職場が整理されると業務効率が上がる――― たぶんそれは事実なのではないか、と思っている方は多いことでしょう。でも効果が見えにくかったり、数字で計りにくかったりするので、「片づけをする時間はサボっているようなもの」といまだにとらえられてしまうことが多いのです。
私たち整理収納アドバイザーの課題もそこにあります。数値によるエビデンスが取りにくい分野であるため、実際に多くの企業において確かな効果が出ているものの、必要性を訴求する際にはいまひとつ説得力に欠けてしまいがちです。
もうひとつの課題として、企業での整理収納の事例がなかなか公開しにくいという点が挙げられます。いわば会社のバックステージにあたる場所の整理の経緯を他社や世間に広められては困る、という心情があるのもよく理解できます。大きな効果が上がってもそれを告知できないことが、企業での整理収納を「効果を知っている一部の人たちだけのもの」にしている原因と言えます。
それでも昨今の働き方改革の推進などにより、企業内の整理収納に価値を感じ、興味を抱いてくださる会社が増えてきました。私たち整理収納アドバイザーも単身で仕事をお受けするのではなく、チームを組んでオフィス環境や店舗を短期間のうちに改善できる受け皿を整える仲間が増えてきています。
私が携わっているNPO法人ハウスキーピング協会には、「整理収納アカデミア」という研究機関があります。そこに在籍する特に優秀な整理収納アドバイザー達がチームで取り組んだ企業での整理収納の事例で、企業における整理の効果の一端を見てみることにしましょう (企業名は伏せ、設定も若干変えています)。
整然とした売り場からは想像できないほど、バックヤードの倉庫は混沌。さまざまな在庫があふれ、スタッフの日々の整理作業だけでは解決が難しい状況でした。
整理収納アドバイザーは入荷から売り場までの商品の流れを観察して課題を抽出、スタッフを巻き込んで簡単にできることから改善を続けていきました。全員に真剣に取り組んでもらうため、お客様が必要とされる商品を「何分で倉庫の中から探し出してお渡しできるか」、その時間を計り、整理前と整理後の長さの平均をデータ化して比較することも行いました。
最終的には、倉庫内のモノの定位置を適切に決めて整理することにより、お客様をお待たせする時間を約3分の2にまで短縮できました。
一部上場企業のあるメーカーのオフィスは、広いフロアに部署ごとの島がいくつも並んでいます。そのなかの1つの島「部署A」にだけ協力を依頼し、その島の7名にはまず個人のデスクの整理から始めてもらいました。最初は冷ややかに見ていた周囲の人たちも、整理が進むにつれ「部署A」全体の仕事の効率がアップしていることに気づき、「うちの島も片づけよう」と自然にフロア全体に好影響を与える結果となりました。
整理収納アドバイザーが企業の整理を推進するには、その会社の悪しき慣習に風穴を開ける内部の協力者が必要です。このケースでは職場の環境を少しでもよくしたいと考える2名の担当者と協力し、その2人がキーマンとなり多くのアプローチを仕掛けました。
整理の啓蒙のために社員向けの整理収納セミナーを企画したり、ファイリングのルールづくりを進め、不要な書類を廃棄しやすい仕組みの構築に取り組むなど、新たな試みを積み重ねた結果、社員の残業時間が減少傾向に変化しました。また、半年後には「離職率が低下した」といううれしいデータも出ました。
○○科専属の10名ほどのスタッフ(看護師含む)は、治療に使う器具や多種多様な薬の在庫管理に四苦八苦。定位置と収納方法を重点的に改善してルールづくりを進めることで、全員が定位置と在庫管理に関して共通認識を持てるようになり、放置による医療器具の紛失数や薬の欠品率が大幅に下がりました。
外来の患者さんの動線改善や受付まわりの整理も合わせて行い、美観と使いやすさが向上したことで、スタッフのストレスが軽減したというデータが得られました (作業の前と後に全員にアンケートを実施)。
上記はごく一例です。企業でも個人でも整理収納に取り組むことによって、必ず何らかのメリットが得られるものであると私は考えています。多くの企業ではまだ「片づけにお金を払うなんてナンセンス」と考える風潮があるようですが、その背景には金銭でははかれないメリットがあるのです。
さて―――。
賢い人はひと世代前の消費電力の大きい冷蔵庫をきっぱり捨てて、新しい省エネタイプの冷蔵庫を買います。最初に支出しても、ランニングコストを考えるとその方がずっと得であることを知っているからです。
企業内の整理収納というのも、その意識と少し似ているような気がします。一時、整理収納に時間と労力と金銭を使ったとしても、それは後々の膨大なメリットを享受できるチャンスとなるのですから。