音楽は健康によい影響をもたらします。前回は、実際に音楽療法にはどのような効果があるのかについて学習しました。
そこで今回は、そもそも健康とはどんな状態なのか、どのようにして作り出されているのかについて紹介します。この先の連載では、具体的になぜモーツァルト療法が健康に効果的なのか、どのような応用ができるかについて説明しますので、今回はそうした内容をより理解しやすくなるための基礎的な部分だと思ってください。
健康とはなにか、という問いに対する答えは、あまりにも漠然としていて難しいものです。一般的に、病気でなければ健康であるわけですが、この健康について、世界保健機関(WHO)は次のように定義しています。
「健康とは、完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」
つまり、健康とは、単に身体に病気がないとか、身体が弱くないということにとどまらず、肉体的にも精神的にも、加えて社会的にも完全に調和のとれた良い状態のことを意味しているのです。
また、社会的という有機的なつながりをもつ人間関係においても故障のない状態であることが、健康の条件として求められています。社会的な側面で故障があれば、当然、肉体的あるいは精神的にも悪い影響が出てくるからです。
したがって、現代では、肉体的、精神的および社会的という三つの相互関係が、円滑にうまく調和のとれた状態で存在することが、個人の健康につながると考えられます。
さて、身体の健康を支えるための生物学的な働きを、生体機能と呼びます。この生体機能には、主に、脳神経系、内分泌系、血液循環系、そして免疫系があり、これらの4つの生体システムの相互関係の調和がうまくとれている限りでは、身体の健康は維持されます。この調和された状態が日々の生活の中で正常に保たれることが、健康に暮らすうえで重要なのです。一つの生体システムの故障は全体の生命維持作用に悪影響し、健康を害することにつながります。
では実際に、それぞれの機能がどのような役割を果たしているかについて見ていきましょう。
脳神経系
脳から脊髄を経ずに直接末梢に分岐する神経のこと。嗅神経・視神経・動眼神経・滑車神経・三叉神経・外転神経・顔面神経・内耳神経・舌咽神経・迷走神経・副神経・舌下神経の12種類の神経が左右に一対ずつ存在する。
・具体的な役割
情報の入口。外界からの刺激情報を適切に処理し、記憶として蓄えて、正しい判断と行動に役立てる。
・乱れるとどうなるか
老人性認知症やパーキンソン病、また耳鳴りや難聴などに悩まされる。
現在、音楽療法でこうした疾患を克服することが求められている。
内分泌系
身体の活動の調節。人間のおもな内分泌器官の中では、脳にある脳下垂体と松果体、頸にある甲状腺、胸骨の裏に存在する胸腺、さらに膵臓や副腎、性腺が重要である。
・具体的な役割
ホルモンという物質による生体機能の調節システム。ホルモンはさまざまなホルモン分泌器官から分泌され、血液の流れにのって全身に行き渡るが、ホルモンが作用する器官や組織は、ホルモンごとで決められており、さらに、あるホルモンの分泌量は、別のホルモンによって調節されている場合もある。
・乱れるとどうなるか
脳神経系と同様に、老人性認知症やパーキンソン病の恐れがある。
血液循環系
心臓を出て心臓に戻る血液を介して、生体の隅々まで栄養や酸素を供給し、不要になった老廃物や代謝産物、二酸化炭素を除外する重要なシステム。
・具体的な役割
人間を構成する60兆個以上もの細胞に、ブドウ糖と酸素を提供することで、活動エネルギーを与え、健康に寄与する。
・乱れるとどうなるか
一般的に、心臓、肺、肝臓、腎臓などは動脈と静脈が分布しており、血液が円滑に流れていないと、脳梗塞や心筋梗塞、あるいは動脈硬化や狭心症などの疾患を引き起こす。血行を良くすることは、新陳代謝をうながし、栄養と酸素を送るうえで、きわめて大切である。
免疫系
外界からの異物や体内で発生したがん細胞などの非自己化した細胞を、効率よく排除するシステム。
・具体的な役割
異物に対して広範囲に撃退する非特異的防御反応と、異物に一対一で反応できる巧妙な特異的防御反応によって、体内の危険を排除。
前者には、補体やリゾチームなどの液性の物質に依存する防御系と、白血球やマクロファージあるいはナチュラルキラー細胞などの免疫細胞に依存する防御系とがあり、両者は連携プレーをとりながら、異物に効率的に反応している。また、特異的防御反応は、主として胸腺という免疫組織で分化するTリンパ球という免疫細胞によって行われる細胞性免疫と、Bリンパ球によってつくられる、抗体という異物に対して特異的に反応する免疫物質に依存する、液性免疫とが存在する。
・乱れるとどうなるか
細菌やウイルスあるいはカビなどの微生物による感染を受けやすくなったり、がん細胞が発生しやすくなったり、アレルギー性疾患が増加する。それらを予防するためにも、日頃から一定の免疫力を維持させておくことがポイントになる。
このように人間の健康を維持させる生体機能を直視すると、現代社会にはこれらの生体機能を脅かすマイナス要因が、身近にたくさんあることがわかります。先述した4つの生体機能は独立しているようにみえますが、実は相互に調節しあっているので、一つのシステムの故障は全体の機能異常へと広がっていきます。
たとえば、強烈な精神的なストレスを感じると、脳神経系からの指令で脳下垂体前葉から副腎皮質刺激ホルモンの分泌を引き起こします。この結果、コルチゾールというストレスホルモンが副腎皮質から多量に分泌され、これに反応してリンパ球に依存した免疫力が低下、結果として感染症やがんが発生しやすくなってきます。つまり、脳神経系、内分泌系、免疫系は血液循環系を介して密接につながっているのです。