企業が研修を実施する場合、もっとも困難であり、同時に重要なのは研修を受ける従業員自身を「その気」にさせることだろう。そのために経済的なインセンティブを用意したり、逆に不参加者に罰則を与えたり、上司からプレッシャーをかけたりして、無理やり研修を受けさせることも少なくない。米国においてもそうした状況は日本と変わらない。
どちらの場合も一定程度の効果はあげられるかもしれない。しかし最近米国で非常に有効と考えられる手法が登場して注目されている。それが「Gamification / ゲーミフィケーション」と呼ばれるコンセプトを研修に持ち込むことだ。これまで伝統的に使われてきた様々なインセンティブの効果を大きく上回って、ゲーミフィケーションは従業員自身の研修に対する興味を増加させる、という成果を示している。
ところで、これまでゲーミフィケーションというコンセプトは、主にエンドユーザーを対象とするビジネスの領域において用いられることが多かった。特にセールスや顧客サービス分野ではゲーミフィケーション的手法はごく一般的でに用いられてきた。しかし現在多くの企業がゲーミフィケーションというコンセプトを、従業員のパフォーマンスをあげるための研修にも活用し始めている。
金銭的なインセンティブがモチベーションを上げるパワフルな要素であることは、どのようなビジネスにも共通する常識である。しかしそれだけではないことも明らかだ。特にゲーミフィケーションは人々の行動に変化をもたらせる効果が高く、しかも慣習にとらわれない非常にユニークな手法だ。ここで論じている行動変化は、ステータス、レピュテーション(評判)、ピアー(同僚)プレッシャーという3つの心理状況に大きく関係しており、それが変化のエネルギーとなったと考えることができる。
「ステータス」
ビジネスでも人生でも、あの人はあの分野におけるエキスパートである、と周囲の人々に認められることは大きなモチベーションとなる。たとえゲーム化された研修やトレーニングであったとしても、エキスパートというステータスが得られることは、研修に対するモチベーションをアップする強いインセンティブとなりうる。
「レピュテーション」
前述したステータス同様に、ゲーミフィケーションは、成功者として評価されたい、周囲からよく思われたいという人間の自然な欲求に強く働きかける。研修コースやその後のテストを高得点で修了することは、こうした心の欲求を満たすことになる。
「ピアープレッシャー」
自分が怠け者であることを世間に暴露したいと考える人はいない。またゲームの結果として、他人が成功しているという事実がはっきりすることによって、自分よりも他人の方がうまくやっているという事実がいやでも見えてくる。厳しいトレーニングに遅れを取っている人は、しっかりとトレーニングをこなしている同僚を見て、自分ももっと頑張らなくては、と踏ん張る気持ちになってくるものだ。
この3つの要素はゲーミフィケーションが機能するきわめて本源的でコアな原理と考えられる。これらの要素が心的なエネルギーとして機能することで、ゲーミフィケーションという環境下では、参加者本人が意識することなく、あるいは余計な疑問を抱くことなく、ゲームのメカニズムの中でいつの間にか夢中になってしまうのだ。
ゲーミフィケーションは現在各分野で流行中のコンセプトであるだけに、企業がゲーミフィケーションを従業員研修に取り入れる時、あらかじめ明確な目的が設定されることが望ましい。またROI的な視点からも、プログラムを客観的に評価できるような数値化できる指標も何かしら必要になるだろう。たとえば、その場合の目的としては以下のようなものがあげられる。
「退屈な研修を楽しく」
ゲーミフィケーションの考え方を取り入れることで、コンプライアンス研修や行政機関によって強制されるような退屈きわまりない研修に、楽しみや娯楽要素を盛り込むことができる。一般的に従業員たちはこうした研修に自らを没頭させるだけの価値を見いだすことが難しい。ゲーミフィケーションはそこに娯楽要素を盛り込んだり、ゲームとしての競争環境をつくり出すことで、彼らの参加意欲を盛り上げることができる。
「研修効果を高め、得られた知識を長期にわたり保持する」
