- 2019.11.25
- INTERVIEW
知らないと損する新しい消費者行動
Vol.1:オムニチャネルの本質とは
1985年、株式会社千趣会商品企画部に入社。1996年、手作りにてベルメゾンネットを立上げ。Web事業責任者として、当初は年間20万円であったネット売上を、13年後に700億円まで引き上げる。また大手百貨店Web事業責任者としてオムニチャネルの実現に参画。通販・店舗両面からの視点を持つ。
2018年、千趣会を退社しコンサルティングを含むマーケティング支援を行う「中山茂マーケティングデザイン株式会社」設立、現在に至る。
ネット黎明期の試行錯誤が私の宝物
――まず初めに今までのご経歴と専門領域を教えてください
私は通販会社に32年間勤めてきましたので根っことしての専門は通販業にあるのですが、まだネット社会では黎明期であった1996年にネット上通販の仕組みであるイーコマース(EC)を手作りで構築して以来、ネットマーケティング中心に業務を行ってまいりました。
1996年でのECサイト立上げ当初は年間ネット経由売上げ20万円というさんざんな結果で、当時は「中山はパソコンで遊んでいる」と言われたものでした。
ただ、その後のネット環境の発展もあり2010年にはネット経由売上げを700憶円にまで拡大することができました。
――ものすごい伸び率ですね
20万円から700億円ですから成功物語のように思えますが、その内情は失敗の連続でした。当時は参考になるサイトなどない時期でしたのですべては自己流の試行錯誤の中でのマーケティングで、今思えば恥ずかしくなるような稚拙なサイト作りをしていたものです。でもまだネット黎明期だったこともあり、それが許された時代にネットに携われたのは今思えば幸運なことだと思っています。
ただ、真剣に考えてのトライアルは失敗しても結局その後のネットマーケティング構築に一番役に立ったと思っています。成功にはいろんな要素が絡みますが、失敗には必ず失敗した根本原因があって、それを実感することは非常に大切なことだと思います。
――失敗しつづけてきたから成功もあり現状に繋がっているんですね
はい、そういった経緯もあり、実践の中で多くの失敗と少しの成功をしてきた私としてはテクニックとしてのマーケティングではなく、ネットがここまで消費行動を変化させた本質的な意味、新しい時代のビジネスの思考、マーケティング思考をネットビジネスが専業ではない皆さんにもお伝えしたく独立開業に至りました。
オムニチャネルという言葉の功罪
――今回のインタビュー前編でのタイトルが「オムニチャネル」ですがネット専業でないと具体的に何を指すのか少しわかりにくいのですが
そうかもしれませんね。実はあまり難しく考えなくていいと思います。ニュースや記事などでオムニチャネルが紹介されるとき一般的にはどうしても最先端技術をリアルと融合させた画像認識やGPS、アプリ、QRコードなどをモバイルで駆使したり、顧客データをリアルタイムにビッグデータとマイニングしたり・・・という新しい仕組みや技術を前面に出してきますがそれらの例ももちろんオムニチャネルの最先端の一例ではありますが、最先端のごく一部の特化例だと思ってください。
――え、すっかりIT技術を駆使してビッグデータと連携させるのがオムニチャネルだと思っていました
いえいえ、もっとシンプルなことなんですよ。ネット社会になって変化した環境としては、情報を得ることもお買い物をすることもリアルとネット両方で可能になったこと、そしてスマホの出現により日常どこにいても情報が手に入れられるようになりリアルの行動の前にでもネットによって情報を当たり前に得ている時代になりました。
ですから広義で言えばネット上のホームページで店舗や商品を含む自社情報を掲載し、リアルで見つけた商品の詳細やバックボーンをネットで知ることができる状態だけでもオムニチャネルに対応しているとお考えください。ネットで調べて実際にお店で購入したり、お店で見たものをネットで購入したり、そういった情報が自然に連携しているだけですでに「オムニチャネルが確立している」状態なんです。要は
「いつでも」
「どこでも」
「どのようにでも」
とユーザーが無意識に共通のサービスを受けることができる状態をオムニチャネルと思ってもらって結構です。
ですからECサイトをやっていなくても十分オムニチャネルになりえます。これからお話することはEC事業者様だけでなくユーザーと向き合うすべての企業にとって今後進化し続けるであろうネット社会に向き合うために知っておいていただきたいことをお話してゆこうと思います。
