カスタマーハラスメント(カスハラ)の事例や判断基準・企業がすべき3つの対策

カスタマーハラスメント(カスハラ)は、どの企業でも起こりうる、社会問題の1つとなっています。特に一般消費者相手にサービス業を営む場合は、日々たくさんのお客さんと接するため、カスハラに遭遇するケースは十分にあるでしょう。一方で、対法人の取引でも、お客さんからカスハラを受ける可能性はゼロではありません。

当記事では、カスハラとは何かといった基礎的な内容から、カスハラが増加している理由・カスハラが起きたときの企業の対応ステップまで、詳しく紹介します。

カスハラ(カスタマーハラスメント)とは

カスハラ(カスタマーハラスメント)の言葉の意味は、顧客による店員やサービス提供者への過度な要求や無理なクレーム、威圧的な態度、不当な扱いなどの行為のことです。「カスタマー(顧客)」と「ハラスメント(嫌がらせ)」を組み合わせた造語です。

厚生労働省では、カスハラについて下記のように示しています。

顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの

※引用:厚生労働省「カスタマーハラスメント企業対策マニュアル」_引用日2024/01/20

カスハラは、従業員に不安やストレスを与え、職場の環境や業務効率に悪影響を及ぼします。カスハラが起きた場合、企業や組織は速やかな対処が必要です。

カスハラとクレームの違い

クレームは通常、顧客の具体的な要求や不満の表明を意味し、製品やサービスの問題に関するものが主です。また、正当なクレームと不当なクレームが存在します。正当なクレームであれば、企業にとって有益なフィードバックとなるでしょう。不当なクレームは、カスハラとクレームの両方の特徴を持ち、従業員への精神的な負担となる場合があります。

たとえばレストランで顧客が料理の味や品質について不満を述べ、改善を要求することがあるとします。これは、提供されたサービスの具体的な問題点に対するフィードバック(正当なクレーム)です。一方、顧客が従業員に対して不適切な言葉を使い、脅迫的な態度をとった場合、これは単に要求を伝えるのではなく、従業員を威圧し、不快感を与える行為なのでカスハラと言えます。

このように、クレームは主にサービスに関する問題点の指摘であり、カスハラは従業員への嫌がらせとしての性質が強いです。

カスハラの判断基準

カスハラの具体的な判断基準としては、「要求内容が妥当性を欠く」「クレーム・言動を実現する手段・態様が社会通念上相当性を欠く」という2つのケースがあります。

【カスハラに該当する行為】

顧客などの要求の内容が妥当性を欠く行為・企業の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない
・要求の内容が、企業の提供する商品・サービスの内容とは関係がない
要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当な行為要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いもの
・身体的な攻撃(暴行、傷害)
・精神的な攻撃(脅迫、中傷、名誉毀損、侮辱、暴言)
・威圧的な言動
・土下座の要求
・継続的な(繰り返される)、執拗な(しつこい)言動
・拘束的な行動(不退去、居座り、監禁)
・差別的な言動
・性的な言動
・従業員個人への攻撃、要求

要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いもの
・商品交換の要求
・金銭補償の要求
・謝罪の要求(土下座を除く)

※出典:厚生労働省「カスタマーハラスメント企業対策マニュアル」

厚生労働省の「カスタマーハラスメント企業対策マニュアル」では、上記のような行為をカスハラとして取り扱っています。

企業同士の取引でもカスハラは発生する

カスハラは、従業員と顧客間の取引に限らず、取引先企業間でも発生することがあります。取引先間の関係においても、パワーバランスや依存関係が存在するため、一方が他方に対して不公平な取引条件を強いたり、無理な要求をしたりすることがカスハラとみなされます。

