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創考喜楽

Vol.11 マニラの「銀河鉄道999」(フィリピン)

東南亜細亜11 COLUMN

 

大の鉄道ファンである筆者にとって、海外での汽車旅は心安らぐひととき。しかし、多彩な路線を有するタイ、マレーシア、ミャンマー、ベトナム、インドネシア以外の東南アジアの国では、ほとんど列車が運転されていないのが残念です。フィリピンの場合は、かつてマニラを中心に北へ南へと路線網が整備されていたものの、台風、洪水、噴火など度重なる自然災害によって線路がズタズタに寸断され、フィリピン国鉄には復旧させるだけの資金力がなかったため、そのまま廃線になってしまったという経緯があります。もっとも、資金難の問題だけではなく、「たとえ頑張って復旧させても、またいつ災害でダメになるか分からない」との諦念もあったようですが。

 

ただ、フィリピン国鉄は長距離路線を放棄する一方で、マニラ圏の人口増に対応すべく、コミューターラインと呼ばれる通勤通学路線の整備は進めています。運転区間はタユマン―アラバン間の約29キロ。マニラ市内に建設されたライトレール(高架鉄道)とともに、市民の足として定着しているようです。「汽車旅」と称するには物足りない距離ではありますが、アラバンからはるか南のレガスピまで続いていた路線を偲ぶべく、国鉄本社が置かれている始発駅のタユマンへ向かいました。タユマンへはライトレールのバンバンが最寄り駅ですが、バラックが密集するスラム街を抜け、10分以上も歩かなければなりません。スラムというと物騒なイメージがありますが、昼間の風景はのどかそのもの。屋台で焼き鳥を求めると、恰幅のいいおばさんは、スラムの住人に売るのと同じ値段を口にし、「これはおいしいよ」という感じで、にっこりと微笑んでくれました。安くておいしい焼き鳥をつまみながら少し広い通りへ出ると、そこがタユマン駅。構内には日本から譲渡された車両がたくさん並んでいました。アジアの各国では、JRや大手私鉄でお払い箱になった車両が活躍していますが、「乗り心地がよく、しかも故障が少ない」と大好評とのこと。こうしてアジアの人たちが、鉄道を通して日本にさらなる好印象を抱いてくれるのは嬉しい限りです。現状は日本製車両が「宝の持ち腐れ」になっているフィリピンでも、懐かしい車両たちが快走する姿を見たいものです。

 
タユマンからアラバンまで乗った韓国製の車両は、味気ないロングシートだったこともあり、正直、期待はずれでした。時速は30キロ以下、ノロノロ運転の通勤電車に揺られている感覚で、往復約2時間の退屈な時間をやり過ごしました。しかし、もちろんこれで満足できるはずがありません。そこで翌日の夕方、ファンの間で「マニラの銀河鉄道999」と揶揄される列車に乗るため、改めてタユマン駅を訪れました。
「銀河鉄道999」について簡単に説明すると、このコミューター路線には1往復だけ機関車が牽引する客車列車が走っており、日本の「12系」という青い客車が使われています。国鉄時代、夜行急行などで乗った記憶が甦りますが、往時の流麗な「ブルートレイン」の面影は微塵もなく、青い塗装は哀れなまでに落剥し、ボックスシートは半壊状態で傾き放題という有様。これで満員の乗客がいなければ、「野ざらしになった廃車」と言っても誰も疑わないでしょう。それくらいにオンボロなのです。真新しい通勤型車両が頻繁に発着するなか、なぜこんな時代遅れの列車が生き残っているのか不思議でなりません。

 
すっかり日も暮れた18時20分、電球すら切れたままの真っ暗な列車は、闇の世界へ旅立つようにタユマン駅を発車しました。この車両は窓が開くので、さまざまな音や臭いなど街の息づかいが伝わってきます。ようやくアジアの「汽車旅」と出会った気分になりました。途中駅からは郊外に帰宅する人が次々と乗り込んできて、たちまち車内は立錐の余地もないほどの大混雑に。窮屈なうえ、揺れもハンパではなく、尾骶骨をガツンと鈍器で殴られたような衝撃が走ります。激しい縦揺れ、横揺れが交互に襲ってくるので、身体の均衡を保つのが容易ではなく、思わず「脱線」という恐ろしい事態が浮かんできましたが、昼間の列車に輪をかけて遅いのが救いで、たとえ転覆しても「乗客全員死亡」といった大惨事だけは免れそうな……。向かいの席の青年に「次の快適な列車に乗ればいいのでは」と聞くと、「(新しい通勤型車両よりも)運賃が安く設定されているからね」と、人気(?)の理由を教えてくれました。その差額はわずか数ペソながら、それがフィリピンの現実でもあるのでしょう。

 
この列車だけは、アラバンが終点ではありません。廃線になった線路をさらに10キロほど走り、ビニャンという小駅まで結んでいるのです。興味はあったものの、何もないビニャンまで行ってはマニラ市内に戻れなくなるので、ジープニー(トラック型バス)のターミナルがあるアラバンで下車しました。とにかく乗降に時間がかかるせいで、アラバン着は30分遅れ。すっかり乗客がいなくなり、回送同然になった列車を見送りましたが、この先は雑草に覆われた廃線区間、どれほどの振動に見舞われるのでしょうか。
ちなみに、マニラ行き上り列車の発車時刻は早朝4時50分。上下とも明るい時間帯に走らないので「銀河鉄道999」というわけではなく、「スピードが遅い」「車両が古くて汚い」「乗り心地が悪い」から「999(三重苦)」――。それでも、マニラの異空間を浮遊させてくれたオンボロ列車体験は、どこか現実離れした印象もあって、「銀河鉄道の夜」の世界にも通ずるものがありました。

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