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デリゲーションとは?エンパワーメントとの違いや導入手順を解説
デリゲーション(権限委譲)とは、上司が部下に業務や権限の一部を委任することで、組織全体の効率を向上させつつ、部下の成長を促進する手法です。上司がすべての業務を抱え込むことは非効率であり、業務が滞るリスクを伴うため、デリゲーションを通じて業務を分散するのが大切です。しかし、デリゲーションについて正しい理解ができていなければ、ただ業務を丸投げしたり、業務のミスにつながったり、部下の仕事を取り上げたりするような間違ったやり方につながりかねません。
この記事では、デリゲーションの意味やメリット、うまくいかない理由や、正しい導入の手順・導入のポイントについて解説します。
ビジネスにおけるデリゲーション(権限委譲)とは
デリゲーション(権限委譲)とは、上司が部下に対して自らの権限の一部をゆだねることです。デリゲーション(delegation)はもともと「代表任命」「委任」などを表す言葉であり、ビジネスシーンにおいては上司が部下へ仕事を任せる行為を指します。
デリゲーションの目的
デリゲーションの主な目的は、上司が部下へ業務を任せることによる生産性の向上です。上司が1人でたくさんの業務を抱えると、キャパオーバーになりかねません。業務の一部を部下へゆだねることで上司の負担を軽減でき、上司はより重要度の高いコア業務へ集中しやすくなります。同時に、業務の属人化を防ぐ効果にも期待できます。
業務を任された部下にとっても、デリゲーションは成長のチャンスです。ただ指示された通りに業務をこなすのではなく、部下自らの裁量で業務を進めることで自主性や責任感が育ちやすくなります。また上司から信頼を受けて仕事を任せてもらうことで、部下が自信を持ちモチベーション向上につながる点も重要なポイントです。
デリゲーションとエンパワーメントの違い
デリゲーションはしばしばエンパワーメント(empowerment)と比較されますが、言葉の使い方がやや異なります。デリゲーションとエンパワーメントのおもな違いは、次の通りです。
デリゲーション | エンパワーメント | |
意味 | 業務遂行のための権限と責任を委任する | 業務遂行に必要な自己決定の権限を与える |
目的 | 業務の成果によって部下を評価する | 業務を通じて社員の責任感や自主性を育てる |
目標 | 組織として成果をあげる | 社員1人ひとりの成長を促す |
エンパワーメントの本来の意味は、「(力のない人に)力を与えること」です。ビジネスシーンでエンパワーメントというフレーズが使われる場合、業務の成果を出すことよりも、業務を通じて社員に力をつけさせることを重視します。一方、デリゲーションは業務を任せることによって組織力を高めることを特に重視します。
デリゲーションとタイムマネジメントの関係
デリゲーションは、アメリカのスティーヴン・R・コヴィー博士が提唱した「タイムマネジメント」と深く関わる概念です。タイムマネジメントでは、業務の重要度と緊急度を次のように分類しながら優先度を確認します。
緊急 | 緊急ではない | |
重要 | すぐ実行する(Do) ・期限がある業務 ・緊急性が高い業務 ・重大なトラブルへの対応など | 後に回す(Defer) ・スキルを高める活動 ・人間関係づくり ・新しいチャンスの模索など |
重要ではない | 権限を委譲する(Delegate) ・業務に関する多くのメール、電話などへの対応 ・多くの会議、報告書作成 ・期限はあるが業務に直結しないイベントなど | なくす(Delete) ・業務との関連性が低いメール、電話などへの対応 ・優先度の低い雑用 ・暇つぶし、遊びなど |
緊急ではあるもののさほど重要ではない業務をデリゲーションすれば、上司はより重要な業務に回すリソースを確保しやすくなります。
デリゲーションのメリット
リクルートホールディングスで実施されているユニット経営は、課題やマーケットに合わせて作ったユニットを1つの事業体とみなすデリゲーションの手法です。
