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創考喜楽

第12回:「考える孤独」に耐えること
~「わかりやすい説明」は本当にいつも有効なのか?~

COLUMN

Why型思考の連載も最終回になりました。最後のまとめとして、Why型思考の肝である「考える」という行為を継続するために重要なことについて触れておきたいと思います。

 

「答えがない状態」に耐えられないのがそのままくん

 

はじめに皆さんに質問ですが、「わかりやすい本」とはどんな本でしょうか? あるいは新聞記事でもブログでも、わかりやすい文章や説明と読み替えてもよいです。あるいは「わかりやすいテレビ番組」とはどんな番組でしょうか?
まあ人によっていろいろな意見があるでしょうが、間違いなくそれらの意見の上位に入るものとして「具体的である」とか「すぐに使える情報が含まれている」ことが挙げられるでしょう。講演やセミナーでも、一般的に満足度を上げるためにはこれら2つの条件は必須と言えます。
もちろん本(特にビジネス本等の実用本)やセミナー等は「理解してもらうこと」が大きな目的の一つですから、わかりやすくなるように努力するのは提供する側としては当然の努力ということになります。
例えば「人材育成とは個々人の能力を最大限に引き出すこと」という話を聞いて皆さんはどういう反応をするでしょうか? 「そのぐらいわかってるよ。でもそれ、具体的にどうやるの?」というのがいかにもありそうな「そのままくん」の反応です。
実は「わかりやすい話」というのは「そのまま」使えるという点で、ある意味で「聞き手が何も考えなくてもよい」ということを意味するのです。つまり一面をとらえれば、説明する側からすると「いかに聞き手が考えないでいい状態にできるか」がわかりやすさの鍵ということです。逆に言えば、少し抽象的で聞き手の側で行間を埋めなければいけない話というのは敬遠されてしまうことになります。

 

「考える」とは一人で悶々としている状態に耐えること

 

それでは思考停止のそのままくんに対して「なぜなぜくん」はこうした場面でどう考えるでしょうか? 「確かにそうだよな。わかっているつもりでも全然実践できていないんだよなあ・・・『なぜ』能力を引き出すことができないんだろう? 『なぜ』A社にはできて自分にはできないんだろう? 『なぜ』Bさんは成長できてCさんは成長できないんだろう?」・・・と、こうした抽象的な問いかけに対して「なぜなぜ」で突っ込みを入れて、自ら考えを膨らませていくことでしょう。
考えるということは、抽象的な概念を具体的なものに落とすために常に頭の中がクリアにならずもやもやとした状態に耐えることを意味します。そのままくん的な発想で行けば、正解がわかっているかいないかのデジタルの世界ですから、とにかく答えがわかるまで落ち着くことができず、逆に(クイズの本の裏のページを見るがごとく)答えを見てしまえばそれで安心してしまうのです。
これに対してなぜなぜくんには唯一絶対の正解がないので、常に「もっといい答えがあるに違いない」とすっきりしない状態が永遠に続くのです。ポジティブに捉えれば、これは常にベターな解を探すモチベーションとなります。
答えがない状態を不快に思うのではなく、常にもっと良い解を探して一人で悶々と思い悩むことに耐え、むしろそれを楽しむことができることが、考えることを継続的に行うために必須の心の持ち方と言えるでしょう。

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