での改善や革新が、スピーディに実行されることになります。エンパワーメントには、人や組織のモチベーションとパフォーマンス(成果)を引き出す効果が期待できるのです。
またエンパワーメントは、部下の能力向上にもつながります。多くのマネジャーは、「メンバー自身に問題解決をさせるよりも、問題を自分が引き受けてしまったほうが楽だし、正しい結果を導ける」と思ってしまいがちです。しかしこの考えはあまり正しくありません。メンバーは通常、マネジャーが思っている以上に能力を持っていますし、ある程度の権限を委譲することで、さらなる能力を身に付けることができるのです。
もしも仕事や問題解決の権限をメンバーに委譲することでうまく運ばなくなっているとしたら、それはメンバーの能力の問題ではありません。マネジャーの権限委譲の仕方に問題があるのです。責任まで放棄して丸投げしたり、自分の命令の手先として部下を動かすような姿勢ではいけません。仕事を手渡し、「このような場合にはどうしたらいいと思うか」という質問を繰り返すことで、徐々に委譲していける関係をつくります。
なお、むやみにエンパワーメントをおこなうことの危険性も意識しておく必要があります。仮に現場ごとに判断や対応が異なってしまうと、品質不全、顧客の不満足につながります。現場の判断や顧客への対応方法の礎となる会社の方針を常に打ち出しておく必要があります。
人間の欲求には5つの段階があるとする、組織心理学にも広く応用されている学説です。5つの欲求はピラミッド型にあてはめられ、下層のものが満たされると、一段上の欲求を満たしたくなるものと規定しています。
アブラハム・マズローは、20世紀アメリカの心理学者で、人間の自己実現を研究しました。なかでも人間の欲求階層のピラミッド説は有名です。
【マズローの欲求5段階説】
これらの各欲求階層の下層のものが満たされた場合、一段上にある欲求が生まれるとマズローは主張しました。本来は、人間の成長過程で満たされる欲求として5つの段階を位置付けたものですが、組織心理学にも利用されてきました。各欲求をみていきましょう。
元来は人間の成長過程を説明するためのツールであるため、短絡的、短期的に組織心理学にあてはめて考えるのは得策ではありません。たとえば「給料を上げ、待遇を改善すれば、生理的・安全欲求が満たされるため、会社への帰属欲求が生まれるはずだ」というような、単純な話ではありません。また特に、最終段階である自己実現欲求については個人の領域が多分に含まれるため、管理的になりすぎないよう注意が必要です。