各ユニットの経営権限はユニット長へゆだねられ、ユニットごとに作成したPL(損益計算書)やKPI(重要達成度指標)は全社で共有されます。そして、ユニット単位で戦略を立案・実行し利益の最大化を目指します。ユニット経営から分かるデリゲーションのメリットは、次の通りです。
各メンバーの成長促進・主体性向上
リクルートホールディングスは、ユニット経営によって業務をデリゲーションし、1つの大企業を分割した状態を作る中で、各メンバーの成長を促し主体性を向上しています。
大企業などの場合、社員1人ひとりが自らの裁量で動ける範囲はそれほど広くありません。また人数の多さゆえに業務が細分化されすぎてスキルを伸ばしにくかったり、管理職の目が行き届かず能力に見合う評価をしてもらえなかったりすることもあります。これらの状況が重なると、社員のモチベーション低下やマンネリ化などを招きかねません。
一方ユニット経営では、事業体としての規模が小さくなった分ユニットメンバー1人ひとりが持てる権限の幅が広がります。そのため新人や若手メンバーも主体的に業務に取り組みやすくなり、モチベーション向上につながります。
同様に、新人や若手メンバーに業務をデリゲーションすると、主体的に業務に取り組むモチベーションが生まれ、自律的に考えて動くように成長を促せるでしょう。
加えて、若手のうちからベテランメンバーのノウハウを直接学ぶチャンスが生まれ、さらに裁量の範囲が広がる中で、成長を実感しやすくなることにも期待できます。また、仕事を委譲する関係上、委譲した部下の抱えている悩みや問題に上司が素早く気づいて対応しやすい点もメリットです。
経営の柔軟性と意思決定速度の改善
ユニット経営では、現場で活躍するメンバーとユニット長の距離が近く、メンバーが出したアイデアをすぐに検討・採用する仕組みが作られています。業務をデリゲーションした上司は仕事についてよく分かっているため、下から上がってきたアイデアをすぐに検討でき、業務改善につなげられるのがメリットです。
多くの大企業では大勢の社員を統率するために細かいルールが定められており、何かを実行したい場合やトラブルに対応すべき場合などに多くの人へ確認を取る必要があります。ビジネスシーンにおける報連相は大切ですが、報連相や承認・決済に手間がかかりすぎると対処の遅れや報告漏れなどにつながる恐れがあります。
ユニット内の風通しのよさとメンバーが主体的に行動できる仕組みは、メンバーのチャレンジ精神を育てるためのよいきっかけになります。また、状況の変化に合わせて経営方針を柔軟に変更できることも大きな長所です。
業務の適切な振り分けによる生産性の向上
ユニット経営においては、個々のユニットが特定の課題やマーケットに注力し、全体を統括するCEOは全体の最適化に注力するように業務が振り分けられています。細かくユニットを分割し、適切なデリゲーションを進めることで、上級職がマイクロマネジメントに陥らず、自分の仕事に注力できる仕組みです。
ユニット経営に限らず、上司が抱え込みがちな役割をデリゲーションすれば、仕事を抱え込みすぎてボトルネックが生まれることを防ぎやすくなります。
各メンバーの状況や特性に合わせて適切に上級職の役割を分担し、上級職は管理業務に集中するよう業務を分散すると、生産性向上につながるでしょう。加えて、各メンバーの業務量を公平に保ちやすくなりオーバーワーク予防にも役立ちます。
デリゲーションがうまくいかない理由5つ
デリゲーションにはさまざまなメリットがあるものの、準備不足のままデリゲーションを進めようとするとかえって現場の混乱や社員からの反発などを招きかねません。特に、デリゲーションを進める側の管理職や経営陣に次のような意識があるとデリゲーション失敗の要因となります。
そもそもなぜデリゲーションをするのか理解していない
デリゲーションを通じた人材育成には、デリゲーションによって企業としてどのような成果を上げたいか、部下にどう成長してほしいかを明確に示すことが欠かせません。目的をはっきりさせずにいきなりデリゲーションをしてもかえって部下を戸惑わせてしまい、十分な成果を上げられないでしょう。
上司自身の業務量を減らせることもデリゲーションのメリットですが、負担軽減のためだけにベテランの部下へ委譲することはデリゲーションとは言えません。未来ある部下をしっかり育てることを意識し、目的とプロセスを明確に伝えた上で業務を任せることが大切です。