――あまりに当たり前にもう日常で行われているサービスなので意識していませんでした。でも普通に技術が発展してそれについてゆけば、その「オムニチャネル対応」ができてしまうんじゃないでしょうか
そう思われますよね。オムニチャネル対応はIT知識や技術力がさほどなくても理論上は誰でも理解できます。ところが実践に至るまで仕組の構築だけではなく今までの商習慣や心理的再構築が実はそんなに簡単じゃないんです。真のオムニチャネル化を阻害しているポイントを理解していただくために「オムニチャネル」の「チャネル」という言葉の変遷を絡めてお話しますね。
「チャネル」の定義が時代によって変化した罪
まずチャネルという言葉がよく使われるようになったのは1990年代半ば、まさにネット時代の黎明期からでした。その時生まれた言葉が「マルチチャネル」という言葉でした。
マルチチャネルの時はそれぞれのチャネルにはそれぞれのユーザーがおられるのでそれぞれのチャネルのユーザーに適した対応をしてゆきましょうという概念です。
当時はチャネルごとに消費行動の違うユーザーが存在するという考え方だったわけですね。実際ネット利用者はまだ少なくかつ特殊な時代でしたので「ネット利用のユーザー」に対しては別の情報発信と販売手法を取ったんですね。これが複数チャネルへのアプローチである「マルチチャネル」です。
そしてそれぞれのチャネルを意識的に融合させようとしたのが「クロスチャネル」と言われる手法です。具体的にいうとカタログ一辺倒のユーザーに「ネットで閲覧して申し込むと在庫情報もリアルで確認できてご注文も楽ですよ」とご案内していた時代です。要はリアルユーザーをネットチャネルに誘導していた時代です。
肝心なのはこの時点まで「リアルのユーザー(消費者)」と「ネットのユーザー(消費者)」はそれぞれ個別の消費行動をするユーザーであるとみなされ消費行動の違う「チャネル」という捉え方をしていましたし、ビジネス上もそれで成り立っていました。これが大体2000年前後のお話です。
――パソコンが家庭に普及しだして、回線速度も速くなりだした時期ですね。ただ確かにすべての家庭にパソコンがあったわけではないですし、スマホもまだ登場していませんね。
そうなんです。「マルチチャネル」概念は特にスマホの登場で加速してきました。「クロスチャネル」で仕掛けたリアルとネットのチャネルの融合、そしてそれを簡単に具現化してくれるスマホの登場。それによって起きたのがオムニチャネルです。
これを見てなにかお気づきになりませんか?
――あ、いままでチャネルごとにユーザーが定義されていましたが、ユーザーが一人にになっていますね。
そうなんです。お客様と接する場は「リアル」「ネット」と別々ですが、それぞれのチャネルにアプローチするお客様がひとりになったのがマルチチャネルです。
――と、なるとユーザーはオムニチャネルの説明にもあったように「いつでも」「どこでも」「どのようにでも」という時代に変化したわけですね。でもそれが実業でどのような影響を及ぼしたのででしょうか
既存ビジネスはリアルの時代から「マルチチャネル」「クロスチャネル」という時代を経験し緩やかに変化してきたために、潜在意識の中で「チャネル=ユーザーの違う販売チャネル」という意識が根付いてしまったのです。この意識は店舗中心企業に特に多くみられる傾向です。
実際お客様が完全に融合するまではそれでも理屈は通っていましたが企業が過去の定義のまま販売チャネルごとの部署でオムニチャネル時代に突入したため社内の大きなひずみを生んでしまいます。チャネルごとの部署があるということは部署ごとの決済単位になります。要は部署ごとに売上げ目標が立てられるわけですね。店舗単位、カタログ単位、サービス単位で目標を立て評価する。いままでのこういった売上げ構成単位は基本的に「お互いカニバらない」というのが鉄則でした。同じ商圏に同じ店舗は出しませんし、カタログもユーザーに合わせた商品構成でそれぞれ制作していました。
ところがここにネット経由の売上である「EC」が登場した時に企業はどう動いたでしょう。既存の手法とは違うネット構築からですから今までと違う「EC担当」としての単独部署が必要となるのは必然。なおかつネット決済という目に見える売上げ数字が上がりますのでそこで今までの意識でつい売上げ目標が立ってしまう。
――決済チャネルが違うのであればそれぞれ売上げ目標があってもよいような気がするのですが
ええ、ただここで上記の図を思い出してください。ネット黎明期の「マルチチャネル」や「クロスチャネル」の時代であればチャネルごとに消費行動が違ったので「売上げの足し算」でも通用しまいした。でもオムニチャネルになって各チャネルでの消費行動は同じ消費者ですよね。
