ジョブクラフティングとは?メリット・デメリットや研修の手順を解説

グローバライゼーションやデジタル技術の発達により、社会の価値観は多様化し、社会環境の変化は高速化しています。企業が変化に追いつくにはこれまでのトップダウン式の経営出は難しく、一人ひとりの従業員がより主体的に動き、自ら企業を変えていってもらう必要があります。そこで、社員に主体性を持ってもらい、「やらされている」という意識を変える人材育成法である「ジョブクラフティング」が提唱されました。

この記事ではジョブクラフティングとは何か、3つの尺度や導入するメリット・デメリット、導入方法や研修手順について解説します。

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ジョブクラフティングとは

ジョブクラフティングとは、2001年にアメリカで提唱された、従業員の仕事に対する考え方や取り組み方を変え、主体的に仕事に取り組めるようにする育成法です。

ジョブクラフティングという言葉自体には、「仕事を構築する」という意味があります。ビジネス用語としての意味は、「仕事を主体的にとらえる」「仕事にやりがいを感じつつ働く」などです。

仕事は誰かにやらされている感覚があると、責任感やプロ意識が欠如しやすくなる傾向にあります。責任感やプロ意識の欠如は、従業員のモチベーションや生産性の低下につながりかねません。

従業員一人ひとりの主体性を高めるために、国内外問わずさまざまな企業でジョブクラフティングが注目されています。

ジョブクラフティングとジョブデザインの違い

「ジョブデザイン」は、ジョブクラフティングと混同されやすい言葉です。ジョブクラフティングとジョブデザインは、基本的な考えは同じではあるものの、以下の点で異なります。

ジョブクラフティングジョブデザイン
主体になる人物・組織個別の従業員経営者・マネジメント層
従業員の価値観の反映ありなし
目標従業員が自ら仕事の意義を見出せるようにする組織が考える仕事の意義を従業員に浸透させる
基本的な考え方・個人の興味・関心に基づいて仕事の意義を考えさせる
・自主性を育てる
・組織のやってほしい仕事の意義を伝える
・従業員の生産性を高める

どちらも仕事の意義ややりがいを見つけるための手法という点は共通しています。ただし、ジョブクラフティングは従業員が主体となって行動するのに対して、ジョブデザインは経営者が主導であり従業員は受け身の立場となります。

ジョブクラフティングは、あくまで従業員自身が主体的に仕事の範囲を変えていく育成法です。

ジョブクラフティングが注目される背景

ジョブクラフティングが注目されている背景には、さまざまな変化が深く関わっています。代表的なものは、以下の3つです。

・主体的に行動する従業員が必要になっている
お客様の価値観の変化に伴い、現代の企業には主体的に行動する従業員が必要になっています。従来通りのやり方ではなかなか成果が上がらないことも多く、仕事に求められるスキルも多様化しています。

・トップダウン式の組織が通用しなくなっている
トップダウン式の組織が世の中で通用しなくなっていることも理由の1つです。従業員が言われた仕事をこなすだけでは、企業の成長に限界があります。持続的な企業成長には、主体的に仕事に向かう人材が必要不可欠です。

・従業員の価値観が多様化している
時代の流れや働き方改革の推進により、企業で働く従業員の価値観は多様化しています。「副業をしたい」「やりがいのある職場で働きたい」など自分の考え方に合った働き方を求める従業員が増えていることも、ジョブクラフティングが注目されている理由です。

お客様の価値観の変化に対応し、さらに自社の職場環境をよりよいものにするためには、従業員一人ひとりの主体性を高める必要があります。

ジョブクラフティングの3つの尺度

2017年に京都大学の関口倫紀教授が発表した論文によると、ジョブクラフティングには3つの尺度があることが分かっています。

※出典:Sage Journals「Predicting Job Crafting From the Socially Embedded Perspective: The Interactive Effect of Job Autonomy, Social Skill, and Employee Status」

厚生労働省が提唱する、ジョブクラフティングの3つの尺度についてそれぞれ詳しく解説します。

※出典:厚生労働省「令和元年版 労働経済の分析」

作業クラフティング

作業クラフティングは、仕事をスムーズに進める工夫や仕事へのやりがいを感じるための工夫です。タスククラフティングとも呼ばれます。「業務内容を充実させたい」「前向きな気持ちで仕事ができるようになりたい」などの気持ちを抱かせ、従業員の主体性の向上につながります。

