30℃のぬるま湯も30℃の空気も、どちらも体温の36℃より低いので、皮膚から熱を奪います。ですから、30℃のぬるま湯に手をつけると、ぬるいというか、少し冷たく感じます。では、30℃の空気はどうでしょうか? 30℃の空気の入った箱に手を入れても、熱いとも冷たいとも感じないと思います。私たちの皮膚は、いつも体温より低い温度の空気に触れていて、熱が奪われることに慣れているから、何も感じません。慣れているからというよりも、前回の記事で触れたように、体内で生産する熱と空気に奪われる熱がバランスしているのです。
では、なぜ30℃の気温は暑いと感じるのでしょう? ここで注意すべきは、「暑い」のであって「熱い」のではないことです。「熱い」というのは、体温より上の温度でしか感じません。ですから、30℃の空気は熱くは感じませんが、生産する熱と奪われる熱のバランスが崩れていて、暑く感じるのです。私たちの体は、25℃くらいの空気でこのバランスがちょうど良くなるようにできています。30℃の空気では、皮膚からの熱の奪い方が少し足りなくて、体温が上がりそうになります。それを抑えようと汗が出てきたりして、暑いと感じるのです。
さらに、空気と水で分子の密度が大きく違うことも原因です。例えば、1リットルの水の中には、約3×10の25乗個(1兆個の30兆倍)の水分子があります。それに対して、1リットルの30℃の空気の中には、約3×10の22乗個(1兆個の300億倍)の空気分子があります。どちらもすごく大きな量なので、比べようがないように感じられますが、水の中の分子の数は、同じ体積の空気の中の分子数に比べて、約千倍も多いのです。水の分子の数は多いので、皮膚に衝突して熱をもらい、その結果速度が速くなっても、すぐにまわりの他の水分子と何度も衝突して、結局、もとの運動状態に戻ります。
それに対して、空気の分子の密度は、水と比べるとずっと希薄でスカスカです。30℃の空気分子が皮膚の分子と衝突して熱をもらったあと、まわりの他の分子と衝突する頻度は、水に比べてぐっと少なくなります。ですから、30℃の空気と言っても、私たちの体のまわりには30℃より高い温度の空気の層が漂っているのです。暑いときに人が近くにいると、より暑苦しく感じますが、実際に人のまわりの温度は上がっているのです。風が吹くと涼しく感じる理由は、体のまわりにある温度の高い(それと湿度も高い)空気を吹き飛ばしてくれるからです。
また、密度の違いは、奪う熱の量にも影響します。水の中の分子数はずっと多いので衝突回数も多く、その分、熱を大量に奪っていきます。ですから、同じ温度でも、水の方が冷たく感じるのです。水の中でも、空気と同じように、体のまわりに体温に近い温度の水の層を作りますが、分子同士の衝突回数が多い分、その効果は空気のときよりも少なくなります。それでも、私たちの体のまわりに体温に近い水の層ができることは実感できます。冷たいプールに入ったとき、じっとしていれば、それほど冷たく感じなくても、プールの中で動くと冷たく感じるという経験はあるでしょう。熱い方も同じです。熱いお風呂に入った場合、じっとしていれば、その熱さに耐えられても、体を動かすと熱く感じることがあります。これらは、体のまわりに体温に近い水の層ができている証拠です。