――お財布はひとつなので足し算になりませんね。むしろシェア争いになりそうです
そうなんです、そこは大変重要なポイントです。企業は既存の概念のままですが、お客様はすでに先の概念に進んでいて、すべてのタッチポイントに自然体にアクセスできるため、購買前の情報収集もネットだと時間も場所も選びません。
自分の気の向くまま知らない間にも情報は蓄積されます。さらにリアルな日常生活の中で接する店舗などリアルな場面でも情報は蓄積されます。これらが自然体で生活スタイルに組み込まれていってますよね。そして企業が組織を別にして一番気にする「購買タイミングと場所」ですがユーザーは「どこでいつ買うか」もほとんど意識していません。その時便利でお得であればネットで買うか店舗で買うかはユーザーがそのタイミングで判断することなんです。
同じ会社でありながら、複数の部署が同じユーザーから売上げを上げようとする現象が起きてしまうのです
完全にカニバリを起こしていますよね。前段でお話したようにユーザーからすると、どこで情報を受け取っても、どこで決済しようとも関係ない状態なのに、企業は「俺が!俺が!」と自分の部署で売上げを上げようと同じユーザーの取り合いをしているのです。当然、協力関係はなく社内の雰囲気はギスギス、過剰な販促費をかけてしまうこともあります。
――こういった現象を社内では改善できないものなのでしょうか
それがそう簡単でもないんです。特に上長は理屈ではわかっていても、なかなか修正することは難しいのが長年の商習慣と売上げ管理なのです。とはいえこのまま放置するわけにはいきませんので改善に向けてのいくつかのレイヤーに分けて説明しましょう。
まず理想論・正論から言いますね。
・売上(決済)のチャネル単位での目標設定をやめる
→売上げ管理を一本化する
→チャネル単位ではなくユーザー(お客様)単位で目標値を決める
・売上(決済)単位ではなく売上げ貢献度で社員を評価する
すべての販売チャネルの売上げ目標と権限を統括し経営陣直轄で現場論理に惑わされない俯瞰的マーケティングを実施することです。これが実現できれば末端の販売チャネルごとの現場の競争論理は通用しませんし、評価基準ももっと上位概念で評価が行われればチャネルを超えて社員が協力し合いながら評価されますので社員の不満も起きません。さらにリアルとネットでのデータ管理や物流、分析、販促などの社内インフラも整備できます。
――さすがに現実では難易度が高そうですね
あくまで理想論です、そういったことができる会社であればすでに改善できているでしょうね(笑)。でも本来これがあるべき姿でもありますし、各種セミナーで話されていることやマーケティング本なので書かれている内容も表現は違えどもこのような正しい道を示しています。ただ、問題は現実的にどう具体的に動けばあるべき姿に近づけるのか?ということだと思います。
消費者行動の理解不足がロスを生む
――理屈ではわかっていて仕組みの部分で一歩踏み出せないのはなぜでしょうか
過去の成功体験や商習慣、評価体制を一新するには「勇気」が必要です。ではなぜその「勇気」が振り絞れないのか・・・それはひとえに
ネット社会の消費者行動の本質的変化を理解しきれていない
自信を持って部下や上司に説明できない
からだと思います。またこれは経営者だけが理解すればよいというものではなく、
経営者も現場の社員も全員が現状変化を認識し、あるべき姿を理解しなければなりません。
いままでの文化を壊したり捨てたりする必要はありません。今まで成功してきた企業理念や文化はそのままに「新しい社会を理解」すればよいのです。
そのことによって末永く「よいお客様」とよい関係を築くには既存概念の「販売」を基点にするのではなくどうユーザー起点と接してゆくためには
今、会社はどうすべきなのか
自分にできることは何なのか
どうすれば部署ごと協力してゆけるのか
成果をどう可視化できるのか
と、必然的に具体的やるべきことが見えてきて、現状の業務でできることは何なのかを経営者だけでなく社員全員が個々の正しい理解のもと自ら考え、できるところから小さい規模でも実行してゆくことかと思います。
まずは社員全員がそのような指向で業務に臨み、実行できる環境づくりから始めてはいかがでしょう。さらにそれらと並行して運用を形づくる組織体制の構築やフルフィルメント、評価制度、分析の仕方やお客様対応等仕組みを経営陣も学びながら創りあげてゆけばよいかと思います。
==中山氏がノウハウをお伝えします!==