作業クラフティングの具体例は、下記の通りです。

・仕事の目標設定
・優先順位を考えたスケジュール管理
・スキルアップ時間の確保
・定型業務をITツールに任せる

作業クラフティングにより、社員は自分で業務について深く考え、必要な業務を自ら仕事に加えたり、自分がやりやすい作業手順に変更したりできるようになります。

人間関係クラフティング

人間関係クラフティングは、仕事で関係する人々との関わり方を見直して仕事への満足感を高めるための工夫です。「周囲との協力関係を築いてスムーズに仕事をしたい」「仕事を通じて多くの人と関わりを持ちたい」など、人間関係から仕事のやりがいにアプローチできます。

人間関係クラフティングの具体例は、下記の通りです。

・仕事で関わる人との接し方の見直し
・コミュニケーションの工夫
・部下へのフィードバック
・広い視野での状況把握

人間関係クラフティングにより、困りごとを相談したりアイデアを出し合ったりできる職場環境が整い、上司や同僚と協力して仕事を成し遂げられるようになります。

認知クラフティング

認知クラフティングは、仕事のとらえ方を見直して前向きな気持ちで働くための工夫です。「仕事にやりがいを感じられるようになりたい」「社会的に意義のある働き方がしたい」などと感じられ、意味のある働き方を目指しやすくなります。

認知クラフティングの具体例は、下記の通りです。

・担当している仕事の内容や質の見直し
・担当している仕事の社会貢献度の確認
・何のために働いているのか目的の明確化

認知クラフティングにより、仕事を広い視野で客観視し、自分の仕事が誰かの役に立っていることや社会的な役割を担っていることをイメージできるようになるでしょう。

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ジョブクラフティングのメリット

ジョブクラフティングを導入すると、企業はさまざまなメリットを得られます。さらに、従業員一人ひとりが働きやすい環境になり、働く側にもメリットがあります。自社の職場環境をよりよいものにするためにも、ジョブクラフティングの導入を検討してみましょう。

ジョブクラフティングを導入するメリットの中から、代表的なものを3つ紹介します。

従業員エンゲージメントが向上する

ジョブクラフティングを導入することで、従業員エンゲージメントの向上が期待できます。従業員エンゲージメントとは、自社に貢献したいという意欲を意味する言葉です。ジョブクラフティングにより仕事の意義を明確にすれば、自社への愛着心や貢献欲が高まります。

従業員一人ひとりの「企業成長のために行動したい」という意識は、企業にとって大きな力です。任せられた業務の意図を理解し、自社に役立つプラスアルファの行動ができる従業員が増えれば、社内全体の雰囲気や環境がよくなります。また、人材定着率の向上も期待できるでしょう。

従業員エンゲージメントについて理解を深めたい方は、下記のリンク記事も参考にしてください。

『エンゲージメントとは?意味から効果的な向上施策まで徹底解説』について詳しくはこちら

社員が自発的に行動できるようになる

ジョブクラフティングの導入により、従業員の仕事へのモチベーションが向上します。仕事へのモチベーションが高い従業員ほど自発的な行動が多く、業務効率が高い特徴があります。やるべき仕事の優先順位を明確にし、課題や問題を解決する方法を自ら考えて積極的に行動に移す力が育てば、従業員だけでなく企業の成長にもつながるでしょう。

また、自発的な行動力の有無は次世代のリーダー育成にも重要です。自分からさまざまな経験を積むことで、リーダーに求められる判断力や実行力、統率力などが身につきます。

生産性アップにつながる

生産性が向上する点もジョブクラフティングのメリットの1つです。生産性が低い原因には、長時間労働による疲労や集中力の低下、アナログな業務などが挙げられます。生産性の向上には、不必要な業務の見直しや必要なシステムの導入が効果的です。

ジョブクラフティングの導入で従業員エンゲージメントが向上し、従業員の主体性が高まることで、労働環境の改善や業務の効率化を進めやすくなるでしょう。生産性の向上により、人材不足の解消やコストの軽減も期待できます。

