Fedexといえば誰もが知っている米国の宅急便企業だが、今回採り上げるのはそれによく似た(というか、Fedexを意識した)「edX/イディクス」だ。今年9月、このedXがグーグルと提携するというニュースが発表され、米国の教育ビジネス関係者には大きな衝撃が走った。
edXは米国のNPOで、いま大学関係者の間で話題の「Mooc/ムーク」の代表的なプラットフォームの一つである。Moocというのは「Massive Open Online Courses」の略。時には「Moocs/ムークス」と呼ばれることもある。簡単に言えば、現在大学で行われている講座をオンラインで、かつ世界的な規模で公開する、という新しい取り組みだ。
米国の主な大学は最近、インターネットを活用して無料のオンライン講座を次々に開設し公開している。そのためには講義を収録した動画や使用される資料をネットで配信するための仕組み、言い換えればプラットフォームが必要になってくるが、その一つがedXである。
そしてインターネットビジネスの巨人グーグルがedXと組むというニュースは、急激に拡大するムークによって今後創出されるであろう市場において、誰が生き残り、誰が中心的地位を占め、誰が利益を得るかという、ムーク関連ビジネスの未来に大きく影響する。
ちなみに、米国で現在運営されているMoocプラットフォームの主なものは以下の三社である。
まずスタンフォード大学が中心となって運営されている「Coursera/コーセラ」。現時点で、ここには米国内の大学以外にも、世界各国から100以上もの大学や組織が参加して、500を超えるコースを運営している。受講生の総数は世界190カ国から合計1,700万人以上。もっとも人気の高い講座はなんと24万人が受講している。
スタンフォード大学からは「Udacity/ユーダシティ」というもう一つのプラットフォームも生み出されている。ここでは現在30ほどのクラスが開講されている。
そしてハーバード大学とマサチューセッツ工科大学(MIT)がスタートさせたのがedXだ。このedXがグーグルと提携して、同社が誇る世界最高水準のテクノロジーによるサポートと、潤沢な資金によるバックアップを得る。目指すのはもちろん、edXを世界のムークのプラットフォームのデフォルト的存在とすることだ。
これらのプラットフォームで提供される講座の多くでは宿題も出るし、オンラインでの討論も行われ、講座の最後にはテストも行われる。そうしたものをすべて無事に終了すると、オンライン講座限定ではあるものの、終了証書が与えられるものも少なからずある。今後、米国ではこうした証書を正式な大学の単位として認めようとする動きも出ている。
ちなみに講座の受講は無料であっても、終了証書の発行は有料である場合が多いようだ。ムークの受講者数は急激に拡大しているために、ビジネスとしてムークを見た際、証書の発行はマネタイズ手法の一つとして注目されている。
日本ではムークはまだそれほど普及しているわけではない。東大がコーセラ、京大がedXをプラットフォームとして、英語での講義を配信することを発表しているという程度。ちなみに2013年9月東大で行われた宇宙研究機構長の山内裕平准教授によるオンライン講義には、38,000人あまりが登録したと、日経新聞が伝えている。
世界の動きとは異なり、日本国内でのムークの普及がなかなか進まないのにはいくつか理由が考えられる。英語が事実上世界共通言語である以上、日本語で行われている講座は世界には通用しない。このままでは(携帯同様に)ムークの分野においても、日本がガラパゴス化していく可能性がある。
もちろんムークには解決されるべき課題がいくつも存在している。まず指摘されているのが、はたしてビジネスとして成立するのか、という疑問。コンテンツ自体が無料提供されているので、どのようにマネタイズするのかという点は常に問題となる。
ちなみに日本にはビジネス・ブレークスルー大学のように、営利目的で運営されるオンライン大学がある。オンライン講座ゆえに、当然通常の大学のような施設は一切必要ない。だから収入源としての学費は低額であっても、必要なコストを低く抑えることが可能となる、それなりにビジネスとして成立する可能性はある。
しかしムークの場合はプラットフォームそのものであり、コンテンツを販売しているわけではない。コンテンツの提供者はあくまでも大学などの教育団体だ。それでもプラットフォームというビジネスそのものは、インターネット専業企業にとっては馴染み深く、不自然ではない。
プラットフォームビジネスにおいては、そこに多くの人(ユーザー)が集まりさえすれば、付加価値をつけたサービスを有料で提供したり、終了証書の発行を有料としたり、コンテンツ提供者からシステムの利用料を徴収するなどの方法で、大きな収益を上げることも可能だろう。しかし現時点ではそれもあくまでも一つの「可能性」に過ぎない。
振り返って考えれば、もともとインターネットは「知」の蓄積であるコンピュータを、互いに接続することで生まれる「知」のネットワークである。それゆえムークの概念自体は、インターネットが生まれた当時から研究者の間には存在していた。実際コンピュータの技術を使って、誰もが参加可能なフラットでオープンな世界をつくり出すという「Learning Web/ラーニングウェブ」という構想はすでに70年代の米国に存在していた。
面白いことに、そこで目指されていたのは「学校の無い社会」だ。そこには、学びたいと思った人がいつでもどこでも学習リソースにダイレクトにアクセスできる仕組みと環境があり、ユーザー同士が互いに何を学ぼうとしているのかを共有することも可能であり、広めたいと思っている知識を、知りたいと思う人には誰にでも伝えることができる。まさに「知」のオープンなプラットフォームである。
もっともこの「学校のない社会」は当時はまだ構想にとどまっているだけで、技術的に実現されることはなかった。しかし現在、ムークによってそれがまさに実現されようとしている。
またムークは決して大学教育に限定されるものではない。しかし現時点で、ムークを積極的に人材育成などに用いている企業はまだそれほど多くはない。そうした先進的な企業の一つである米ヤフーでは、社員がテクニカルな知識の育成のためにコーセラを利用して終了証書を得た場合、ヤフーがその費用を負担することを発表している。
同社はもちろんこれまでも社内で継続的に、社員の技術者向けにそうしたテクニカルな研修は行ってきた。その一環としてムークを活用することは、グローバル企業であるヤフーにとっても大きなメリットになる。それゆえ社員に対しての経済的なサポートを提供することにしている。
また人材の育成以外にも、リクルートにおいてムークを活用するという可能性もでてきた。たとえばムーク自身が企業に対して、企業が必要とする知識を持った人材を紹介する、というサービスも検討されている。企業が求める能力と人材のマッチングの度合いを、ムークのデータからより具体的に提示することも不可能ではない。ムークによって選び出された候補者リストは、企業にとってきわめて精度の高い価値あるリクルート情報となるだろう。
同時に、明確に目的を持ち、学ぶ意欲を持った学生にとってムークは、検索、リコメンデーション、いつでもどこからでも、といったインターネットのメリットがそのまま学習に活かせるわけで、効率を追求した学習が可能になるということだ。大学での学習に効率が必要かどうかは意見の分かれるところだろうが、企業の人材育成などには効率の追求は不可欠な要素と言えるだろう。今後の展開していくであろうムークに注目し続けたい。
Mooc 公式サイト(edxが運営)
http://mooc.org/
Mooc ブログサイト Think Massively(巨大規模を考える)
http://moocs.com/
Coursera Take the world’s best courses, online, for free(世界のベスト講座を、オンラインで、無料で)
https://www.coursera.org/
edX Take great courses from World’s best universities(世界トップクラスの大学が誇る最上の講座で学ぶ)
https://www.edx.org/
UDACITY Learn. Think. Do. (学び、考え、行動する)
https://www.udacity.com/