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第23回 「石油」の街でのミスを「水に流して」くれた人(新疆ウイグル自治区)

COLUMN

新疆ウイグル自治区のジュンガル盆地にカラマイという街があります。「カラマイ」とは、ウイグル語で「黒い油」。その名のとおり、1955年に国内屈指の大規模な油田が発見されて以来、油田開発によってめざましい発展を遂げてきた新しい街です。自治区最大の都市ウルムチから約400キロも離れているこの街を訪れる観光客は極めて少なく、訪れるのは石油業界のビジネスマンばかりなのですが、15年くらい前、そんなカラマイに数日間、滞在したことがありました。
中国の辺地を歩くのを趣味にしている人間とはいえ、もちろん観光目的ではありません。某大手石油メーカーの現地視察に「通訳」として同行したのです。

 

 

メンバーは、世界中の産油地を飛び回っているベテランのA氏とB氏、そして北京で合流した若い中国人英語通訳のCさんと僕の4人です。温厚篤実な大先輩のA氏とB氏は、まだ20代だった若輩者の僕を温かく見守ってくれ、同世代のCさんとは中国語で雑談して打ち解けたので、カラマイに着くまでは、ウルムチ観光を満喫するなど、非常に楽しい時間を過ごすことができました。

 

が、カラマイでは、地元政府の油田開発プロジェクトのメンバーと会議の場が設けられ、そこから状況が一変することに。
当初、この仕事の紹介者からは「今回の訪問は、お互い顔見せ程度だから」と言われていたのですが、現地政府関係者の空気はまるで違っており、掘削機の構造やら地層図が書かれた資料が配布され、いきなり難解な専門用語が頻出する開発プロジェクトの説明が始まったのです。こうなっては、門外漢の僕が対処できる道理がありません。紹介者の言葉を鵜呑みにし、スケジュールをしっかり確認しなかった自分の手落ちです。

 

 

訳が分からず言葉に詰まりオロオロしていると、先方の責任者らしき人物が「早く説明してくれ」と激怒してしまいました。どうやら、先方は業界事情に精通したプロの通訳が来ると誤解していたらしいのですが、中国語を解さないA氏とB氏は、ただ困った表情を浮かべるばかり。

 

重苦しい雰囲気に包まれるなか、救世主となってくれたのがCさんでした。「大学時代、地質学を専攻していた」という知識豊富なCさんは、別件で同行していたのですが、僕が困り果てているのを目にすると、自ら率先して先方の言葉を英語に訳してくれたのです。長い海外駐在経験があるA氏とB氏は、英語は堪能だったので、どうにか窮地を脱することができました。まさに「地獄で仏」です。しかもCさんは、僕のミスをまったく責めることなく、「カラマイは何の娯楽もない殺風景な街だろう。だから、こんな場所へ赴任している人間は、みなストレスがたまっているんだよ。役人連中が声を荒げたのも、日本人だからとかは関係ないから」と声をかけ、逆に気遣ってくれました。

後日、聞いた話によると、Cさんは1時間以上も英語通訳で奮闘したにもかかわらず、一切、謝礼を要求しなかったとのこと。一般的に「カネにはシビア」とのイメージがある中国人ですが、こんな「男気」をみせるのもまた中国人の一面なのです。

 

翌日は4人でカラマイ郊外のウルホ地区に広がる奇観「魔鬼城」を観光しました。強風によって浸食された岩山の奇怪な形状と、強風が吹くと悪魔が唸るような無気味な音が響き渡ることから、この恐ろしげな名前が付いたといわれています。
カラマイ地区で唯一の観光名所なのですが、前日のミスが尾を引き沈鬱な気分だったので、正直、あまり印象に残っていません。カラマイと聞いて思い出すのは、いまだ政府関係者の苛立った表情なのです。これを「トラウマ」というのでしょうか、いまなお、開業まもない鉄道に乗ってカラマイを再訪しようという気にはなれません。北京在住のCさんは、無性に懐かしく感じられるのですが。

 

聞いた話によると、Cさんとともに、至らない自分を励ましてくれたAさん、Bさんとも数年前に「鬼籍」に入られたとのこと。帰国後はお互いバタバタするうち疎遠になってしまい、ちゃんとお礼とお詫びができなかったことが悔やまれます。
僕にとって「魔鬼」カラマイは、やはり「鬼門」なのです。

 

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