ジョブクラフティングのデメリット・注意点

ジョブクラフティングにはさまざまなメリットがある一方で、いくつか注意すべき点があります。デメリットにも目を向けて導入を検討しないと、本質を見失いかえって問題が起こるケースもあるでしょう。

ジョブクラフティングの導入が自社にとって有益なものになるように、考えられるデメリットをチェックしておくことも重要です。

ジョブクラフティングのデメリット・注意点を詳しく解説します。

やりがい搾取につながる恐れがある

ジョブクラフティングの導入により、従業員のやりがいを搾取してしまう可能性があります。やりがい搾取を行っているとみなされた場合、離職率や企業イメージに悪影響を及ぼす可能性もあり、企業にとって大きなデメリットです。

ジョブクラフティングは、あくまで従業員が自らやりがいを見つけたり仕事の意義を考えたりすることが目的です。経営者側がジョブクラフティングを押しつけてしまうと主体性が損なわれ、やりがい搾取につながるため注意しましょう。

従業員のアイデアや工夫に耳を傾け、芽生えた自主性や主体性を尊重して育てるのが大切です。

仕事が属人化する可能性がある

自主性や主体性のある従業員は、企業にとって頼れる存在です。一方で、1人の従業員に頼りすぎると仕事が属人化する可能性があります。仕事が属人化すると、担当者が休職または退職した場合に業務に支障をきたしやすくなります。チームワークに悪い影響が出たり取引先に迷惑をかけたりするケースもあるでしょう。

属人化を防ぐには、下記の方法が効果的です。

・業務の仕組みをシンプルにする
・マニュアルを作成する
・チーム内でコミュニケーションを取る

業務の仕組みがシンプルでマニュアルがあると、担当者が不在でもほかの従業員が対応しやすくなります。自主性や主体性が高い従業員に仕事の偏りが生じないように、コミュニケーションを取りつつバランスを調整することも大切です。

従業員にプレッシャーがかかる

ジョブクラフティングにより従業員に過度なプレッシャーがかかると、本来の目的が果たせないだけでなく、業務効率の低下や離職につながる可能性もあるため注意が必要です。ジョブクラフティングによって、すべての従業員の自主性や主体性が高まるわけではありません。中には、「変わらなければ」「自発的に何かしなければ」と焦りや戸惑いを感じる従業員もいます。

ジョブクラフティングの導入で従業員にどのような変化が起こっているのかしっかりとチェックして、過度なプレッシャーにならないように気を配りましょう。不安やプレッシャーを相談しやすいように、職場環境を整えることも大切です。

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ジョブクラフティングを導入するやり方

ジョブクラフティングの導入のやり方は、以下のような4つのステップに分けられます。

STEP1業務内容を洗い出す
STEP2目的・動機・強みを書き出す
STEP3仕事のとらえ方を変える
STEP4仕事の内容や人間関係を見直す

例えば、東京ディズニーリゾートでは清掃部門が不人気であり、担当するよう命じられた職員が離職するなどの問題を抱えていました。そこで、清掃部門の業務内容を洗いださせ、「すべてのスタッフは来場客をもてなす役割がある」ととらえてもらうジョブクラフティングを行いました。

すると、お客様に喜んでもらえるように自分にしかできないおもてなしをするキャストが増えました。地面に掃除道具で絵を描くおもてなしも、掃除を担当するキャスト自身のアイデアです。

仕事にやりがいを感じる従業員が増えて自主的に働く職場を実現できれば、ジョブクラフティングの導入が成功したと言えるでしょう。

ジョブクラフティングの導入を成功させるために欠かせない4ステップを詳しく解説します。

業務内容を洗いだす

ジョブクラフティングの導入にあたり、業務内容の洗い出しが必要です。業務内容の洗い出しは、ジョブクラフティングの尺度の1つである「作業クラフティング」に関係する取り組みです。

まずは個々に対応している日常業務をすべてリストアップして内容を把握しましょう。従業員にとって、自分が担当している業務の意味や役割、やりがいを考えるきっかけになります。

全体の流れをつかみやすくするために、「契約書作成・都度」「在庫管理・週次」のように、具体的な項目ごとに発生頻度や業務にかかる時間も書き出してもらいましょう。業務の洗い出しには、所要時間・重要度などを記号の種類や大きさであらわすダイヤグラムの活用もおすすめです。

