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第15回 消えたベトナムへの鉄路と都会のエアポケット~雲南省昆明~

COLUMN

平和な島国に暮らしていると、「国境」を意識する機会はなかなかありません。その点、14カ国もの国と地続きの中国では、ごく自然に「隣国」の存在が人々の生活のなかに入り込んでいます。ただ、北朝鮮のように緊張感あふれる国境がある一方、ラオス、ベトナムなどは地元の人がサンダル履きで気軽に往来するのどかさ。隣接する相手国の情勢によって、かなり温度差はあるようです。

10年以上前、雲南省の昆明から河口を経て、陸路でベトナムのラオカイという町に入ったことがありました。昆明―河口間(昆河線)の鉄道は、中国では数少ないナローゲージ(狭軌)のローカル線で、ダイナミックな大自然の車窓風景は今も記憶に焼き付いています。

その懐かしい昆河線は、2003年に旅客営業が中止になってしまいました。長距離バスに客を奪われたうえ、線路の老朽化が進んだためです。

「儲からない路線だから補修費用が惜しい」と考えたのかも知れません。

昆河線の歴史を遡れば、インドシナ半島を支配していたフランスが1910年に建設した滇越鉄道の一部であり、雲南省で最も古い由緒ある路線だったのですが。

 

しかし、昆河線は完全に息絶えたわけではなく、昆明地区のごく短い区間にのみ、全国版の時刻表にも載っていないローカル列車が朝夕2往復運行されています。昨年末、かつてのベトナムへの旅を思い出しながら、細々と地元客を運ぶミニ列車と再会してきました。

 

起点となるのは、主要都市への列車が発着する昆明駅ではなく、街はずれにある昆明北駅。駅前は完全に工事現場と化しており、鉄パイプで組まれた高い鉄柱の先に「北站」(北駅)の文字があるだけで、駅舎内にある「雲南鉄路博物館」も閉鎖されていました。運行区間は、昆明北を中心に、東へは旧昆河線の王家営、西へは石咀(旧昆河支線)まで。夕方の石咀行きに乗り込むと、使い古された車両に乗客は少なく、行商のおばちゃんの姿がちらほら散見されるくらい。建設ラッシュの高層ビル群とオンボロ列車のコントラストが、都会のエアポケットのようで、なんとも不思議な感じでした。

 

石咀までは約40分間の旅。古い工場やアパート、買い物客で賑わう青空市場、雑草だらけの空き地――ありふれた日常の平凡な風景が、この列車には似合っているようです。終点の石咀は、ホームすらない貨物駅。一眼レフを取り出して撮影していると、頑固そうな老車掌に誰何(すいか)され、「何を撮っていたのか見せろ」と凄まれる事態に。単なる鉄道ファンであることを説明し、どうにか無罪放免となったものの、まず外国人が訪れない場所なので、不審者と思われても仕方ないでしょう。

 

翌朝は王家営まで往復しました。王家営へは約1時間の旅。昨日同様、数少ない乗客は近郊農家の行商人や普段着の地元客ばかりで、この線路の400キロ先にベトナム国境があるとは到底信じられません。たった2往復の列車を、よく使いこなしているものだと思います。河口までの移動に比べれば、あまりにもあっけないミニトリップでしたが、用なしの烙印を押された国境鉄道が、地元の足として奮闘している姿に触れられたのは貴重な体験でした。

 

ちなみに、現在、昆明から玉渓を経由して河口に至る別ルート(新昆河線)の標準軌の建設が急ピッチで進められており、近い将来、中国(昆明)―ベトナム(ハノイ・ホーチミンシティ)―カンボジア(プノンペン)―タイ(バンコク)―マレーシア(クアラルンプール)―シンガポールを結ぶ汎アジア鉄道構想の一翼を担うとのこと。消費税増税だの電気料金値上だの、ちっぽけな話題ばかりの日本では考えられない、実に壮大なスケールのプロジェクトではありませんか。開通した暁には、ぜひこのルートを辿り、アジアの広さを体感したいと思っています。もちろん、旧昆河線のローカル列車が生き残ることも願いつつ。

 

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