NYタイムス紙やフィナンシャルタイムス紙などで女性ライターとして活躍するPamela Ryckman / パメラ・リックマン氏が書いた「Stiletto Network: Inside the Women’s Power Circles That Are Changing the Face of Business」という本がおもしろい。スティレットというのは短剣、あるいは女性のハイヒールの細いかかと部分を意味する言葉。スティレットヒールといえば、ピンヒールのクツを指している。この本のタイトルを意訳すれば「米国ビジネスシーンを変え始めた女性のパワーサークル:スティレットネットワーク」ということになるだろう。
この本では、ビジネスの世界で活躍する女性同士の友情や絆が、ビジネスストーリーという形で描かれている。女性たちが、お互いの暮らし、会社、そしてコミュニティをより良いものとするために協力しあい、その結果として米国のビジネス社会を大きく変え始めている状況が、女性の視点から浮き彫りにされている。
ちなみに著者のパメラ・リックマンは女性ジャーナリストとして活躍するようになる前、メリルリンチやゴールドマンサックス社などで戦略を立案して実行する仕事をしていた。「Stiletto Network:」はアメリカン・マネージメント・アソシエーション出版部によって出版されている。
彼女は2010年、NYタイムス紙の取材でひとつのコンファレンスに参加した。そこには米国東部地域を代表するパワフルなビジネスウーマン25人、同じく西部地域を代表するビジネスウーマン25人、合計50人の米国ビジネス界で活躍する女性たちが集まっていた。コンファレンスの目的は、米国の東西に分かれて存在するパワフルなビジネスウーマンを一つにネットワークして、様々なビジネスの話題について話し合うことだった。
そのコンファレンスにおいて、彼女はすでに仕事上の付き合いのあった女性から一人の女性を紹介され、またそこで別の女性を紹介され、という形で次々に魅力的なビジネスウーマンに引き合わされていく。彼女たちの会話の中で頻繁に使われていたのは「私のディナーグループの誰それは・・・」「あなたのディナーグループにいる誰それは・・・」など、ディナーグループという言葉だった。ディナーグループ、日本的に言い直せば女子会、ということになるだろう。
たとえばある女性エグゼクティブは「私のディナーグループに、当時eBayにいたメグ・ウィットマンとアマゾンのCFOだったジョイ・コーベイがいて、そこにVeriSignのCFOだったダナ・エヴァンが新しく加わった」というように説明した。つまりビジネスにおいて大きなパワーを持つ女性が、企業横断的に、また業界横断的に集まったのが彼女のディナーグループだった。
興味深いのは、そうしてネットワークされた彼女たち全員がテクノロジーを共通のベースとしながらも、全く異なるフィールドで活躍していたことだ。そうなった理由として、彼女は「スカートをはいた参加者が自分ひとりであるようなビジネスミーティングに、もう一人スカートをはいた参加者が登場したら、お互い強く意識し合うようになるのはごく自然なこと」と語っている。
このような女性たちのネットワークが地域を越えて存在していることに気付いたパメラは、各地のディナーグループ、サロン、ネットワーキングサークル、コ・ワーキンググループなどを次々に発掘し始めた。こうしたグループは全米の主な都市には必ず存在していた。それぞれ10人程度のグループであることが多いが、互いに連携することで大きなグループになることもできた。
それらの多くにユーモラスな名前が付けられている。たとえば、Babes in Boyland、The Chicks in Charge、SLUTS / Successful Ladies Under Tremendous Stress、Power Bitches、Brazen Hussiesなどなど。こうした名前に使われる単語は歴史的にかなり女性差別的なものであるにも関わらず、彼女たちはそれを逆にユーモアのネタとして使っているようだ。
このような女性だけのグループは以前の米国にも存在したが、今日のスティレットネットワークはそれらとは明らかに異なる種類のものだ。女性の社会進出から40年が経過して、米国のビジネス社会には影響力のある何かをスタートする力を備えたビジネスウーマンが多数存在している。そして進化するテクノロジーも彼女たちの背中を押している。
