教育業界の常識にQuestionを投げかけるメディア

創考喜楽

Vol.1 米国HRで話題のバズワード 「Employee Engagement」 (エンプロイー・エンゲージメント)

Re-Designing HR 人事をリ・デザインする~米国発・最新事例研究レポート~02 COLUMN

バズワードに注目する

流通やマーケティングそしてITなどの分野では「バズワード/Buzzword」と呼ばれるカタカナ言葉がしばしば話題になる。日本の場合その多くは、米国の業界で頻繁に使われるようになった言葉が新しい概念として輸入されたもの。世間で話題になり始める頃にはビジネス書籍のタイトルの一部として書店の棚で目にすることが多くなり、やがてビジネスニュース番組などでも特集が組まれるほどに注目を集めるのに、いつの間にか誰も口にしなくなっていく。

 

 

たとえば最近では「クラウド」「ウェブ2.0」「パライダイムシフト」などがその一例だ。ただしそれらバスワードの多くは明確な定義付けが行われることもなく「なんとなく」世間で使われるようになりそのまま拡散していく。それでもその言葉を使うことで会議が共通の理解を得たような雰囲気になったり、社会の流れをその場にイメージさせるという効果も期待できるので、便利な言葉として使われることが多い。

 

米国のHR(Human Resources/人事課)や人材開発の業界においても日本と同じように、常に多くのバズワードが生まれては消えていく。これらのバズワードは確かになんとなく使われる「流行語」的存在ではあるものの、特に大きく扱われるようになるものほど、その時点での業界人の多くが抱える問題意識や解決されるべき課題の現れであることは確かであるし、そこにいくつかの役立つヒントが潜んでいることも少なくないので、今回は米国のHR業界におけるバズワードに着目してみたい。

エンプロイー・エンゲージメントがHRを変える?

この数年、米国のHRや人材教育の業界誌で目立つようになってきたバズワードは「Engagement/エンゲージメント」という言葉。辞書によれば「Engagement:婚約、約束、契約、雇用、職、交戦、(歯車などの)かみ合い」などの意味をもち、業界的には「Employee Engagement/エンプロイー・エンゲージメント」というように使われることが多い。要するに「社員と企業との関係について、社員がどのくらい企業に対して愛情を持っているか」ということを意味する言葉だ。

 

 

以前はこうした場合「Morale/モラール(士気)」という言葉が使われることもあった。しかしモラールの場合、おもに個人の心の中の問題について語られることが多いのに対して、さらに一歩進んだ考え方として、企業と社員との距離感を意味するエンゲージメントが使われるようになった、と考えても良いだろう。ちなみに「Engagement」の反対語は「Disengagement/ディスエンゲージメント」だ。

言うまでもなく、所属する企業と高度にエンゲージしている社員の生産性は(そうでない場合と比較して)圧倒的に高く、同時に定着率も高いので企業にとっては非常に望ましい存在ということになる。Avatar HR Solutions社が2012年に行った調査では、積極的に「Disengage」である、あるいは「Engage」とも「Disengage」とも言い切れない、と答えた米国労働者は合計70%であった。またRight Management社が米国とカナダで行った調査では、2/3が現在の仕事に不満足あるいは何かしら不満足と感じていると答えている。

 

この二つの調査結果からわかるのは、所属している企業に対して明確な愛情を感じている人はおおよそ3割程度ということ。残り7割の人が所属する企業に何かしらの不平不満を抱えつつも、企業を離れるという積極的な拒否行動をとらずに毎日通勤して仕事をしているということだ。それはそのまま7割の社員の生産性の低下、意欲の低下、その結果としての望ましくない企業業績につながってくる。

エンゲージドな社員は企業を救う!

所属する企業とエンゲージした社員が企業にもたらせる影響も非常に大きい。同じくAvatar HR Solutions社の調査によれば、エンゲージした社員が、

 

*一生懸命に働いていればいつか必ず報われると考える率はそうでない人の10倍
*マネージメント陣は自分たち社員のことを常に考えてくれていると感じる率は10倍
*上司は自分の成長を後押ししてくれると考える率は8倍
*パフォーマンスに対するフィードバックを常に得ていると考える率は7倍
*社員が顧客のケアについて真剣に考えている率は3.5倍
*離職を考える率は逆に4倍低くなる

 

Avatar HR Solutions社ではエンプロイー・エンゲージメントを「組織が創りだす価値の一部になるための強い意欲を持つ」「エンゲージした社員は組織とのエモーショナルで知的な強い絆を感じ、組織が良い結果を生み出すために自発的で特別な努力を行うことをいとわない」と定義している。

 

またエンプロイー・エンゲージメントを分析していくと次の3つのレベルが存在する。
「Actively Engaged/アクティブリー(積極的)エンゲージ」
このレベルの社員は自分に与えられたミッション、組織のビジョンや価値に対して高度にコミットしている。彼らは通常要求される以上の仕事をし、顧客に対してもずば抜けたサービス体験を提供できる。そして自分自身が満足にエンゲージできないような状況が職場に生じた際には積極的に意見を言うし、エンゲージの度合いを深めるための努力も惜しまない。

「Ambivalent/アンビバレント(どちらつかずで曖昧)」
与えられたタスクはクリアするが、熱意や積極性に欠けているため、自らその先へ進むことはめったにない。チームのリーダーになることやエキストラな作業へのボランティアなどは避ける傾向が強く、自分自身が職場において重要視されていたり感謝されていると感じることも少ない。
「Actively Disengaged/アクティブリー(積極的)ディスエンゲージ」
彼らは自らの中に負のエネルギーのようなものを備えており、ソルーションを探すために行動するのではなく、問題そのものにのみフォーカスし続ける傾向を持つ。彼らの悲観的かつ否定的な態度はアンビバレントな社員にとっては有害な存在となる。

 

 
当然、企業において解決すべき最大の課題は、アクティブリーディスエンゲージあるいはアンビバレントな社員をどのようにアクティブリーエンゲージな社員へと変容させるか、ということになる。そのための人材開発の手法、社員のエンゲージメントレベルをどう把握するか、そこに投じられる予算を経営資源としてどう考えるのか、といったことになる。
 

そのためにエンプロイー・エンゲージメントをテーマとした業界コンファレンスなどもあちこちで開催されるようになっており、そこでは実に多くの議論が繰り広げられている。同時に、エンプロイー・エンゲージメントという概念に過大な期待を抱いてはならない、などと言った議論も行われるようになっている。次回以降、様々な面からエンプロイー・エンゲージメントについて詳しく掘り下げていくことにしたい。

連載一覧

Copyright (C) IEC. All Rights Reserved.