独立行政法人 労働政策研究・研修機構では、中小企業が取引先からの迷惑行為に悩まされている事例があることを紹介しています。

【例】

・取引先から頻繁に契約条件を超える要求がある
・取引先の小売業者からクレーム対応の逐次報告や検査結果の迅速な提出を求められることが多い

※出典:独立行政法人 労働政策研究・研修機構「職場のパワーハラスメントに関するヒアリング調査結果」

国は、下請代金支払遅延等防止法や労働施策総合推進法などを整備し、こうしたカスハラが起こらないような取り組みを進めています。

カスハラが増加している理由

厚生労働省「令和2年度職場のハラスメントに関する実態調査」によれば、過去3年間にハラスメントの相談があった企業のうち、顧客からハラスメントを受けた企業の割合は92.7%です。また、労働者のうちカスハラを受けた者の割合は15.0%であり、セクハラより割合が多くなっています。

※出典:厚生労働省「令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書」

以下では、カスハラが増加傾向にある理由について紹介します。

消費者の地位向上

カスハラ(カスタマーハラスメント)の増加の一因として「消費者の地位向上」が挙げられます。

消費者保護の観点からの教育や情報の普及、法整備などにより、顧客の中には自分の権利をより意識する人もいます。そして時に、その権利を過剰に行使することがあります。これが従業員に対する過度な要求や不当な扱いとして表れ、カスハラとなるケースが増えている傾向です。

新型コロナウイルス蔓延に伴う社会の閉塞感

パンデミックによる長期的な自粛や制限は、人々のストレスや不安を高め、その結果、一部の消費者が従業員に対して不当な態度を取ることが増えています。閉塞感や社会的な不安定さは、人々の心理状態に影響を与え、日常の緊張感がカスタマーサービスの場面での過剰な反応や攻撃的な行動につながることがあります。

日本労働組合総連合会における、カスタマー・ハラスメント(カスハラ)に関する調査では、1,000人の回答者を対象に行われ、その結果、カスハラの発生件数が増えたと答えた人は36.9%、深刻さが増したと答えた人は36.5%でした。具体的には、「新型コロナウイルス感染症拡大に関係なく増加した」との回答が13.8%、「新型コロナウイルス感染症拡大で増加した」との回答が23.1%となっています。

増加の理由として最も多かったのは「格差、コロナ禍など社会の閉塞感などによるストレス」で、発生件数増加を感じる369名のうち48.2%、深刻化を感じる365名のうち47.1%がこの理由を挙げました。この他にも「過剰な顧客第一主義の広がり」や「人手不足によるサービスの変化、低下」、「SNSなど匿名性の高い情報発信ツールの普及」、「商品価格以上のサービスへの期待」といった要因がカスハラの増加に影響していると考えられます。

※出典:日本労働組合総連合会「カスタマー・ハラスメントに関する調査2022」

SNS利用の拡大

SNSの利用拡大もカスハラの増加の1つの理由として挙げられます。現代社会において、インターネットやSNSは広く普及し、誰もが簡単に情報を発信できるようになりました。特にSNSの影響力は大きく、企業や従業員に対する批判や不満が容易に拡散されるようになりました。

たとえば、顧客が企業や従業員に対して不満を抱き、その様子をSNS上で動画や写真とともに投稿するケースが増えています。多くの人の関心や共感を引き、時には拡散されることで「いいね」や承認を得ることに満足する人も出てきています。消費者の承認欲求がカスハラ行為を助長している例と言えるでしょう。また、SNS上での拡散により、企業や従業員の名誉を棄損する行為や、SNSへのアップロードを脅しに使うケースも見られます。

他にも、SNSやホームページ、コンタクトセンターなど、企業と消費者の接点が増えたことで、消費者がハラスメント行為に及ぶハードルが昔と比べて低くなっていることも、1つの要因でしょう。

カスハラに対処しなかった場合企業に起きること

カスハラに対して適切に対処しなかった場合、従業員のモチベーション低下や生産性の低下など、企業はさまざまな不利益を被るケースがあります。以下では、その考えられるケースについて3つ紹介します。

