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第5回 中国タイムマシンの旅

COLUMN

小学生の頃、「ドラえもん」に出てくるタイムマシンに憧れを抱いていました。あれから30年――宇宙旅行が可能になる時代はそう遠くないのかも知れませんが、残念ながら、タイムマシンの発明を目にするチャンスはなさそうです。 

 

しかし、中国へ行けば、その夢が少しだけ叶うということに気付きました。今回は僕の一番の趣味である鉄道の旅をテーマに、半世紀前と変わらないであろう原風景に出会ったタイムマシン体験を紹介してみたいと思います。

 

6月末には北京―上海間の高速鉄道が開業で、いよいよ中国も本格的な新幹線時代に突入しました。

リニアモーターカーが走っているのも、世界じゅうで中国だけ。上海の浦東空港と市内を結ぶリニアには何度か乗車したことがありますが、まさに「未来の乗り物」といった印象でした。 

高速鉄道の料金は非常に割高なのですが、そのかわり快適な時間が約束されます。北京―天津間の都市間高速鉄道では、はじめて1等車を奮発してみました。広々としたシートは新幹線のグリーン車よりも居住性がよく、夢見心地で天津までの30分間を過ごしました。 

 

夢見心地と表現しましたが、それはあくまで単なる移動手段と割り切った場合の話。ひと昔前の中国を知る者にとって、鉄道の旅といえば、数少ない切符の争奪戦、通路にまで人があふれる窮屈な車中、暑さ寒さに耐えての長時間移動など、苦しいイメージばかりが浮かんでくるので(それらを補って余りある楽しさも感じているのですが)、感慨もひとしおだったわけです。

 

鉄道ファンとしては、この前日に乗車したオンボロ地方鉄道の旅こそが、本当の意味での夢見心地でした。そう、これが本題のタイムマシンの旅です。舞台は河南省の省都・鄭州市から南へ1時間ほどの距離にある許昌市。許昌地方鉄路局が運営する希少なナローゲージ(狭軌)路線が奇跡的に残っており、許昌―郸城間の約250キロを、1日1往復だけ運転される小さなオンボロ列車が6時間かけて走っています。

 

鉄道の開業は1966年。2両の老朽客車は、おそらく開業年から使われ続けているに違いありません。座席は硬い木製で、中国語で2等車を表す「硬座」の語源を見る思いがしました。窓枠は歪んで開閉がままならず、デッキのドアも完全には閉まらないので半開きのまま。客車の前後には貨車が連結されており、乗客が自転車、リヤカー、農機具などを無造作に放り込みます。

 

朝7時、始発にして最終の列車は、凸凹だらけの機関車に牽引され、ゆっくりと廃材置場のような許昌駅を発車。1日1本しか通らないせいか、交通量が多い踏切でも、遮断機すらなく、長い車列が気長に列車の通過を待っています。許昌の市街地を抜けると、窓外には一面の田園風景が。また、線路の両側に背の高い樹木が植えられている区間が多く、まるで緑のトンネルをくぐるようで、爽快このうえありません。途中駅から乗りこんでくる乗客は、真っ黒に日焼けした農民ばかり。満員の車内には難解な方言が飛びかい、タバコと土の匂いが充満します。おそらく1966年以来、まったく変わらない光景なのでしょう。古い工場の壁に書かれた毛沢東時代のスローガンが、ここでは色褪せた感じがしませんでした。結局、40分ほど遅れて13時40分に郸城着。折り返し列車は14時発なので、ちょっと慌しいなと思いつつ、念のため女性車掌に確認すると、「14時40分発」とのこと。遅れを取り戻す気はサラサラなく、ゆっくりと昼食をとるため、他の乗務員とともに市街地へと消えていきました。

 

もうひとつ紹介したいのが、この数カ月前に乗車した四川省楽山市の郊外にある沫江煤電という炭鉱鉄道です。この鉄道の愛称は「鳥籠列車」。その由来は、写真を見ていただければお分かりですよね。石炭輸送のための路線であり、人間を運ぶのは「おまけ」。運賃は片道たったの1元です。残照に染まるのどかな野山の風景を眺めながら、荷物になったような気分でガタゴト揺られていると、芥川龍之介の小説「トロッコ」を思い出しました。

 

採算に合わないこれらの鉄道は、いつ廃止になっても不思議ではありません。乗っておくなら今のうち。廃止になってしまえば、タイムマシンで乗りに行くことはできないのですから。

 

リニアや新幹線が疾走する一方で、浮世離れしたオンボロ列車が残っている国は、世界広しといえども中国だけでしょう。未来と過去の列車が共存し得ているのは、厳然たる「格差」が存在しているから。金持ちは高速列車のふかふかの座席に身を沈め、貧乏人は「硬座」や「無座」(座席なしの切符)で身を寄せあうのが今の中国の現実なのです。

金持ちしか乗れない高速列車の名称が、「調和の取れた社会」を標榜するスローガン、「和諧」号と名付けられているのは、なんとも皮肉な話という気がしてなりません。

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