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創考喜楽

#05 「問題のとらえ方が人によって違うのはなぜですか?」に答える

COLUMN

質問力に関するコラム「Logical Question Power」は、お蔭様で多くの反響をいただいている。書き手としてこれほどうれしいことはない。肯定でも批判でもかまわない。そこに何かを感じとってもらうことに価値がある、と私は思っている。

 

前回はビジネスに直結する質問として「問題を見つけるための質問」と「その原因を探る質問」を紹介した。それについて、読者から「問題のとらえ方が人によって違うのはなぜですか?」という質問があった。今回はその質問に答え、より深く説明してみたい。
そもそも人間とは、同じものを見ても、同じことを感じないようにできている。それは、その人の価値観が違うからである。「コップに水が半分入っている」状態を見て、それを「もうこれしか水が入っていない」と嘆く人もあれば、「まだこれぐらい水がある」と希望を持つ人もいる。その違いは、その人の感じ方、より詳しくいえば、価値観に原因がある。
突然「価値観」という言葉が出てきたが、その意味は「~より~がいい」「~がよい」「~が大切だ」といった物事の判断の基準になるものである。上の例であれば、「生き延びるためにはたくさんの水があることが大切」という価値を強く信じている人は、コップに半分の水の状況を見て、「もうこれしか水が入っていない。もうだめだ」と感じてしまう。あるいは、「人生において水よりも大切なのは他にもたくさんある」と考えている人は、「まだこれだけの水がある。他にももっと大切なものを探してみよう」という気になってくるのである。
これは問題発見のプロセスでも同じである。目の前に問題があるのに、それを問題だと察知しない人がいる。そういう場合は確かに不注意や認知ミスもあるかもしれない。だが多くのケースでは、「それよりも~組織の名前が大切だ」とか、「それよりも自分のポジションのほうが大切だ」といった自分の価値観にとらわれていて、問題に気づけないのである。そういう人が組織の上に立っている場合、そこに致命傷を与えることにもなりかねない。だからこそ、心を中庸の状態においておく必要があるのである。

 

具体例を挙げよう。とある会社で、女性の地位が平等ではないとする。女性の地位は昔より向上しているかに見えるが、たいていがアシスタントのレベルで、将来、キャリアを積んで生きたい女性にとっては、あまり魅力的ではない会社になっている。結局、能力のある女性は、会社に見切りをつけて転職してしまおうとする。さて、これは問題だろうか。
「会社では、女性の地位の平等はあまり重要ではない」「女性の地位の平等よりも、会社全体の利益が上がることが重要である」といった価値観を持っている上司には問題として認知されない。ところが、「どんな会社でも、女性の地位は男性と平等でなければならない」とする上司にとっては、このことは「解決すべき重大な問題」なのである。

 

それでは、ここで質問を考えてみよう。
「問題を問題としてとらえていない」「問題を問題として気づかない」といったことが、人によって違う場合が現実にはよく起こる。しかも、そこを問題だととらえていない人に、いくら「問題です」といったところで、アピールの効果がない。さて、どうしたらよいか。

私であれば、「問題があった結果どうなるか?」という点に着目し、悪循環や悪影響を指摘してみる。たとえば「~さん。わが社での男女不平等はご存知かと思います。このことは一見、職場内のただの些細なことと思われるかもしれません。しかし考えてみてください。能力のある女性がどんどん辞めていくというのは、わが社全体にとってよくないことではないでしょうか?」というような感じだ。
質問の方向性は「その問題でこのような悪い結果になっている。それは~にとってよくないことではないのか?」というものだ。他の人にとって問題であることがそれに気がつかない、そういった時や人に有効な質問や切り口が、この悪影響を指摘して質問することなのである。

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