人的資本経営とは?必要な変革・視点と取り組み方を分かり易く解説

人的資本経営は、従業員を「資本」として捉え、その価値を最大化することにより企業価値を中長期的に向上させる経営のアプローチです。従業員のスキル、知識、経験、能力を企業の資産とみなし、これらを発展させることで、企業の成長とイノベーションを促進します。また、人的資本経営を行い、持続可能な成長を目指している企業は、投資家からの評価も高くなる傾向にあります。

当記事では、人的資本経営や人的資本経営が注目される理由について、分かりやすく解説します。

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人的資本経営とは?

人的資本経営とは、企業における人材を「資本」と見なし、従業員の潜在能力を最大限に引き出すことに重点を置いた経営手法です。中長期的な企業価値の向上が、人的資本経営の目的の1つです。

デジタルトランスフォーメーション(DX)、グリーントランスフォーメーション(GX)、新型コロナウイルス感染症といった環境変化の中で、企業は「人」の力を競争力の源泉と捉え、その潜在力を発掘し、活用し、育成することが求められています。

人的資本経営のフレームワークは、3つの視点と5つの共通要素から構成されます。

3つの視点
 ・経営戦略と人材戦略の連動
 ・As is-To Beギャップの定量把握
 ・企業文化への定着

5つの共通要素
 ・動的な人材ポートフォリオ
 ・知と経験のダイバーシティ&インクルージョン
 ・リスキル・学び直し
 ・従業員エンゲージメント
 ・時間や場所にとらわれない働き方

これらの視点・要素は、企業が人材のポテンシャルを最大限に引き出し、持続可能な成長を実現するための鍵となります。

※出典:経済産業省「人的資本経営 ~人材の価値を最大限に引き出す~」

※出典:人的資本経営コンソーシアム「ABOUT」

企業における資本とは?

一般的に言う「資本」とは、事業を始めるために必要な元手となる資金のことを指し、経済学では、土地や労働力とともに生産に不可欠な3要素の1つとされています。

企業が投資できる資本は、有形資本・無形資本の2つに分けられます。

有形資本とは「財務資本」「製造資本」など、物理的な形を持つ資産のことです。たとえば、株式や借入、建物・機械・在庫などが挙げられます。一方で無形資本とは、「人的資本」「知的資本」「自然資本」など、物理的な形のない資産のことです。具体的には、従業員のスキルや知識、経験などは人的資本に含まれます。

人的資本経営が注目される理由

人的資本経営が注目される背景には、グローバル化、デジタル化、少子高齢化、働き方の多様化などがあります。

・グローバル化
海外市場においてシェアを獲得したり、多様化する顧客ニーズに対応したりすることが必要になってきています。企業は世界中から最適な人材を獲得し、国際的な競争力を高めることが求められるでしょう。

・デジタル化
テクノロジーの進化のスピードはめまぐるしく、常に競争力を高めていかなければなりません。テクノロジーを活用して業務効率を高める一方で、イノベーションを創出するような人材の獲得・教育も必要とされます。

・少子高齢化
若年人口減少、シニア人口増加への対応が必要です。企業は、人生100年時代を見据えて、従業員自身のキャリア開発を促進したり、成長機会の提供をしたりする必要があります。

・働き方の多様化
新型コロナウイルス感染症の拡大などによって、リモートワークの普及や個人の価値観も変化しました。従業員一人ひとりのニーズに合った、柔軟な働き方を提供することが重要です。

また、投資家は企業の将来性を判断する際に、有形資産だけでなく、人的資本をはじめとした無形資産にも注目しています。実際に、ESGの中でも特にS(ソーシャル)要因の評価が高い企業は、株価パフォーマンスも高いというデータがあります。アメリカのS&P500の市場価値においても、有形資産が占める割合は年々少なくなってきており、1990年代後半以降は、アメリカの企業の無形資産への投資額は有形資産への投資額を上回っています。

