デザイン思考 / Design Thinkingという言葉を耳にすることが増えている。今いろいろな分野で求められているイノベーションを生み出すための、ひとつの有力なメソッドとして注目されている手法だ。誤解を恐れずにごく簡単に言ってしまえば、デザイナーのような発想方法でクリエイティブに物事を考えることで、イノベーションを起こすことができる、ということだ。
これはもともとスタンフォード大学における業際を超えた新部門である「d.School / dスクール」において提唱され実践されている手法であり、dスクール創立のエンジンとなったデザイン会社IDEO(アイディオ)では以前から用いられてきた手法だ。アイディオはもともとプロダクトデザインを専門とする企業で、アップルの最初のマウスをデザインしたことで有名だ。ここ数年同社の活動範囲は急激に拡大しており、世界各国で多くの企業のプロダクト開発に携わりつつ、企業や自治体がユーザーに提供するサービスそのものをデザインするようになっている。
思考方法を変えることでイノベーティブになるなんてホントに可能なのだろうか、と疑うのはもっともだ。しかし少なくても私は、現在多くの日本企業や社会が直面している大きな壁を乗り超えるため、デザイン思考がひとつの「ジャンプボード」となりうることは確実だと考えている。
さらに活用次第ではもともと日本人が備えていた能力を再び目覚めさせ活発化させることにも繋がっていくのだと思う。なによりも私自身、ある大学の仕事でdスクールやアイディオを訪問して、そこで活躍する人々の話を聞き、彼らの活動の現場を見て、彼らと議論する中でそうした確信を持つようになった。
スタンフォードdスクールはデザイン思考のための実践的ガイドブック「the d.school bootcamp bootleg」を公開しており、米国ではデザイン思考で社員をクリエイティブにしようと考える多くの企業でテキストとしても活用されているようだ。これから数回連続して、このガイドブックに書かれていることを私なりに意訳&要約してお伝えすることで、デザイン思考とは何か、どのように世界を変えるのか、少しずつ明らかにしていこうと思う。
デザイン思考を理解し実践するためには、従来型の発想方法や作業とは異なる独特な「マインドセット/心構え」が求められる。いますぐにすべてを理解することは難しいと思うが、まずはその心構えを書き出してみよう。今わからなくても、次第にわかるようになるので、我慢していろいろ想像しながら読み進んでいただければ良いのではないだろうか。
「Show Don’t Tell」
言うのではなく、見せる。生み出したビジョンはインパクトを与えることのできる意味ある方法で見せるようにする。単に言葉で説明するのではなく、イラストなどのビジュアルや楽しいストーリーに組み立ててコミュニケートすべき。
「Focus on Human Values」
人間の価値観にフォーカスする。ユーザーの体験に共感することによってのみ、彼らからフィードバックが得られるようになり、それがすべてのデザインの発想を生み出す基盤になる。
「Craft Clarity」
そこに存在しているややこしい問題から、ひとつの一貫したビジョンを生み出し、それを使って他人をインスパイアし、アイディエーション(アイデアを生み出す)するための大切なエネルギーにする。
「Embrace Experimentation」
プロトタイピングはあなたのアイデアが有効であることを証明するために行うのではなく、そこからイノベーションを引き起こすための重要なプロセスとなる。作ることで考え、学び、また作り、考え、学び続ければ良い。
「Be Mindful Of Process」
あなたが現在デザインプロセスのどの段階にいるのか確認し、その段階においてどのようなメソッドを用い、どのようなゴールを目指すのか、常に意識するように。
「Bias Toward Action」
もしかしたらこれをデザイン思考とは呼ばない方が良いのかもしれない。単なる思考ではなく、実践なのだから。思考やミーティングだけにとどまることなく、行動して実際に形にすべき。
「Radical Collaboration」
さまざまなバックグラウンドとユニークな視点を持つイノベーターとのラジカルなコラボレーションこそ重要。そうしたダイバーシティ環境から生まれるであろうブレークスルーのためのインサイトやソルーションを最大限に活用しよう。
デザイン思考の実践には全部で5つのモードが存在するが、その最初に来るのが共感のモードです。共感は人間を中心においたデザインプロセスの一番のベースとなるモード。そのため必要なのは次の3つ。
「オブザーブ」ユーザーやその生活環境、活動をすべて観察する。
「エンゲージ」計画的に短期間で行われる出会いを設定し、そこでユーザーと交流しインタビューする。
「イマース」巻き込まれる。ユーザーが体験していることを自分自身でも体験する。ユーザー体験に巻き込まれるという体験をする。
なぜこのようなユーザーへの共感が必要なのか。人間を中心においたデザインでは何よりもユーザーの理解が重要になる。解決すべき課題はあなた自身の課題ではなく、ユーザーの課題であるからだ。彼らのためのデザインである以上、彼らがどのような人で、何に価値を感じているのか、といったことに深く共感する必要がある。
たとえば、人々の言葉や彼らを取り巻く環境への反応の仕方を観察することによって、彼らが何を考え、何を感じているのか、その手がかりになる物を見つけることができる。イノベーティブなソルーションは常に彼らの行動の中に潜んでいるインサイトから生まれる。
ところが我々の知能はすべてを見て処理するのではなく、自動的に多くの情報を排除して、見たいと思う物だけを見るようになっている。そのためインサイトを見いだすことは非常に困難だ。ゆえにこれまでとは異なる「新しい二つの目」を使って物事を見る必要がある。人間中心デザインのために用意されている共感のためのツールは、そうした新しい目を与えてくれる。
問題定義モードとは何か。それは、共感することによって発見されたニーズとインサイトを分解し再び統合すること。分散よりも集中の段階だ。ここでは二つのゴールを目指す。まずユーザーと場所に関する理解を深める。その理解の上に立って、実践可能な問題定義文、つまり独自の視点を見つける。この視点は、特定のユーザーについての共感から導き出されたあなたのインサイトとニーズに関して、明確なガイドとなるステートメントであるべき。
ではなぜ問題定義が必要なのか。それはあなたが解決しようとしている問題を明確にしてくれ、さらに解決策へと導いてくれるきっかけとなるから。そのためにも問題定義文は魅力的に書かれるべき。
たとえば良い視点というのは・・・
以下、次号「MODE:Ideate / モード:アイデア化」 に続く。
Hasso Plattner Institute of Design at Stanford University
d.School
The D.SCHOOL BOOTCAMP BOOTLEG