今回は早稲田大学ビジネススクールで教鞭をとられる淺羽教授にお話しを伺いました。ファミリービジネス(同族企業)という観点から企業の行動の違いを観察し、日本のスタイルにあった良い経営を探るという、個人的にはちょっと新鮮なお話でした。
――まず初めに淺羽教授のご研究領域を教えてください。
3つくらいに分かれますが、1つ目は競争戦略になります。これは私が90年代頭に行った研究で、最初に出版した書籍で取り扱いました。競争戦略の研究は昔からあり、それまでは如何に相手を叩き、優位に立つかという戦略が語られてきましたが、拙著は今でいうネットワーク経済性※に関する研究です。つまり、ただ競合同士で叩き合うだけでなく、時には仲間をつくり、プラットフォームをつくり、ライバルと手を結ぶといった戦略がテーマになっています。
※ネットワーク経済性:顧客数やソフトウェアの種類が増えるほど,ネットワークの価値が高まり、顧客にとっての便益が増すこと。ネットワーク外部性、ネットワーク効果とも
2つ目は私が次に出版した研究書で取り扱ったもので、日本企業の特徴、日本企業の戦略の特徴、日本の産業組織・産業レベルの特徴を調べたものです。当時アメリカでは同一マーケットにおけるトップ企業がとても巨大で、その下にいくつか小さい企業が存在しているような構図でしたが、日本企業は比較的どのマーケットでも同じような力を持った企業4、5社がせめぎ合っているような状況でした。それがどんな結果をもたらすかという研究です。
――日本のそういった状況は世界的にも珍しいものだったのでしょうか?
この研究はアメリカにいた時の研究なので正式には日米での比較しか行っていませんが、欧州は日本に近いかもしれません。一方中国はアメリカに近いかもしれません。
――中国は政府系企業もあるからですかね
それもありますが、BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)などはとてつもない巨大企業ですので、やはりアメリカに似ているように思います。
3つ目はここ10年くらい研究している領域でそろそろ終結させようと思っているものですが、ファミリービジネス(同族企業)です。もう少し広く言うと、所有の構造が経営へどのような影響を及ぼすかといったものです。例えば外資系企業、同族企業、あるいは持株会社はなぜできるのかといった、少しガバナンスの問題も含めたような研究です。
その中でもトピックとしてはファミリービジネスが多いです。
ことの発端は2000年代初頭に出版社からファミリービジネスに関する書籍の翻訳の依頼があったことです。私は翻訳が好きな作業ではなかったですし、所有と経営が一致しているファミリービジネスは時代遅れの企業形態であると思い込んでいたため、この件はお断りしました。しかし、頭の片隅にはそのことが残っており、それから色々な研究を見ていると、欧米ではその当時でも確かにファミリービジネスの研究が多いことに気づきます。ですが、日本ではファミリービジネスの研究ほとんどありませんでした。中小企業論の一端としての研究は多少あるかもしれませんが、所謂ファミリービジネスの研究は全然なかったんです。
――同族企業自体はたくさんあるように思いますが。。。
そうなんです。企業はたくさんあるんです。それなので、ひょっとしたらこれは面白いのかもと思うようになりました。あるとき日本のガバナンスに関するカンファレンスで、ファミリービジネスに関する研究を見て、データの取得方法、定義方法が見え、私も興味があったので着手してみました。
それまでの世界的に多くのファミリービジネスの研究はファミリービジネスと非ファミリービジネスを比較してどちらのパフォーマンスが上か、といった研究をしていました。あるいはファミリービジネスといっても色々な形態があるので、例えば二代目、三代目と創業者ではどう違うかですとか、最近では娘婿を経営陣に引き入れた場合はどうかなどがありますが、いずれにしてもパフォーマンス比較でした。
私の専門分野は戦略なので、ファミリービジネスと非ファミリービジネスの行動面でどんな違いがあるかに着目しました。パフォーマンスそのものは見ていなくて、もしファミリービジネスのパフォーマンスが高いのだとすると、何らかの特徴的な戦略や行動でその結果はもたらされているはずなので、その違いの研究になります。
現時点で公表できた具体的な研究として設備投資行動の違いを見るというものがあります。
あるときにSamsungのことを書いた記事を見たのですが、当時絶好調であったSamsungは、他社が市場動向を見ながら投資を控えるようなタイミングで、かなり強気な投資を行っているとありました。半導体産業ですとシリコンサイクル※があるので、サイクルの底のようなときに設備投資を行い、他社が投資をせず遅れていくなか、何度かシリコンサイクルを超え、トップをとるという戦略です。それは日本のエレクトロニクス企業のサラリーマン経営者にはできない投資行動だと書かれていました。
※シリコンサイクル:半導体産業における景気循環の波。半導体産業は技術革新の速度が速く、需給のバランスが崩れやすいことに起因する。
しかし、それは70年代、80年代に日本企業が半導体のメモリでアメリカ企業を追い抜いたときのやり方と同じなんですね。確かにこの記事が書かれた当時としてはそうだったかもしれませんが、かつての日本企業がやっていたことです。
そこで90年代から2000年代の日本電機メーカーの投資行動のデータをもとにファミリービジネスと非ファミリービジネスの比較をしてみました。すると、通常マーケット全体が停滞しているときや変動しているときは投資をしにくいのですが、ファミリービジネスはあまり投資を減らさないことが分かりました。
――つまり良いときも悪いときもずっと投資をし続けていると
そうです。そういった行動を「我慢強い投資」と名付けて、その重要性を検証しました。Samsungも下がっているときに投資を減らさない、かえって強気に投資していたので、先ほどの話とも繋がってきます。私のデータですと日本のファミリービジネスは強気とまでは言わないですが、普通の企業が投資を控えるような市場状況でも投資を減らさず、続けることが確認できています。ちゃんと需要予測をして設備投資をするほうが、短期的には良いのでしょうけど、長期的には分かりません。もちろんそれに耐えられないとケースもあるかもしれませんが、耐えきれば需要が上向いたときにいち早く生産できますから、不況のときに強いのかもしれません。
つまりファミリービジネスの研究をしていくと、かつての日本企業の経営を思い出させてくれて、非同族企業に対しても、ひょっとすると良い経営というものの示唆を与えてくれる可能性が見えてきました。
――今のお話は工業製品の設備投資といった観点でしたが、他の投資行動についても同じような傾向なのでしょうか?
