感情には「いい感情」と「悪い感情」があります。「いい感情」は私たちの仕事や人間関係に肯定的な気持ちをもたらしてくれますが、「悪い感情」はその逆です。仕事の安定感やパフォーマンスを低下させ、考え方や人間関係へも悪影響を与えます。言い方を変えれば、「悪い感情」さえコントロールできれば、私たちの毎日は大きく違ってくるはずです。そこで、本連載では、悪い感情をコントロールするための技術を紹介していきます。
今回は、自身を守るための感情コントロールについて学んでいきます。仕事で失敗をしたり、特定の物事がうまくいかなかったときは、自信がなくなってしまうものです。自尊心も低くなり、「自分なんて……」という気持ちが強くなっていきます。このようなとき、どのような思考をすれば、メンタルを立て直すことができるでしょうか。
人間の心には自己防衛本能が備わっています。心理学で「自我防衛機制」と呼ばれる心の働きですが、私たちは本能的に、自分の感情や思考をコントロールして自分を守る、つまり自己評価や自尊心が低下しないようにしているのです。その一例としてしばしば紹介されるのが、イソップ童話の「酸っぱいブドウ」。以下のようなお話です。
ある日、キツネはブドウを見つけました。
ブドウはとてもおいしそうに見えますが、キツネにとっては少し高い位置にあります。
キツネは何度も何度もジャンプをして、それを獲ろうとしますが、どうしても届きません。
悔しいキツネは自分にこう言い聞かせて諦めます。
「やめとこう。どうせあのブドウは酸っぱいんだ」
この理屈、おそらくほとんどの人が納得できるはずです。たとえば、自分のやりたい仕事があったのに同僚が素早く動いて担当の座についてしまった。悔しいけれどもう手遅れです。するとこう考えます。
「あの仕事は楽しそうに見えて神経をつかってしまう。下手に担当したら他の仕事ができなくなっただろう」
理屈はどうにでも付けられますが、本来の目標を達成できなかったときに、そのことで自尊心や自己評価が傷つかないように理由を考えるのです。心理学ではこういった心の働きを「合理化」と呼びますが、簡単に言えば「負け惜しみ」です。
けれども負け惜しみができるからこそ、私たちは自分を守れるというのも事実です。恋人にフラれたら「彼女(彼)にはもともと打算的なところがあった」と思えば自分は傷つかずに済みます。負け惜しみだろうが何だろうが、そう考えれば気が済むという思考法は感情の悪化をストップさせます。長い目で見れば、私たちは「合理化」によって、たくましい人生を送ることができるし、社会に適応することもできるのです。
また、自己防衛の1つに「逃避」があります。これも不安な状況から逃げ出すために、私たちの心が自然に選ぶ方法なのですが、たいていの場合は「気を紛らわす」ことで乗り切ろうとします。
一例を挙げると「現実への逃避」です。家庭内の悩みや不安を忘れるために、仕事に没頭するビジネスマンのようなケースです。あるいは逆に「空想への逃避」もあります。受験勉強の不安を忘れるために、読書やアニメに熱中する受験生のようなケースです。どちらの逃避もそのときだけは不安を忘れることができますが、本質的な解決はできません。
けれども、まったく意味がないかと言えば、そうではありません。現実への逃避にしても空想への逃避にしても、心が辛いときには一時的にそこから逃げ出して気を紛らわすことで感情が安定するのは事実です。
大事なのは、いつまでも逃げ出した場所に留まらないこと。逃避も一種の感情コントロールなのですから、元気が出てきたら「さあ、戻ろう」と言い聞かせて自分の不安と正面から向き合う気持ちを取り戻しましょう。逃避を単純に「逃げ」と決め付けず、かと言ってそこに安住しない、そんなしなやかな生き方に、感情コントロールのコツが隠されています。
自己防衛もあまり強く働きすぎると感情を悪化させる原因になります。いま紹介した「合理化」や「逃避」にしてもそうです。思い通りにいかないときにつねに「酸っぱいブドウ」の論理や「逃避」の手段を持ち出せばどうなるでしょうか。
自尊心は傷つかないかもしれませんが、達成感や喜びも味わえなくなります。欲しいものが手に入らない、やりたいことができないという状態に慣らされてしまえば、感情が発散されることもなく、小さな不満を抱えた状態が続きます。悔しいときにははっきり「悔しい」と認めて発奮する気持ちも大切なのです。
まとめ