第1回では、音楽が健康に与える影響について解説していきます。まずは、なぜ音楽が心と体を癒すのかについて、理解しましょう。
現在人は、さまざまな肉体的あるいは精神的なストレスに満ちあふれています。そのために、多くの社会人はイライラがつのる一方、不安や恐れという感情も高まり、睡眠不足や倦怠感に悩まされています。こうした生活状態が日々続くと、意志とは無関係に作用する自律神経系に多大な悪影響がもたらされ、結果的に高血圧や糖尿病、あるいは脳梗塞などの生活習慣病が発生しやすい状況になっていきます。つまり、人間が本来バランスを維持していた脳神経系のはたらきに異常をきたし、ホルモン系や免疫系といった健康を支える機能にもマイナスの影響が及んでくるのです。
とりわけ、都会で仕事をされている会社員は、出勤から職場に到着するまでのあいだ、ラッシュアワー時の異常なまでの過密環境や不快な騒音にさらされるため、精神的な苦痛を強いられ、不快な気持ちが発生し、目や耳から入力される感覚神経を介して、免疫機能の低下を余儀なくされています。
免疫機能が低下や、ストレスに起因するストレスホルモンの分泌過剰は、感染症やがん、アレルギーなどを引き起こします。こうした21世紀型の病気を、「音楽」という耳から入ってくる聴覚情報によって予防したり、治療したりすることができれば、これほどありがたいことはないと思いませんか?
実は、音楽は現代社会人の健康を確保する力を持っているのです。音楽には、それを構成する音の特性として、リズムやメロディ、ピッチあるいは音の高低や一定の音の波形を繰り返しとなるようなゆらぎなどの成分があります。さらに、音の高低となる周波数同士がぶつかりあって、さらに高い周波数になるという倍音もあります。こうした音の特性は、楽曲によってさまざまに異なっていますが、これらの特性は、健康へと繋がることがわかってきました。
人体の機能を調節するための自律神経系には、交感神経系と副交感神経系の2つがあります。昼間の活動時間帯は、交感神経系が、夜間の時間帯は副交感神経系がはたらいています。この2つの神経系がバランスよく作用していれば、病気になる可能性は低くなります。
しかし、たとえば、現代人の消化管機能は著しく低下していますが、この原因に交感神経優位の生活状態があります。睡眠不足や働き過ぎなど、交感神経優位の状況で日々の生活を送っていると、神経末端からアドレナリンが過剰に分泌されるために、消化管の機能が低下したり、消化酵素の分泌力が減少して、消化不良や便秘が生じてくるのです。したがって、ここにブレーキをかける必要がありますが、精神状態が緊張のままで持続すると、なかなか副交感神経に入れません。
そこで役立つのが、「音楽」です。最近、耳から入力される音の特性によって、簡単にその副交感神経の機能を誘導できることがわかってきました。この事実は、忙しく過ごしている現代人にとっては、たいへん意義のあることです。一般的に、音楽の力を利用して、人間のさまざまな病気を予防、あるいは治療する力を「音楽療法:ミュージックテラピー」といいます。テラピーの一つであるので、「このテラピーによって病気を予防する」という決心、あるいは「絶対に治してみせる」という決意があって、その効果は飛躍的に向上します。そのため、娯楽の要素が強い音楽鑑賞とは、根本的に質を異にしているといえます。
人間は基本的に一生涯、音楽とともに育っているといっても過言ではありません。母の羊水の中にいる胎児のときには、母の心拍や自身の心拍の一定のリズムを母の骨導音を介して感受しています。母の子守唄や童謡は、優しい子供の心に深く浸透して心に刻まれます。そのために、多くの高齢者が幼いときに刻まれた歌を聞くと、生みの母の温かな姿や故郷の風景を回想して、精神を癒すことができるのです。
音楽療法には、歌を唄ったり、楽器を演奏したりする「能動的音楽療法」と音楽を静かに集中して聴き入る「受動的音楽療法」の2つが知られています。今回紹介するモーツァルトの音楽を利用した方法は、受動的音楽療法に属しています。これは、有効な音楽特性をもつ曲を聴き入るという簡単な方法で、現代社会人の交感神経優位の状態にブレーキをかけることができます。交感神経優位でアドレナリンや活性酸素の過剰な状態に起因する生活習慣病の予防や治療に活用できると同時に、高齢化の中で増大する在宅治療の中でも大いに導入できると期待されています。
したがって、音楽は、21世紀に増加すると予想される多くの生活習慣病に対して改善効果を発揮すると考えられ、今後、人間の健康を維持したり確保するうえで、なくてはならない「聴く薬」になると期待されているのです。