※出典:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~ 人材版伊藤レポート ~ 」

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人的資本経営に必要な変革

人的資本経営を進めていくにあたり、どのように企業と個人の関係性を変えていけばよいのかについて、以下では経済産業省の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書」を元に、分かりやすく解説します。

※出典:経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書~ 人材版伊藤レポート ~ 」

人的資源から人的資本へ

人的資本経営における変革の1つは、人材を単なる「人的資源」としての管理対象から、「人的資本」としての価値創造者へと視点を転換することです。

従来、「人的資源」という用語は、企業が持つ人材を使用し消費するもの、すなわちコストとして考える傾向がありました。これは、人材管理が資源の効率的な使用やコスト管理に重点を置いていたことを意味します。しかし、人材は教育や研修、日常の業務などを通じて成長し、企業の価値創造に貢献する存在です。

人的資源から人的資本へのパラダイムシフトは、人材に対する投資としての意識を強め、各従業員の成長と価値創造をマネジメントの主要な目標とすることを意味します。人事部門の役割も人事管理から、より戦略的な人材戦略へと変化させることが必要です。

人事から人材戦略へ

持続可能な企業価値向上を目指すためには、中長期的な競争優位を維持するビジネスモデルを実現する経営戦略と、それに紐づいた人材戦略を策定し実行することが必要です。

「人事から人材戦略へ」という動きは、日本の伝統的な雇用慣行(例:新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金システムなど)が、かつてはビジネスモデルや経営戦略と一致し、競争力を支えるものであったことに端を発します。事業環境が変化し続ける中で、これらの雇用慣行が変化せず維持されたままだと、人材戦略が経営戦略と連動しないという問題が生じます。

よって、人材は経営の中核的な部分として捉え直し、人材戦略を最大化できるよう、組織内の人事機能そのものを変革しなければなりません。

人事部から経営陣へ

本来、人事部はビジネス価値創造の中心的な役割を担う必要があります。しかし、多くの企業において人事部は管理機能に重点を置き、人事政策の運営に注力してきた企業が多いでしょう。

特に、強い事業部門の存在や、経営陣が人事を経営問題として認識していないことで、人事部が経営戦略に十分に関与できていない状況も見られます。経営陣全体が人材戦略に責任を持つことで、持続可能な企業成長に向けた人的資本経営が実現されます。

よって、経営陣は人事部の役割を再定義し、企業価値の向上に寄与する人材戦略を策定することが必要です。その過程で、人材、資金、技術、情報といった各戦略を統合的に策定し実行するために、経営陣内の主要メンバー(CEO、CSO、CHRO、CFO、CDOなど)が密接に協力することも重要です。特にCHRO(最高人事責任者)は経営陣の一員として、経営戦略を実現するための人材戦略の策定と実行において、中心的な役割を担うことが期待されます。

内向きから積極対話へ

人的資本経営に必要な変革の1つとして「内向きから積極対話へ」という動きがあります。人材・人材戦略の重要性が高まるにつれ、企業が社内外のステークホルダーと積極的にコミュニケーションを取る必要があるという考え方です。

従業員との関係では、従業員が経営戦略にどのように貢献しているかを理解し、今の仕事が社会課題の解決につながっているという実感を持ってもらうことが重要です。また、この対話は外部の労働市場に対しても、自社を魅力的な職場としてアピールする機会になります。

投資家との関係においては、企業の人材が経営戦略の実現を支えるベースであり、生産性向上の主要な要素であることを明確に説明する責任があります。

したがって、経営陣は人材や人材戦略がどのように企業価値の向上に貢献するかを積極的に外部へ発信し、ステークホルダーとの対話をすることが大切です。

個と組織の関係性の変革

日本では、従業員エンゲージメントが低い状況が指摘されており、企業の目指す姿に対する従業員の理解や共感、自発的な貢献意欲が不足している状況です。従業員エンゲージメントは、従業員が自らの物差しで職場や仕事を評価することではなく、会社の目指す方向性を物差しにして自分の理解度や共感度、行動意欲を評価することを指します。