まだ再投稿したばかりで公表はされていないのですが、これとは別に研究開発投資も取り扱いました。
世界中のファミリービジネスの研究者が発表していることなのですが、ファミリービジネスはそうでない企業に比べ、研究開発投資が少ないということが分かっています。様々な理由があるのですが、同族企業はリスクに対して保守的であると考えられていて、それゆえ、R&Dはリスクの程度が(設備投資と比較して)高いため、投資が少なくなる傾向にあると解釈されています。
となると研究開発が重要になる産業において、ファミリービジネス企業は生き残れないのかという疑問が出てきます。そこで巨額な研究開発投資が必須であると考えられる製薬産業を取り上げてみました。そもそも欧米でもそうなのですが、製薬メーカーには比較的ファミリービジネスが多いんですね。日本の製薬産業では上場企業の約30%から40%くらいがファミリービジネスです。つまり研究開発投資が重要とされる産業においてもファミリービジネスはちゃんと生き残っていることが分かります。しかし、実際に研究開発投資額を見ると少ないんです。これは企業規模の大小等を考慮しても少ないんです。どうして投資が少ないにも関わらず続けていけるのかがこの研究におけるリサーチクエスチョンで、今までに判明したところでは、投資額は小さいけれど、効率よく技術を生み出しているということです。
――ファミリービジネスのほうが、より効率が高いと
はい、イノベーションの生産効率が高いということになります。ここで見ているのは特許の数を研究開発投資で割ったものでどちらが高いかを見ています。また、特許の量ではなく、質はどうなのかというと、特許の質は一般に引用数で測りますが、この観点でみると質的な違いがないんです。つまり、いい技術を生み出す組織的な力が優れているわけではないんですが、他方、(研究開発投資がそれほど必要ない)つまらない技術をたくさん生み出しているのかというと、そうでもありません。
ここで少しイノベーションの分布のお話をします。生み出したイノベーションがどのように分布しているか計測する方法がありまして、横軸に特許の価値(引用数)をとり、縦軸に各特許の価値に対応する特許数をとり分布を見ると、ブロックバスター※を作りたいような企業は以下のように横に太く長い分布をします。右のテールが太くて長い。ファミリービジネスはこれに比べると右のテールが短く、中程度が一番多く、平均で見ると差がないのです。※図①参照
【図①】イノベーションの分布図
つまり、価値のないものを大量に作っているのではなく、むしろ、リスクを回避しがちな傾向を考慮すると、自分が知っているもの、これまでの蓄積の組み合わせや改良といった行動に注力し、多くの特許を得ていることが分かります。イノベーションを価値の大小ではなく、ラディカル、インクリメンタルの軸で捉えると、ファミリー企業はインクリメンタルな側にいるわけです。
(リスクが小さい投資を優先し、ハイリスク・ハイリターンな投資はあまりしない)
今はオプジーボで有名な小野薬品ですが、1970年代に小野薬品はとある物質の研究をつづけたことで派生的に多くの薬品を作れ、ブロックバスター※とまでは言わないまでも売れる薬品をいくつも生産することができました。つまり、イノベーションのラディカルネス(革新性)とイノベーションの価値は必ずしも一致しないということです。
※ブロックバスター:圧倒的な市場シェアや新市場を生み出すような新薬
――ファミリービジネスが少ないほうが高価値の薬品で争うようになり、市場が発展していくように思いますが。。
一定の発展はしていくのですが、当然リスクの高い投資になるので、失敗する企業も出てくるわけです。ですので、リスクの高い投資が行える、ないしはそれで成功した大きな企業が残る反面、小さい企業が脱落していくケースも発生しえるため、確実な発展とは限りません。
ただこの結果には懸念があります。欧米にはファミリービジネスの製薬企業で大きい企業はたくさんあり、日本の製薬業界は世界のメガファーマと比較すると同族/非同族を問わず規模が小さいことがあげられます。ですので、もしかするとグローバルな製薬業界ではそういった状況になっている可能性はあります。
――ファミリー/ノンファミリー、規模の大小、日本と海外という観点があると
はい。ですので、この研究はあくまで日本の製薬業界に関しての研究になります。
ここまでの研究からもリスクに対する態度が重要な説明要因で、投資というものが特徴的であることがわかりました。
あとは研究素材として、お菓子メーカーのデータも持っています。ここからはまだ本腰を入れられてないのですが、アイデアとしては、ファミリービジネスのお菓子メーカーは、製品開発は多くないんですが、ものすごくブランドを大切にしているんではないかと考えています。完全な新製品開発ではなく、強力なブランドの下に派生のブランドを並べるような製品展開をし、それが広告投資やブランディング的に機能している可能性が考えられます。