自分がやったほうが早いと思っている
部下に任せたはずの業務を上司自らがしてしまうことは、結果的に部下の仕事を奪うことと同じです。仕事を取り上げられた部下は、「自分は信頼されていない」「上司のやり方を押しつけられた」などと不安や不満を抱えるでしょう。
ずっと上司が担当してきた業務を部下が実践することで、上司自身が思いつかなかった新しいやり方を発見できる可能性があります。あるいは、失敗やトラブルを通じて部下自身が新しい気づきを得ることもあるでしょう。もし部下の働きぶりに対して歯がゆさを感じたとしても、むやみに批判したりせず根気よく見守る姿勢が大切です。
委譲ではなく丸投げしている
部下に業務を任せた後まったくフォローせず放置していると、途中でミスや失敗をしても気づかないまま事態が悪化することが少なくありません。また、困ったときに誰へ相談すればよいか分からない状況では部下の不安が大きくなりやすいでしょう。
デリゲーションにおいては部下を見守りつつ密にコミュニケーションをとり、進捗状況を確認することが大切です。部下が安心して業務に取り組めるよう、事前に相談しやすい雰囲気を作っておくことも欠かせません。
急ぎの仕事やミスできない仕事を委譲している
不確定要素の多い業務やハイリスクで失敗が許されない業務、そして緊急性が高くフォローしにくい業務は、デリゲーションには不向きです。部下のスキルに合わない業務や目標がはっきりしない業務を任せてしまうとフォローに大きな手間がかかるばかりか、部下の自信喪失をも招きかねません。
デリゲーションに適した業務として、目標とプロセスがはっきりしている業務や定型業務などが挙げられます。また、部下が過去に経験した仕事に近い業務やデリゲーションを通じて大きな成長が期待できる業務などもデリゲーション向きと言えるでしょう。
任せておいてこまごまと口を出している
デリゲーションでは、部下へ任せた業務の結果の責任を上司が負います。とは言え、自分の裁量で業務を進めるよう指示したにもかかわらず細かく口出しや批判をすると部下を混乱させかねません。部下がうまく業務を遂行できるかという心配はもっともですが、心配しすぎてマイクロマネジメントに陥ると信頼関係の崩壊や部下のメンタルヘルス悪化につながります。
デリゲーションではまず業務遂行のために必要なことやしてはいけないこと、評価基準や責任の所在などをはっきり示し、その後はむやみに口を挟まず見守ることが大切です。部下から相談を受けた場合は、具体的なやり方を指示するのではなくよりよい結果を出すためのヒントを与える程度にとどめましょう。
デリゲーションの導入手順
デリゲーション導入のおおまかな流れは、下記の通りです。
1.委譲したい業務を決める |
自分が担当している業務の中から、委譲できる業務を選びます。自分の立場でなくても遂行でき、かつ何かあったときにフォローしやすい業務が委譲に適しています。 |
2.委譲する部下を決める |
部下の力量や置かれている状況などを考慮して、誰に委譲するかを決定します。 |
3.業務の目的や進め方などを確認する |
権限委譲の目的やメリットなどを明確に伝えて部下の理解を得たのち、業務の内容や期限などについて説明します。 |
4.デリゲーションについて周囲に伝え、理解を得ておく |
委譲される部下本人だけでなく、周囲の人にもデリゲーションについて伝えておきます。権限委譲について多くの人の理解を得ておくことでサポート体制を整えやすくなり、また委譲される業務以外の業務量を調整しやすくなるためです。 |
5.部下の業務実行を見守り、必要に応じてサポートする |
業務開始後はなるべく見守りに徹しつつ、必要に応じて進捗確認やフォローを行います。業務が完了したら一緒にフィードバックを行い、最終的な責任は上司が負います。 |
実際に委譲する権限の範囲や最初に与える指示の内容は、部下のレベルに合わせて決定します。経験が浅い新人や若手に対しては、安心して業務に臨めるよう業務の進め方をある程度指示するとよいでしょう。ある程度の経験を持つ部下には計画を提示して結果を出してもらい、より経験豊富な部下には計画を立てる段階から任せることで、より高い人材育成効果が期待できます。