従業員のパフォーマンス低下や離職が起きる

カスハラによる従業員への影響は深刻であり、職場における適切な対策がなければ、離職率の増加などの悪影響を及ぼすことは明らかです。

日本労働組合総連合会の調査によると、カスハラを受けた従業員の76.4%が生活上の変化を経験しており、最も多かったのは「出勤が憂鬱になった」という回答でした。心身に不調をきたすなどの深刻な影響が生じ、仕事への集中力低下や睡眠障害、人と会うことへの恐怖感を引き起こすこともあります。

特に、カスハラ対策が不十分な職場では、その影響は顕著です。カスハラへの対応に関する研修などの対策が取られている職場では、カスハラを受けた後の離職率が8.5%にとどまるのに対し、対策が取られていない職場では67.6%と、非常に高い離職率を示しています。

加えて、女性従業員の場合は、出勤が憂鬱になる割合が男性よりも10ポイント以上高く、カスハラが女性従業員に与える影響の大きさも浮き彫りになっています。

※出典:日本労働組合総連合会「カスタマー・ハラスメントに関する調査2022」

生産性や利益が低下する

カスハラへの適切な対応がなされない場合、企業の顧客サービスの質や評判にも悪影響を与え、結果として生産性や利益に大きなダメージを与える可能性があります。

カスハラは従業員の精神的、時には身体的な負担を増加させ、これが直接的に業務の効率やクオリティに影響を及ぼします。従業員がカスハラによるストレスに晒され続けると、集中力の低下やモチベーションの喪失が起こり、生産性の低下に直結します。

また、カスハラにより企業の顧客サービスの質が低下することも考えられるでしょう。従業員がカスハラに対処している間、他の顧客の対応が後回しになってしまえば、結果的に顧客満足度の低下や注文数の減少、そして顧客離れにつながります。

特に、カスハラの発生が頻繁である場合や、対応が不適切である場合は、企業の評判やブランドイメージに悪影響を及ぼすこともあるでしょう。新規顧客の獲得が困難になったり、既存顧客が離れたりすれば、利益も当然低下します。

安全配慮義務違反で訴えられる可能性がある

安全配慮義務とは、従業員が健康を害する可能性を予測し、それを防ぐための措置を講じることです。カスハラで考えると、カスハラが従業員の心理的・身体的健康に影響を及ぼすことを予測せず、企業が適切な対策を講じていない場合、企業は責任を問われる可能性があります。

豊和事件は、この点で重要な事例です。この事件では、従業員が過重労働等によりうつ病を発症し、企業に対して安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求を行いました。従業員は、クレーム対応により心理的負担が増加したと主張し、裁判所はクレーム対応が長時間労働に結びついたものと判断しました。この事例は、カスハラ対応を従業員に任せっきりにしておくことが、安全配慮義務違反となる可能性があることを示しています。

実際に起こったカスハラの事例と使用者側の対応

実際にあったカスハラ関連の事例について3つ紹介します。

アパレル店員に対して土下座強要の事例
・返品要求が受け入れられず、顧客は交通費の要求や土下座強要などを行う
・お店が警察に被害届を提出し、顧客の逮捕につながる
学校側が損害賠償請求をされた事例
・教員が校長から土下座を強要され、うつ病を罹患する
・校長側は災害状況報告書を作成せず、公務災害認定の請求ができなかった
・校長が不当な謝罪をさせたことに対して、不法行為が成立する
カスタマーセンターの事件
・原告は、法人がわいせつ発言や暴言、不当な要求を繰り返す要注意視聴者に対する適切な対応を怠り、これによって精神的苦痛を受けたと主張した
・裁判所は、法人の安全配慮義務違反を否定している

カスハラを防ぐために企業がするべき3つの対策

カスハラを受けた従業員は少なからず精神的苦痛が生じます。企業は、カスハラを防ぐためにも、普段から適切な対策を講じる必要があるでしょう。以下では、対策方法について3つ紹介します。