こういった観点からも、ファミリービジネス企業はブランドを維持したり、今までやってきたことを継続したりするのは得意ですが、変えることは苦手な傾向もあるかもしれません。しかし企業が生き残るためには変化も必要なため、それをどのように行っているのかが残っているテーマです。
かつて教育や人材開発、R&D、ブランド等の無形資産の投資は企業の生産活動にどう影響するかという経済産業研究所での研究がありましたが、私もそこに入り、組織変革、組織の構造を変えるか変えないかといった判断がその後の生産性にどう影響するかを調べました。そのデータをもとにファミリービジネスはどの程度の頻度で組織変革を行うか、行ったあとに生産性が伸びるのかといったことを調べると、ファミリー企業の変化への対応がどうなされているかが分かってくると思います。
<Case1:大塚家具>
事例ベースでは大塚家具は恰好の素材です。私は昔小売り業のビジネスモデルの研究もしたことがあって、その時に大塚久美子さんとも話をする機会がありました。彼女のお父さんが作ったビジネスモデルはその当時はものすごくよくできたもので、久美子さんもお父さんを尊敬していたのですが、その後このビジネスモデルはうまくいかなくなり、事業承継に係る混乱が生じました。
数年前の混乱を早稲田のWEBの記事でも取り扱いました。久美子さんは大変頭の良い人だと思うのですが、端的に言えば、彼女の作った“こういう風に変えますよ”という方向性はすごくつまらないんですね。
――いわゆる経営を勉強してきた人がやりがちなことだったということでしょうか?
そうです。そういった選択は多くの人が良いと思っているので、競争がものすごく激しくて、なかなか勝てないんです。であれば、尊敬していたお父さんのユニークなところをよく話し合い、融合させられれば上手くいったかもしれないのに、それができませんでした。
<Case2:ハウス食品>
一方でハウス食品も大手のファミリービジネス企業です。現社長のお父さんがもともと経営していていたのですが、日航機の事故で亡くなってしまいました。なので現社長が急遽に入社しました。しばらくはお父さんの右腕だった方が社長をし、すぐには息子さんは経営に参画しませんでした。で、その間何をしていたかというと、創業当時の家訓を持ち出して、社員のところに見せて回り、この家訓についてどう思うか、仮にこれを社訓や会社の価値とする場合、どこをどう直せばいいかなど、対話をしていったらしいんです。そこから新しい会社の価値を作り上げてからトップになったそうです。
実はこういったことは非常に重要なのではないかと思います。
――理念のすり合わせということですかね
はい。事業承継はやはり重要な問題で、ファミリービジネスをしている人にとっても研究している人にとってもホットイシューなので、ここも少し考えていかないといけないです。
2000年代の後半くらいからガバナンス改革とすごく言われていますよね。でもこれって、企業にとってはすごくコスト高で手間が掛かることなんです。しかし、理念にもガバナンスと言いますか、規律付ける機能があるので、もし理念が素晴らしくて、従業員が共感していれば仕組みなんてどうでもよくて、みんなしっかりやるんです。つまりものすごく安上がりなガバナンスなんです。
甲南大学の加護野先生も、欧米、とくにアメリカ式のガバナンスを取り入れることは必ずしも日本企業にとっては良くなく、ファミリービジネスの方が日本経営の良いところを引き継いでいると仰っています。これには私も賛同していまして、ファミリービジネスと非ファミリービジネスで比較し、理念がガバナンスの補完的な機能を有しているかを改めて確かめられればと思います。
――ファミリービジネスの方が理念などを大切にしている傾向にあるのでしょうか?
そう予想しています。
ですので、そこを含め、ファミリービジネスの研究から良い日本経営のエッセンスを抽出し、それを示すことが出来ればよいと考えています。
淺羽 茂(あさば しげる)
早稲田大学ビジネススクール研究科長
東京大学経済学部卒業。東京大学より博士号(経済学)を取得。カリフォルニア大学ロスアンゼルス校よりPh.D.(Management)取得。学習院大学教授等を経て、2013年より現職。組織学会会長、Asia Pacific Journal of Management Editorial Review Board、公認会計士試験委員、国家公務員採用Ⅰ種試験専門委員等を歴任。
Academy of Management Reviewなどの国際的な主要経営学術誌に論文を掲載。経営戦略や経済学に関する著書多数。