この記事のまとめ
担当者Xは、もやもやしていた。
午後のチームミーティングを終え、終業ベルを耳にした後のこと。
帰り支度を進める担当者Xのデスクに置かれているのは、某教育会社が実施した『研修実態調査』の結果である。
【満足度UPのために望まれる施策や工夫-〈受講者全体〉及び〈企画実施者〉との比較】の項が開かれていた。
ミーティングでは、これまでに明らかになった「研修企画への不満」を払拭すべく、
そのヒントとなる調査結果について、チームメンバーと共有していた。
調査結果によれば、受講生が研修に期待することの第1位は〔日常業務ですぐ使えるツール〕の提供である。
受講生も忙しい合間を縫って参加しているし、業務上の課題も山積みであろう。
難しいことを考えずとも、すぐに成果に結びつくようなツールを求めるのは至極当然ともいえる。
そうしたツールが提供できれば良いだろうというのは、メンバーの多くが納得するところであった。
次回までに、研修受講生へのお土産となる「お役立ちツール」のアイデアを持ち寄ることで合意が作られ、ミーティングは終了した。
しかし、その結論に対して、担当者Xは、なにか腑に落ちないところを感じていた。
でも、研修ってそういうものなのですかね?
ミーティング後、会議室の片づけをしている際に、今年入社したばかりの後輩が漏らした一言だ。
仕事の成果向上を目的に、予算や時間を費やして集合研修は行われる。
当然のことながら、仕事に役立つということは、絶対に外してはならない要素である。
一方で、即効性を求めるあまり、ないがしろにされる部分はないだろうか?
さきほどのミーティングで問題提起することはしなかったが、
後輩が発した問いとは、担当者X自身も密かに抱いていたものであった。
すぐに役立つツールが欲しいという考えは、もちろんとてもよくわかる。新入社員や若手社員など、仕事に慣れていないうちは、とくにそう思うだろう。しかし--
もやもやとした気持ちの正体を掴むべく、担当者Xは自らに問う。
教育部門に配属され、多くの研修を企画し、受講生に触れてきたなかで、その考えも、少し変わってきたのではないかーー?
それは「集合研修の機能・役割」という根源を、問い直すものでもあった。
まだ、時間はあるな…
腕時計を確認した後、担当者Xは帰り支度を中断する。
デスクに座り直し、調査結果の資料をめくった。
定時を回ってからしばらくの時間が過ぎ、オフィスは静けさに包まれていた。
そんななか、担当者Xは一人デスクに座り、調査資料に目を向ける。
やはり、そうか。必ずしも共通の期待ではないのだ。
開かれているのは【満足度UPのために望まれる施策や工夫-〈受講者〉属性別】の項である。
担当者Xが注目したのは〔職位別〕の調査結果が示された箇所だ。
注意深く見ていると、職位があがるにつれて、望まれる施策や工夫の内容が変わってきていることがわかった。
まず目についたのは、〔日常業務ですぐ使えるツール〕の肯定率だ。
「一般社員」層から「部長/局長」層にかけて肯定率は右肩下がりとなり、順位も下がっている。
一方で、研修内容自体の充実を求める類の項目である、
〔研修実施後のフォローアップ〕や〔研修プログラムのカスタマイズ〕においては、
職位が上がるにつれて肯定率が高まり、順位も上げている。
例外はあるし、大きく変化が出ているわけでもない。しかし…
だからと言って、見過ごしてよい結果ではないと、担当者Xは考えた。
即効性ではない、たとえば「やるからにはじっくり学習したい」と期待する受講生も、ある層には確実に存在するのだ。
年代や性別によっても違いが出ている。結局は、受講生次第か。
調査結果とは、あくまでも傾向値である。個別の事象に対する事実を示すものではない。
そのため、実際のところは、事前アンケートを取るなどして受講生の期待や不満を調査しなければならない。
しかし、傾向値だからといって、無益だと決めつけてしまえば、
「もしかすると--なのではないか?」という可能性を見過ごすことにもなりかねない。
そうなれば、無意識の思い込み(アンコンシャスバイアス)に流されるまま、
「問い」を立てることすらしなくなってしまうだろう。
同じ世界で経験を積んだベテランであるほど、この危険は大きい。
誰も私の報告に対して意見を返さなかったな。一人を除いては…
午後のチームミーティングの様子を思い起こしながら、担当者Xは呟いた。
約束の時間が近づいていた。
担当者Xは、退社する前に、もう一枚だけ資料をめくった。
【満足度UPのために望まれる施策や工夫-研修タイプ別 望まれる施策・工夫】の項である。
これまでは「階層別研修」を想定して、階層や年代を切り口とした調査結果を中心に見てきたが、
彼の組織では、「階層別研修」と同様に「スキル研修」も数多く実施している。
それらを企画する際のヒントがないか、最後に確かめたかったのだ。
いずれのタイプの研修においても、上位の顔ぶれは変わらない。
しかし、重視するポイントはそれぞれで異なっている。
「スキル研修」の多くでは、〔業務・事業内容に合わせたカスタマイズ〕が上位にあがっていた。
業務に直結するテーマだから、当然のことか。
ただ、その「当然」が実行できているのかと問われると、
自信をもって「YES」と答えることはできないかもしれない。
担当者Xは、普段自分たちがどのように研修企画をしているのかを振り返る。
経営から降りてきたような重要テーマは、
事前に社内ヒアリングを行い、綿密に打ち合わせをして企画しているが、
一方で、実施するテーマだけ決めて、後はベンダーの提案任せ、というケースもゼロではない。
「この研修で、受講生はどう変わるのか?」と、ベンダーに尋ねることがある。
しかし、それを聞くということ自体、もしかすると、おかしなことなのかもしれない。
受講生や職場の現状に向き合うことができているのであれば、研修のゴールに対するイメージは自然とできているはずだ。
そうであれば、問うべきは、自分たちが希望・設定したゴールを「どのように実現するのか?」という点であろう。
…いかんな。こうした調査結果を見ていると、次々と課題が浮かんでくる。
そろそろ、オフィスを出なければいけない時刻だ。
頭に浮かんできた課題への対策を考えるのは、次の機会にする。
担当者Xは調査資料を引き出しにしまい、そこで仕事を切り上げた。
帰り支度を整え、照明を落とし、オフィスを後にする。
…意見を聞いてみよう…彼女にも…
そう言って、担当者Xは夜の街へ向かった。
約束の時間には、まだギリギリ間に合いそうだった。
大手企業の役職者として数多くの研修に参加してきた父と、
入社した企業で研修企画を行う部署に配属された娘。
二人が酒を酌み交わす時、研修を巡る本音と悩みがぶつかり合う。
その衝突は、果たして建設的な示唆を得る契機となり得るのか?
次回の記事を、お待ちください。
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本記事は、株式会社アイ・イーシーが2017-2018年に実施した「研修実態調査」の結果をもとに作成しています。より良い研修プログラムをご検討されている方は、お気軽にお問い合わせください。
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2018年11月20日 公開