不正取引は中国をはじめとする新興国だけでなく、残念ながら、日本や先進諸国でも起きていることは周知の事実です。
海外では、宗教観による多少の違いはありますが、原則、人は性悪説をベースとした「牽制」に基づき行動しますので、不正は「牽制」の“抜け穴”で起きます。一方、日本では、人は性善説をベースとした「信用」に基づき行動しますので、不正は「信用」を裏切る形で起きます。ただ、行動原理が性善説のため、「牽制」機能が弱く、通常、“抜け穴”は大きく数も多く、“その気”になればできる確率が高いのが実情です。
日本人駐在員の多くは、海外の行動原理を頭で理解できても、日本の行動原理が身に染みているので、通常、“本能的”に「性善説」で行動する傾向が強くなります。その結果、会社のルールという「牽制」が弱くなり、不正が起きやすい状態を自ら作ってしまうことになるのです。
過去10数年の間に、韓国、台湾、中国企業が大きく躍進し、市場で競争力を発揮するようになりました。その結果、日本企業は「価格競争」に巻き込まれることが増え、コスト競争力を高めるため、工場の海外移転を加速させてきました。このような状況の下、海外の生産工場で不正取引が起きることは日系企業にとって「致命傷」なのです。
工場での不正取引のメカニズムは、わかりやすく言うと、そもそも100円で仕入れることができる物品を20円高い120円で仕入れ、仕入れ側で不正取引に関わる社員が、多く支払った20円のうちの例えば10円を“陰で”リベートとして受け取る、ことです。つまり、仕入れ側企業は20%のコストUPになり、コスト競争力UPの目的達成はおろか、価格競争で負けてしまうのです。
具体的な実態を紹介します。
購買課長の現地人材が継続的にリベート(=無税の現金収入)の入る「ルート」を複数社と作り、満足できるリベート収入の目途が立つと、自ら異動を申し出て、周囲から疑われにくい役職に移ることはよくあることです。会社が癒着を防ぐ目的で定期的に購買担当者を異動させる場合は、在任期間に「ルート」作りに励むことになります。笑。安全な環境に身を置き、しばらくすると、新車や新居を購入する、という疑わしい事例は少なからずあるのです。
一般的な日本人は耳を疑いたくなりますが、不正取引に日本人駐在員が単独、あるいは、現地人材と一緒に関与していることすらあります。駐在期間中に権限を行使し取引先として選定した協力工場からリベートを受け取るといったことです。帰任後、このビジネスに関わる要職に就いた場合、本社から再び権限を行使しこの協力工場を指名することもあります。さらに、定年退職後、この協力会社に顧問として天下る、といいう事例もあるのです。
経営やビジネスにとって「致命傷」となりえるこのような事例をなくす努力は市場で勝ち組になる必須条件といえます。その努力とは、「疑う」行動です。疑う対象は基本的に2つです。
ひとつは、「人」です。部品、材料、物品の購入などの役割を担っている社員が、取引先業者の選定プロセス“終盤”で、自分にメリットのある業者を念頭に、「ここもありますよ」「ここは値引きがもっと可能だと思いますよ」という発言をすることがあります。このようなとき、盲目的に信用し交渉成果を期待するのではなく、「あれっ?」と「疑い」、第3者的な他の社員を同行させて最終候補業者を訪問し、品質、納期遵守のための体制、などの点でチェックすることが必要です。そうでないと、劣悪な品質をつかまされ、品質改善の指導に明け暮れる危険が伴うからです。
もうひとつは、「自社のオペレーション」です。具体的には、もの、お金、帳票類の流れや決済プロセスなどです。性善説をベースとしたオペレーションの数多くの“抜け穴”を塞ぐ努力をしなければ、不正取引は減らないのです。そこで、自社のオペレーションを「総点検」する必要があります。一般的な日本人が気づかない重要なポイントは、「不正をやる立場」で自社のオペレーションを「総点検」することです。実行する「不正内容」を明確にし、それを「仮想実行」するチームを作って「総点検」させる、というイメージです。そうすると、“抜け穴”を網羅的に発見できる可能性が高まります。不正取引はあるが証拠が残らない最大の原因は、“抜け穴”があることです。「不正をやらない(会社の)立場」で「総点検」しても、性善説的な考えを払拭できず、結果的に、点検プロセスで見落とす“抜け穴”が増えてしまうのです。