企業は、従業員に一律のキャリアパスを提供するのではなく、多様な働き方を可能にし、自律的なキャリア形成を促すことが必要です。個人で言えば、現在は、長い社会人生活を見据え、継続的な学び直しや時代に合ったスキルセットの習得が求められる時代です。企業にキャリアを委ねるのではなく、自らのキャリアオーナーシップを持ち、働く場所を積極的に選択する必要があります。

雇用コミュニティの変革

「雇用コミュニティの変革」とは、従来の囲い込み型の雇用関係から、企業と個人が互いに選び、選ばれる関係への移行を指します。具体的には、従業員の専門性を向上させ、多様な人材を育成・獲得する新しいアプローチが必要です。オープンな雇用コミュニティでは、国籍や属性の多様性を受け入れ、中途採用、兼業・副業、ギグワーカーやフリーランスなどの活用を増やすことが求められます。

また、ジョブ型雇用への移行も推進されています。ジョブ型雇用とは、職務内容と必要なスキルが明確に定義された雇用形態のことです。

新卒採用においても、専門性が要求される職種でジョブ型の採用が増えており、長期インターンシップなどがキャリア形成に有効とされています。
しかし、ジョブ型の新卒採用にいきなり移行するのは現実的に難しい場合も考えられます。ジョブ型の新卒採用への移行が難しい場合は、たとえば若手のうちは総合職として多くの経験を積み、専門性を高めた後、30代でジョブ型へ移行するなどの方法を検討してもよいでしょう。

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人的資本経営に必要な3つの視点

人的資本経営を推進する上では、前述した人的資本経営のフレームワークである「3つの視点」から取り組むことが大切です。以下では、3つの視点についてそれぞれ解説します。

特に、人材戦略に多様なスキルを身につけるための「人材育成体制」が整備されていることが重要です。

経営戦略との連動

まずは、経営戦略と連動した人材戦略を策定し、実行することが大切です。具体的には、経営戦略の成功を支えるための人材アジェンダを特定し、人材に多様なスキルを身につけてもらうための「人材育成体制」を整備することが求められます。

たとえば、以下のような内容が挙げられます。

・企業の長期的な目標達成に必要なキーポジションや役割を、経営陣が明確に理解する必要がある
・必要に応じて、組織改編を行う
・現在の従業員のスキルセットと、経営戦略の達成に必要なスキルセットとの間のギャップを特定する
・従業員に必要なスキルを身につけさせるための継続的な教育と研修プログラムを提供する
・従業員がそのスキルを実際に活用し、組織内で成長するためのキャリアパスを開発する
・従業員のスキル開発が経営戦略と連動していることを確認し、適切なフィードバックとインセンティブを提供する

『人的資本経営とリスキリングの関係』について詳しくはこちら

ギャップの把握

「ギャップの把握」とは、現在の状況(As is)と将来目指すべき姿(To be)との間の差異を明確にし、それを埋めるための戦略を立てるプロセスです。経営陣は各人材アジェンダについて、具体的な定量的なKPI(重要業績評価指標)を設定する必要があります。

重要なのは、設定したKPIに基づいて現状の状態を正確に把握し、目指すべき将来の状態とのギャップを定量化することです。

たとえば、デジタル化を推進する企業では、必要なデジタル人材の数やデータサイエンティストの人数などの具体的な目標を設定し公表することが一例です。またリスキルやスキルシフトを重視する企業では、従業員一人あたりの教育訓練への投資額や異動率などをKPIとして設定することもあります。

企業文化の定着

企業文化は、単に存在するものではなく、日々の業務や取り組みを通じて形成されるものです。そのため、企業は理念や存在意義(パーパス)に基づいて、持続的な企業価値の向上に寄与する文化を明確に定義し、その文化が組織全体に根づくよう努める必要があります。