カスハラ対策マニュアルの作成

カスハラ対策マニュアルは、従業員がカスハラに遭遇した際にどのように対応すべきかを明確にするための、具体的なガイドラインです。たとえば、カスハラの定義や具体例、対応プロセス、報告手順、従業員のサポート体制に関する情報をまとめます。

カスハラ対策マニュアルの作成のポイント
・カスハラの具体的な定義と例を示すことで、従業員がカスハラを認識しやすくなります
・カスハラに直面した際の具体的な対応方法を示すことで、従業員は適切な行動を取れるようになります(エスカレーションプロセス、緊急時の対応など)
・従業員がどのようにして事件を報告し、どの部門が対応を行うのかを知ることで、迅速かつ効果的な対応が可能になります
・従業員がカスハラによるストレスや不安を抱えた際に利用できるサポート体制(例:カウンセリングサービスなど)についても記載することが望ましいです

カスハラが起こったときの相談体制作り

カスハラを経験した従業員が安心して相談できる環境を整備することが大切です。以下のようなポイントを押さえるとよいでしょう。

明確な報告チャネルの確立
・従業員がカスハラを経験した場合、誰に、どのようにして報告すればよいのかを明確にすることが重要です
・専用の連絡先、専門の担当者、あるいは匿名での報告が可能なシステムの設置など
迅速かつ適切な対応
・報告されたカスハラの件に対して、迅速かつ適切に対応する体制を整えることが重要です
・報告された事案の評価、必要な措置の決定、関係者への適切な情報提供など
サポートとフォローアップ
・カスハラを経験した従業員に対するサポートとフォローアップ体制を整え、従業員が安心して働ける環境を維持することも重要です
・心理的なサポート、必要に応じた職場環境の調整、事件後のフォローアップなど

カスハラ対策研修の実施

カスハラ対策研修を実施することで、従業員はカスハラを認識し、適切に対応する方法を学べます。

カスハラ対策研修で押さえるべき内容
・カスハラの定義や具体的な事例の説明
・カスハラに関連する法律や規制についての説明
・実際にカスハラが発生した際の適切な対応方法の説明
・サポート体制と内部報告プロセスの説明

こうした取り組みは、カスハラの予防だけでなく、問題が発生した際の迅速かつ効果的な対応にもつながります。

カスハラが起きたときの企業の対応ステップ

カスハラが起きた際の企業の対応ステップとして、基本的には以下のように進めるようにしましょう。

1.事実関係の正確な確認
カスハラが報告された場合、まずは事実関係を正確に確認する必要があります。被害を受けた従業員からの詳細な報告を受け、可能であれば第三者の証言や映像・音声記録などの証拠を収集します。
2.法的手続きの検討も含む毅然とした対応
事実関係が確認された後は、顧客に対して毅然とした対応を取ることも必要です。企業ポリシーに基づいた対応を行い、必要に応じて法的手続きも検討します。
3.従業員への配慮措置
カスハラを受けた従業員に対して、面談、必要に応じた職場環境の調整、カウンセリングの提供などを行い、適切な配慮とサポートを提供します。従業員の精神的健康を保護することは、企業の重要な責任です。
4.再発防止に向けた取り組み
同様の事案が再発しないよう、カスハラ対策研修の実施、社内ポリシーの見直し、コミュニケーション手法の改善など、対策を講じます。発生したカスハラの事例を学びとして従業員に共有し、全社的な意識向上を図ることも大切です。

カスハラへの適切な対応と再発防止策を実施することで、従業員の安全と健康を守るとともに、企業の信頼性を保つことにもつながります。

まとめ

カスハラ対策マニュアルを作成することで、従業員がカスハラに対して適切に対応し、安全を確保するための基盤を作れます。カスハラが仮に発生してしまった際も、相談体制が整えられていれば、従業員は安心して働き続けられるでしょう。

また、カスハラだけでなく、パワハラ・セクハラ・モラハラなどを含め、ハラスメントから従業員を守るのは、企業の義務です。従業員が生き生きと、長く働き続けられるような職場環境を築いていきましょう。

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