どのように工夫された研修であっても、そこで得られた知識が参加者の記憶に長くとどまることは少ない。従業員にとっては彼らが強制的に参加させられる多くの研修が、ただ単に座っていれば良いだけの無駄な時間と考えられてしまうことも多いだろう。その解決策の一つが、研修体験自体をゲームとしてしまい、研修後に行われるテストの結果などもゲーム環境の中でチーム内に露出してしまうこと。フレンドリーな競争環境は知識が保持される時間を長期化させる効果を持つ。
「参加意欲の促進」
オンラインゲームなどでは、そこで得られた得点が何かリアルなモノと交換できるというのは珍しいことではない。それをゲーミフィケーション研修にも応用して、ギフトカード、旅行券、有給休暇、フレックスタイムなどリアルな報償と交換可能にする。こうしたアプローチはインセンティブ自体をより有効なものにする。
「研修を企業文化として価値付ける」
ゲーミフィケーションの目指すところは行動変化である。単にトレーニングで求められるタスクを完了することを従業員に奨励するだけではなく、ゲーミフィケーションによって研修そのものに対する彼らの認識を、「会社から押し付けられた退屈な苦役」から「キャリアビルディングのための価値ある機会」に変えることも可能なのだ。
これまではゲーミフィケーションの研修への活用における注意点を述べてきたが、ここでは実際にゲーミフィケーションがどのように研修に取り込まれているか、その一例をご紹介しよう。ここで事例として採り上げるのは、Callidus Software社によるクラウドベースのビジネスソフトブランドである「CallidusCloud」の研修ソフト「MySalesGame」において紹介されている事例だ。
「受講者へのパンくず的道しるべとして」
研修中、あるいは研修を完了した人が辿った道にパンくずをおくような形で見える化して、他の多くの人が同じ道をたどることができるようにする。このソフトにはトレーニングを完了した受講者をバーチャルに「広告」する機能も用意されている。このように、辿るべき道にパンくず的な印を残すことによって、後に続く人々が目標とすべきポイントがはっきりと見えてくる。
「デジタルな人事データとして」
従業員の「能力保証」の状況が追跡可能なデジタル履歴書として活用することも可能だ。このデータは実際の業務にも十分活用できる。こうしたシステムをうまく活用すれば、従業員たちの間で人気の高い専門分野のステータスが何かを教えてくれるばかりではなく、たとえば従業員の昇進を考える際などにも、重要な情報が蓄積された信頼できる情報保管庫となりうる。
「トレーニングとパフォーマンスを結合する」
ゲーム化された研修マネージメントシステム(Learning Management System / LMS)のプラットフォームと、同じくゲーム化されたセールスその他のパフォーマンスプラットフォームとを結合させることは、現在研修中、あるいは研修を完了した従業員たちが、研修によってどの程度日常的な仕事のパフォーマンスを向上させているかを示す良い機会となる。実施されている研修と売り上げの増加、パフォーマンス向上、その他の実務的な成功状況とがつながっていることを一目で見えるようにすることで、同じようなトレーニングを受けている他の従業員たちに対して、トレーニングの有効さを示すことができる。
このようにゲーミフィケーションというコンセプトを研修に取り込むことによって、研修の効率をアップし、社員達が本来備えているモチベーションを引き出すことが可能になる。そしてそれは結果として企業の業績を底上げするという、より大きなメリットへとつながっていく。ご紹介したのは米国での事例であり、日本の実情には会わない部分も少なくないと思われるが、そろそろゲーミフィケーションを日本的なやり方で研修に取り込むことを真剣に考えてみても良いのではないだろうか。
赤ん坊の頃からジョイスティックを握っていたような世代が企業の中核となるこれからの時代、ゲーミフィケーションはますます重要なコンセプトになってくる。
Callidus Software Inc.
(ビジネスソフト開発企業 ブランド名は CallidusCloud )
http://www.calliduscloud.com/