従業員一人ひとりが業務内容を洗い出すことで、自分が抱えている業務を可視化でき、作業クラフティングがスムーズになります。

目的・動機・強みを書き出す

従業員それぞれが抱えている業務を把握できたところで、次は自己分析をします。自己分析の具体例は、下記の通りです。

・目的 : お客様に喜んでもらう
・動機 : 仕事を通じて成長したい
・強み : ITスキル、商品知識、コミュニケーションスキル

目的・動機・強みなどの自己分析は、「認知クラフティング」に関係する取り組みです。従業員の強みは、現在の仕事に関連しない趣味なども含めて書き出してもらってください。「絵を描くことが好き」「スポーツが得意」など、趣味や特技も強みになる場合があります。

自分の考えやスキルを可視化すれば、強みを生かしたプラスアルファの行動につなげやすくなります。ただし、自己分析は主観が強くなる傾向にあるため、客観的な視点でとらえることを意識させましょう。

仕事のとらえ方を変える

ジョブクラフティングのメリットを引き出すには、従業員一人ひとりが仕事のとらえ方を変えなければなりません。

仕事のとらえ方を変えるには、「誰が喜んでくれるのか」「どのように役立っているのか」など、仕事の先にある社会貢献をイメージするのがポイントです。仕事のとらえ方を変えることは、「人間関係クラフティング」「認知クラフティング」に関係しています。

自分の仕事が誰かの役に立っていると実感できると、仕事の意味や意義を理解しやすくなります。日々の業務と自己分析で分かった自分の強みをかけ合わせれば、仕事のやり方や向き合い方が大きく変わるでしょう。

仕事の内容や人間関係を見直す

主体的かつポジティブな気持ちで仕事に取り組むためには、仕事内容と人間関係の見直しも必要です。「人間関係クラフティング」「認知クラフティング」に関係する取り組みです。

自己分析の結果や仕事のとらえ方の変化を踏まえ、洗い出した業務内容と向き合いましょう。やりがいを感じられなかった業務でも、ジョブクラフティングに取り組むうちに見え方が変わる可能性があります。

スムーズに進められていない業務があれば、必要な業務の追加やサポートしてくれる人を探すなど改善策を考えてもらいましょう。仕事について周囲の人と情報共有したり意見交換したりしやすくなる環境づくりも大切です。

ジョブクラフティングの研修手順

ジョブクラフティングの導入は、従業員に目的やメリットが正確に伝わるように、以下のような手順で研修プログラムに沿って進める必要があります。

STEP1ジョブクラフティングの講義を実施
STEP2事例を用いたグループワーク
STEP3ジョブクラフティングの計画の設計
STEP4計画の実行と振り返り

講義では、ジョブクラフティングの概要や効果など基礎知識について説明します。グループワークでは、「仕事がつまらない」「やりたい仕事ができていない」などの事例を用いて、どうすれば問題が解決するのか従業員同士で話し合います。

ジョブクラフティングへの理解度が深まったところで、自分の仕事に置きかえてジョブクラフティングの計画を設計してもらいましょう。工夫ややり方を伝えたり誘導したりするのではなく、従業員自身で必要なアクションを考えることが重要です。

ジョブクラフティングの研修日数は、講義から計画の設計までは1日で完了します。計画を実行した後は振り返りを実施して、仕事への向き合い方や感じ方の変化を確認しましょう。

ジョブクラフティングの研修について詳しく知りたい方は、下記のリンクも参考にしてください。

『「やらされ感」を「やりがい」に変えていく ジョブクラフティング研修』について詳しくはこちら


まとめ

ジョブクラフティングとは、従業員の仕事に対する考え方や取り組み方を変え、主体的に仕事に取り組んでもらうことでやりがいを感じてもらう育成法です。

ジョブクラフティングによって従業員のエンゲージメントが上がり、従業員一人ひとりが自発的に行動できるようになります。結果として、生産性向上にもつながるでしょう。ただし、過度なプレッシャーが従業員にかかったり、やりがい搾取や仕事の属人化につながったりしないよう注意が必要です。

また、導入にあたっては適切な研修を行い、考え方を浸透させるのが大切です。

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