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創考喜楽

Vol.2 「タナカ」の美少女と老華僑
(ミャンマー)

東南亜細亜02 COLUMN

 

 

2011年3月、長きにわたって独裁を続けてきた軍事政権がついに終わり、遅まきながら民主化の道を歩み始めたミャンマー。今、東南アジアのなかで最も注目されている、大きな可能性を秘めた新興国ですが、これから紹介するのは、まだ民主化のミの字も話題にのぼらなかった18年前の思い出です。舞台は当時の首都ヤンゴン(現在はネピドーに移転)から70キロ、巨大な寝釈迦仏と四面座仏像が有名な古都バゴー。のんびり寺院巡りを楽しもうと、ローカル列車でこの田舎町に着いた僕は、駅前にある埃まみれのゲストハウスに旅装を解きました。前夜のヤンゴンも首都とは思えぬほど静かだったのですが、輪をかけて静かなバゴーの夜は物音ひとつなく、2日前の宿泊地バンコクとは別世界のようでした。ちなみに、バンコクーヤンゴンのフライトは、わずか45分の近さ。当時はまだ、この45分の距離に、埋めがたい経済格差があったのです。

 

翌日の午後、町の中心部から3キロほど歩き、四面座仏像があるチャイプーンを訪ねました。高さ30メートルの柱には、4つの面にそれぞれ柔和な表情の座仏が造られており、仏の顔を見上げながら熱心に手を合わせる老婆の姿が。軍事政権下で自由がない環境にもかかわらず、旅人に息苦しさを微塵も感じさせず、常にたおやかな空気に包まれているのは、敬虔かつ善良な仏教徒が多いせいでしょう。
チャイプーンからの帰り道、僕の背後をぴったりと尾行する“ストーカー”が存在することに気が付きました。これが治安の悪い国の夜道ならば、恐怖で生きた心地がしない状況ですが、その“ストーカー”は可愛らしい少女。自転車を押しながら、付かず離れずといった感じで、どこまでも後をついてくるのです。背中に視線を感じ、時々ぱっと振り向くと、少女はにこっと微笑むばかり。顔には「タナカ」と呼ばれる真っ白な白粉が塗ってあるので、いっそう愛嬌が感じられます。「タナカ」の由来は、白粉の原料である樹木の名前。ミャンマー人女性にとっては必需品であり、日焼け防止など、さまざまな薬用効果があるのだとか。なかには歌舞伎役者のように厚塗りしている女性もおり、「せっかく美人なのに…」と残念に感じることも。

 

ゲストハウスの前まで戻ってくると、ようやく少女は「ハロー」と僕に声をかけ、並びの家を指さし「マイハウス」とつぶやきました。お互い拙い英語でコミュニケーションをとった結果、きのう見かけた日本人が歩いていたので、自宅前からずっと後をつけていた、ということが分かりました。途中で話しかけてくれればいいのに、まさかゲストハウスから尾行されていたとは…(笑)
少女は「大好きなおじいちゃんと会ってほしい」と言い、勢いよくドアを開けて居間に駆け込むと、やはり顔に「タナカ」を塗った妹とともに、80代とおぼしき老人を表に連れ出してきました。はにかんだ表情の老人は中国系で、深く刻まれた皺が、これまでの苦労を物語っているようでした。少女は「日本人と中国人なら話が合うはず」と思い込み、そこで普段は家に籠りがちな老人に気分転換をしてもらおうと考えたらしく、「さあ、たくさん話して」と急かします。幸い僕は中国語が話せたものの、残念なことに、老華僑は福建出身のため福建語しか話せず、筆談に頼らざるを得ませんでした。

 

老華僑は道端に落ちていた小枝を手に取ると、地面に枝先を走らせ、ゆっくりと丁寧に漢字を書き始めました。簡体字教育を受けていないので、画数の多い繁体字です。10代の頃にミャンマーへ渡り、以来、1度も故郷へは帰っていない、2人の孫はとても優しい、こうして中国語を書くのも久しぶりだ、とのこと。張り切って中国語を書く老華僑を、姉妹は嬉しそうに眺めていました。しばらく路上の筆談を続けているうち、力強い夕日が西の空と姉妹の「タナカ」を茜色に染め、ほどなく路上の文字は闇に溶けてしまいました。姉妹は「家へどうぞ」と誘ってくれたのですが、老華僑はちょっと疲れた様子だったので遠慮し、別れ際に記念撮影をお願いしたところ、老華僑は恥ずかしがって応じてくれません。そこで、たまたま通りかかったゲストハウスのフランス人女性に声をかけ、姉妹と3人で撮影したのがこの1枚です。カメラを向けられ無邪気にはしゃぐ姉妹を見守る老華僑は、昼間に見た仏のような慈愛に満ちた表情を浮かべていました。
ちなみに、この旅ではヤンゴンのホテルにカメラを忘れるトラブルがあったのですが、ダメモトで3日後に行ってみると、ちゃんと手元に戻ってきました。適切な言葉が見つかりませんが、ミャンマーとはこういう国。どんなに経済が発展して街の様子が変わっても、この愛すべき人たちは昔のまま変わらないでほしいものです。

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