企業文化は人材戦略を実行する過程で醸成されるため、人材戦略の策定時から目指すべき企業文化を視野に入れましょう。企業文化を浸透させるためには、経営トップが率先して企業文化の価値を社内外に発信し続けることが求められます。

企業文化の定着度を測定し、改善を図るためには、適切なKPIの設定と検証が必要です。たとえば、社内調査などを定期的に実施し、企業理念の浸透度や従業員のエンゲージメントの状況を把握するのもよいでしょう。

人的資本経営への取り組み方

人的資本経営への具体的な取り組み方について、5つの要素を元にアクションの例を紹介します。実際の事例も取り上げながら解説しますので、ぜひ参考にしてください。

人事データを活用する

各種人事データを、蓄積・分析・活用することで、従業員のパフォーマンス、キャリア進展、教育状況などの情報を基に、戦略的な人材管理と経営意思決定ができます。

人事データの活用事例
たとえば、株式会社竹中工務店では人事・経理など事業に関わるすべてのデータを蓄積した「建設デジタルプラットフォーム」を活用しています。これにより、各プロジェクトや人事・経理などのさまざまなデータを一元化し、データに基づいた最適な人材配置を行えるようになりました。

※出典:竹中工務店「「建設デジタルプラットフォーム」の構築によるデジタル変革の取組み」

経営層と従業員のコミュニケーションを増やす

経営層と従業員間のコミュニケーションを増加させることで、企業理念の浸透・共有、組織の一体感の強化、エンゲージメントの向上などにつながります。

具体的な方法としては、総会や社員旅行などの社内イベントの実施、社内報の作成、社内SNSの活用などが挙げられます。

多様な人材を受け入れる

多様な人材の受け入れとは、ダイバーシティの推進を意味します。ダイバーシティとは、個々が持つさまざまな特性や背景の多様性を認識し、尊重することです。

ダイバーシティの取り組みは、新しい視点をもたらし、創造性とイノベーションを促進すると同時に、より広い顧客層との関係構築にも寄与します。企業は、異なる背景を持つ従業員がそれぞれの能力をフルに生かせる、開かれた職場環境を整えることが大切です。

ダイバーシティの推進事例
リクルートグループでは、創業以来「個の尊重」という価値観を大切にしており、DEI(ダイバーシティ/エクイティ/インクルージョン)を推進することは、すなわち「個の尊重」を体現することと考えています。

たとえばその一環として、すべての階層の女性比率を、2030年度までに約50%にする目標を掲げています。実際、2023年には管理職全体に占める女性の割合は、日本平均の女性管理職比率である約13%よりも高い、30%を達成しています。

※出典:株式会社リクルート「DEI」

社内教育を充実させる

人的資本経営を推進する上で、人材育成は不可欠であり、社内教育を充実させることが大切です。人材育成計画を会社全体で策定した上で、定期的な研修、eラーニング、セミナー、面談などの機会を充実させられるとよいでしょう。

特に、個々のキャリア目標に合わせた教育計画を策定することで、従業員一人ひとりの潜在能力を引き出し、企業の全体的な成長に寄与する人材を育成できます。

時間や場所にとらわれない働き方を導入する

人的資本経営において、柔軟な働き方を導入することで、従業員の仕事とプライベートのバランスを改善し、生産性を向上させられます。従業員の満足度を上げることも期待できるため、人材獲得・定着面でも多様な働き方はポジティブに働くでしょう。

具体的には、リモートワークの推進、フレキシブルな勤務時間の設定などが挙げられます。

まとめ

日本の伝統的な雇用慣行や人材戦略は、かつては企業成長のための強みとなっていました。しかし、現代のビジネス環境では、急激な変化に適応する上で障害となることがあります。こうした変化に対応するためには、持続的な企業価値の向上を図ること、すなわち人的資本経営を推進していかなくてはなりません。

人的資本経営を行うときは、ビジネスモデル・経営戦略・人材戦略が、それぞれ連動していることが大切です。また、従業員の専門性を向上させ、多様な人材を育成・獲得するアプローチも求められます。

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