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Vol.12 サイゴンの熱気、ハノイの静寂(ベトナム)

東南亜細亜12 COLUMN

 

ベトナムは日本と同じく南北に細長い国で、北の首都ハノイと南の商都ホーチミンでは、街の表情も人々の気質もまったく違っています。その距離は約1800キロ。東京を起点に考えると、直線距離で優に沖縄まで達する遠さなのです。

 

ふたつの都市の違いを端的に表現するなら、「動」のホーチミン、「静」のハノイとなるでしょうか。ちなみに、タイトルにある「サイゴン」はホーチミンの旧称です。15年もの長きにわたって人民を苦しめ続けたベトナム戦争は、1975年4月30日、南ベトナムの首都サイゴンが北ベトナム軍によって制圧され、ついに終戦を迎えました。この歴史的な「サイゴン陥落」によって、翌日、サイゴンの地名は消え、「ホーチミン(シティ)」という街に生まれ変わったのです。しかし、人々はいまなお並々ならぬ愛着をもって、この街を「サイゴン」と呼び続けています。ホーチミンはお上から与えられた行政上の地名。ベトナム人の友人は「サイゴンという言葉を聞くと、戦争で破壊される前の美しいプチパリの街並みが浮かんでくるんだよ」と話していました。そんなわけで、地元っ子に敬意を表し、このコラムも、あえて「サイゴン」と表記することにします。

戦争で街の様子は一変してしまったものの、サイゴン名物のバイクの洪水を避けながら散策すれば、往時の面影は今も随所に感じることができます。フランスパンを使ったベトナム風サンドイッチ「バインミー」は、屋台で買ったものでも味はハイレベル。フランス植民地時代からの伝統なのでしょうが、サイゴンで食べる「バインミー」は病みつきになる美味さです。
中心部にあるベンタイン市場へ行けば、早朝から人々の活気が満ち溢れており、店頭に並ぶ品々にメコンデルタの豊穣を感じずにはいられません。南部のメコンデルタは「何もしなくても、勝手に魚が網にかかり、米や野菜が育つ」と言われるほどの肥沃な地。あのベトナム戦争中でさえ、食べ物だけは豊富に揃っていたそうです。
サイゴンは、ベトナムの経済成長を促す契機となった「ドイ・モイ政策」の恩恵を真っ先に受けた都市であり、人々は商業活動に熱心で、そうした雰囲気がサイゴンの「動」のイメージを形成している気がします。物売りや客引きが煩わしかったりもするのですが、ぼられたり騙されたりするのは自己責任。ソチ五輪を皮肉るわけではありませんが、権力者にとって不都合な人間を官憲が権柄ずくで排除する社会よりは、よほど健全といえるでしょう。どこで覚えたのか、流暢な英語を操り、必死に生活費を稼ごうと頑張る彼らのバイタリティーに、悲惨な戦争を乗り越え、めざましい成長を遂げている今のベトナムそのものがだぶります。

 
一方、「静」のハノイは、ここ数年の間に、かなり「動」が感じられるようになりました。観光客が集まるエリアには、おしゃれなカフェやホテルが建ち並び、古都の趣に華やかな彩りを添えています。こうしたエリアは、一見すると“プチサイゴン”といった感じですが、サイゴンになり切れないところがハノイのハノイたる魅力といえるかも知れません。
完全に「アジアブーム」に乗った感があるハノイですが、ホアンキエム湖やホーチミン廟の周辺などには、サイゴンの喧騒とは明らかに異質な、静寂な空気が流れています。フランス文化の残り香が漂うサイゴンに対し、ハノイの場合は中国文化の影響を色濃く受けており、その文化的背景の違いが、ハノイの沈重なトーンを生み出しているのだと思います。
フランス統治下になる以前の11世紀初頭、中国の李王朝がハノイを首都に定めて以来、約1千年にわたってハノイは栄華を極めました。世界遺産のタンロン遺跡、文廟、一柱寺など、ベトナムと中国の深い関係を今に伝える見どころが少なくありません。
僕がはじめてベトナムを訪れた18年前のハノイは、観光客の姿はほとんどなく、本当に静かな首都でした。駅から少し歩いた場所にある原っぱには、簡素なサーカス小屋が立っており、実にのんびりとした曲芸を披露していたのを思い出します。サーカス小屋がある原っぱの風景は、とても一国の首都とは思えないものでした。

 

「動」と「静」――どちらのベトナムも心地よいのですが、最近、特に気に入っているのが、「動」と「静」のどちらでもないベトナムです。それは名もなき田舎町のこと。「Hotel」や「How much?」という単語すら通じない田舎町が、
サイゴンとハノイを結ぶ1800キロの中間を埋めているのです。そうした田舎町には、名所も娯楽も名物料理も、そして外国人を騙そうという邪心も何もありません。そんな「無」のベトナムも、地方にも波及する経済成長によって、やがては「無」から「静」となり「動」へと変わっていくのでしょうが。

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