前回までで、電波も可視光も放射線もすべて電磁波であることを見てきました。性質が全く異なるのは、振動数の違いによるものです。そして前回の図からもわかるように、可視光の領域は、電磁波全体から見るとわずかな範囲です。ではなぜ私たち生物の目は、この範囲の電磁波を感知するようになったのでしょうか。
太陽から放射される電磁波(太陽光)には、電波から放射線まですべて含まれています。しかし、私たちは太陽から放射される電磁波を、そのまま受けるわけではありません。宇宙空間に出れば直に受けることになりますが、私たちは地表に住んでいるため、大気を通過してきた太陽光を受けるのです。「透明な大気に電磁波のフィルターが務まるの?」と思うかもしれませんが、大気が透明というのは可視光にだけあてはまるのです。
生物活動の大本である太陽光は、生物の住んでいる地表までどのようにして届くのでしょうか。下の図は、太陽の光が地表に届くまでのイメージをまとめたものです。振動数の低いものから順に、細かく見ていきましょう。
電波の中でも振動数の低いものは、高度60 km以上にある電離層によって反射されて宇宙空間に戻されてしまい、地表まで届くことはありません。
電波の中でも振動数の高いものと赤外線は、電離層を透過することができます。しかし透過したものの大部分は、大気中の水分子や二酸化炭素分子によって吸収もしくは散乱されてしまい、地表まではほとんど届きません。
可視光は一部が大気中の分子によって散乱を受けますが、大部分が地表まで届きます。
紫外線の大部分は大気上層にあるオゾン層によって吸収されます。地表に届くのはほんの少しであって、日焼けする程度で深刻な害を及ぼす程度ではありません。
X線とガンマ線は、大気の主成分である窒素分子と酸素分子によって吸収を受けて、地表まではほとんど届きません。
以上のように、地表までしっかり到達できるのでは、主に可視光だけなのです。ゆえに地球上の生物は、可視光を利用するように進化してきたのです。ですから、「大気は可視光に対してちょうど透明である」というのではなく、「大気に対して透明だったから、その電磁波(可視光)が生物の目に見えるようになった」という方が正しいのです。
ところで、赤外線が大気中の水分子や二酸化炭素分子によって吸収されるとき、水分子や二酸化炭素分子を振動させる効果が働きます。振動させるということは、温度を上げるということでした。したがって、吸収によって大気が暖められているのです。つまり、水分子や二酸化炭素分子は温暖化のための分子です。「温暖化分子」というと、最近では悪者のように感じられてしまいますが、温暖化の分子がないと地球は凍った星になってしまいます。
先ほど、「大気は可視光に対してちょうど透明である」ことを述べました。そのときに、「一部が大気中の分子によって散乱を受ける」ことにも触れました。ここでは、その「散乱」について考えてみましょう。
散乱というのは、電磁波が進んでいるときに障害物に当たり、進行方向が乱されてしまうことをいいます。電磁波は全く何もない空間、すなわち真空では何にも邪魔されずに真っ直ぐ光速で進みます。宇宙空間はほぼ真空なので、太陽光は地球まで直進します。しかし地球の大気圏の中に入ると、空気分子やその他の分子によって散乱を受けます。可視光は空気分子などによる吸収は受けないので「透明である」と述べましたが、散乱は受けるのです。
もし大気がなかったら、昼間の空はどう見えると思いますか? 太陽からの光は直進してくるので、太陽のあるところだけが非常にまぶしくて、それ以外の空は真っ暗になるでしょう。太陽以外の場所からは光が来ていないのですから、空全体は真っ暗です。昼間の空全体が明るいのは、大気による太陽光の散乱のおかげなのです。
宇宙空間では光が散乱しないので、宇宙にいるときに、目の前をものすごく強い光が横切っても、何も感じることはできません(下図、左側)。光が目の中に入らない限り、私たちは光を認識しません。光源の方を直接見なくても周囲全体が明るいのは、光の散乱のおかげなのです。
さて、可視光の波長はだいたい数100 nmでした。それに対して、障害物となる空気分子の大きさは、0.1 nmくらいしかありません。分子の大きさよりも、可視光の波長の方がずっと長いのです。一般的に、波の散乱では、障害物が大きいほど散乱されやすくなり、波長と障害物の大きさが同じくらいになると、強い散乱を受けます。可視光の波長と空気分子の場合、波長の方が1,000倍くらい大きいので、散乱される割合はとても小さいのです。ですから、ほとんど邪魔はされず、ほんの一部だけが散乱されて、他の方向に進みます。
では、可視光の中でも波長の長い赤と波長の短い青では、どちらの方がより散乱されやすいでしょうか? 散乱のされやすさは、この場合、波長と障害物の大きさの関係で決まります。この場合の障害物は空気分子で、大きさは決まっています。波長の短い波の方がより障害物が大きく感じられるので、散乱されやすいということになります。波長の短い青の方が散乱されやすく、波長の長い赤の方が散乱されにくくなります。青の方が赤よりも、実に10倍近く散乱されやすいのです。このような散乱を「レーリー散乱」と呼びます。障害物と波長の関係によって、これ以外にも様々な散乱のしかたがあるのですが、空の青さの原因は、このレーリー散乱で説明できます。
夕日が赤いのも、同じように説明できますが、図が必要かもしれません。昼間の太陽の光と夕日では、私たちの目に届くまでに、大気の中を通ってきた距離がかなり違うのです(下図、右側)。昼間の太陽はほぼ真上から来るので、大気圏の幅を真っ直ぐ通過して散乱を受けます。このとき、太陽を直接見ても(直接見てはいけませんが)、非常にまぶしい白色のままです。しかし、太陽が沈むときには、太陽からの光は、真横から地平線に沿ってやってきます。このとき、大気圏の中をかなり長い距離、通過することになります。そのため、太陽光のかなりの部分が散乱されていて、直接目で見てもまぶしすぎることがなくなります。そして散乱されにくい色は赤なので、夕日は赤く見えるのです。