デリゲーションに成功するポイント
スカイマーク株式会社(以下、スカイマーク)は、経営破綻を乗り越えて東京証券取引所への再上場を果たしたことで知られています。
トップダウン経営時代のスカイマークでは顧客満足度よりも徹底的なコスト削減が重視されており、欠航や遅延などもしばしば発生していました。しかし2015年の経営破綻後に経営陣を一新して就航路線の絞り込みやサービス向上などの施策を講じ、2017年度には過去最高の搭乗者数を記録しました。また、2017年度から2022年度まで定時運航率6年連続1位を獲得しています。スカイマークの復活と成長を支えた理由の1つが、適切なデリゲーションです。
スカイマークの事例から分かるデリゲーション成功のポイントは、次の通りです。
マネージャーと部下の間で信頼関係を作る
業務の丸投げやマイクロマネジメントを防いで部下の主体性を高めるには、上司が部下を信頼し多様性や自主性を認められるような職場環境が欠かせません。
かつてのスカイマークでは、「余計なことを言わず無難にやっていればよい」という雰囲気が蔓延していました。しかし、新体制発足後はさまざまな取り組みにより、社員1人ひとりが自分の意見を言いやすく主体的に力を発揮しやすい企業風土が整えられています。例えば、人気キャラクターをあしらったラッピング機は社員の発案によってデザインされました。
また、空港のランプ担当者によるメッセージサービスも現場のアイデアから生まれたものです。飛行機の窓から「乗ってくれてありがとう」というメッセージボードを見て感動した搭乗客によってSNSで拡散され、大きな反響を呼びました。
チーム内で理念を共有する
部署の垣根を越えて協力し生産性を高めるためには、全社員による目標共有と1人ひとりが自らの判断で問題解決に向けて動ける仕組みづくりが大切です。スカイマークでは、「安全の確保を最優先する」「お客様の時間を大切にする」「誠実で温かいサービスを身近な価格で提供する」などを経営理念としています。自己裁量で柔軟な行動を取り、自分から動くための芯にあるのが、これらの誰が見ても分かりやすい経営理念です。
例えば、ランプ担当者はカウンターの混雑時などに現場で判断して応援へ行くことが認められています。現場の様子をよく観察し状況に合わせて柔軟に動くことで搭乗手続きをスムーズに進め、遅延・欠航の防止や顧客満足度向上に役立っています。もしランプ担当者が現場の判断で動けなかったり自分の担当業務だけにこだわったりしてうまく連携できていなければ、遅延やクレームなどのリスクが上がったでしょう。
業務内容や評価制度の可視化を進める
委譲する権限の範囲や業務内容に加えて、業務遂行に必要な視点と評価基準をはっきり示すこともデリゲーション成功のポイントです。上司は部下と評価結果を共有し、よい点と改善点を正直に伝えます。よりよいフィードバックと生産性向上のためには、部下からの意見や疑問を上司が素直に受け入れることも大切です。お互いに忌憚なく意見を交わしてデリゲーションの効果を高めるためには、固い信頼関係が欠かせません。
また、スカイマークを含む一部の企業では360度評価制度を導入しています。360度評価制度は、上司だけでなく部下や同僚などさまざまな人からの評価を受ける制度です。自らの強みと弱みを多角的に知って自己認識を深めることで、デリゲーションの効果が一層高まると期待できます。
まとめ
デリゲーションに成功するには、まずは上司と部下の信頼関係を作り、丸投げにもマイクロマネジメントにもならない仕組みが必要になります。デリゲーションが主に求められる管理職や幹部社員の理解を促すためにも、研修などを通じて「自分がやったほうが早い」という考えから卒業してもらいましょう。また、権限を委譲された部下が自律的・主体的に動く芯になるように、経営理念を企業内で共有し、同じ方向を向いて動く組織を作るのも大切です。
デリゲーションの目的は、上司の負担を軽減して組織を効率化することですが、部下の成長に役立つ点も忘れないでください。上司と部下の間で適度な距離を取りつつ、フォローをしながらデリゲーションを進めましょう。
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