たとえばソーシャルメディアに対して女性たちは男性以上に熱心だが、それはソーシャライズという行為自体が、彼女たちが女性としてごく自然に持っている欲求であり、日常的に当たり前のように行っている活動であるからだ。つまり彼女たちにとってソーシャルメディアの活用は、日常生活の延長線上にあるものなのだ。
そしてコラボレーションというコンセプトも彼女たちの日常活動のなかで頻繁に行われている行動だ。もともと彼女たちは男性よりも、もっと広い範囲でそのつながりを完成させる能力に長けている。そして現在、彼女たちはある業界においてリーダー的な地位を得ている、あるいは注目される起業家となっている。
面白いことに、60代の企業CEOから自宅の地下室で起業しようとしているママさん起業家に至るまで、彼女たちはみな同じような行動パターンをとることが指摘されている。彼女たちはみな、自分の子供や家族の話を積極的にするし、同時にビジネスの話もする。
彼女たちはまた互いにそれぞれの領域にジャンプして踏み込むことを許容している。励まし合ったり、転職の手助けをしたり、情報交換したり、誰かを紹介したり、時には大きな取引を行ったりするのだ。互いに助け合うことで一歩先に進み、勇気を与え、時にはこのネットワークからの協力なサポートが無かったら不可能であったような行動さえしてしまうのだ。
スティレットネットワークはある意味ネガティブな結果からスタートしている。彼女たちは当初、同じ職場で彼女たちと同じように話し、行動し、五感をフルに活用し、趣味のあう服装をした仲間を捜してみたが、結局見つけることができなかった。
というのも、数十年前まで一つの会社には女性のための席はごく限られた数しか用意されていなかったからだ。女性社員間での生き残り・出世競争はその分だけ激しかったために、女性社員同士が友人となることはほとんどなかった。ビジネスウーマンにとって、友人は社外に求めるのが当たり前だった。
その結果、彼女たちは横に広がったネットワークを作るようになる。やがて彼女たちが社内で出世するようになってくると、ファイナンス企業のエグゼクティブ女性はメディア企業のエグゼクティブ女性と友人になり、彼女はテクノロジー企業のエグゼクティブ女性と友人で、さらにリテール企業のトップ女性ともつながっている、という全員がアフィリエイトであるような関係が生まれてくる。
彼女たちのこのようなネットワークの作り方は男性とは大きく異なっている。男性は歴史的に自分たちの世界の内側だけに意識を向ける傾向を強く持っている。ゆえに男性が仲間を作る場合には、大学内のクラブ活動ような閉ざされたネットワークを作ってしまう。
今ビジネスの世界は統合の時代を迎えている。あらゆる業界が一つに交差するような場所に、ゲームのルールそのものを変えてしまうような革命的テクノロジーが出現して、すべてがまるごとひっくり返ってしまうような大きな変革の時を迎えている。当然そこに大きな資金が集まっており、様々なアイデアが流れ込んでいる。このような時代、男性的な閉ざされたネットワークとスティレットネットワークのどちらが適しているか、答えは明白だ。
この本の中に描かれているビジネスウーマンたちはみな大きな成功を収めた人々だが、彼女たちの多くがその成功をスティレットネットワークが与えてくれたものと考えていることは注目に値する。実際、彼女たちがネットワークをスタートした時点ではまだ成功はずっと遠く、かすかに見えていたに過ぎない。その意味でこの本はビジネスウーマンのサクセスストーリーを描いたものではなく、彼女たちとスティレットネットワークとの関係について書かれたものと言える。
面白いことに、彼女たちの間では「成功」ということの明確な定義は存在しない。彼女たちにとって、それは自分自身で決めるものであり、他人の目で決められるものではない。それゆえ彼女たちが目指すのは、単にビジネスにおいて成功することではなく、自分の描く夢を実現することなのだ。それを強力にバックアップしてくれるのがスティレットネットワークということになる。
http://www.amazon.com/Stiletto-Network-Circles-Changing-Business/dp/0814432530
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