一橋大学イノベーション研究センター特任教授、同大学名誉教授であり、現在法政大学でも教鞭をとられる米倉誠一郎教授。実はアイ・イーシーとは長くお付き合いがあり、「プロフェッサーズリング」の第一回はそんな米倉教授にお話しを伺いました。
2017年9月に、シリコンバレーを訪れDesign Thinkingの最先端を経験し、2018年5月には訪れたケニヤですでにDesign Thinkingが実践されていることに衝撃を覚えた米倉教授。その経験を踏まえて、「日本の今、これから」を聞きました。
――ケニアに訪問されたと伺いましたが、そこでの経験を踏まえ、どんなことを感じましたか
僕が本当に思ったのは、日本が世界に対してこのゲームで2周くらい遅れたかなということ。今の世界の標準は何なんだろうかと考えると、「速く失敗する」ということがキーワードになっていると僕は思うのです。
ケニアに行く前に、最近多くの人が“Design Thinking”と言っているから去年シリコンバレーに行って、Design Thinkingのワークショップに出てみた。ようは簡単で、まず顧客と一緒に問題を探しなさい、彼らはイシューって言います。イシューさえわかれば、答えはある。イシューを顧客と一緒に探し、課題は何なのか、何を解決しないといけないのか考えなさいと。二つ目はすぐプロトタイプやビジネスモデルを作って実行しなさい。
ここからがすごいと思ったんですが、そしてすぐに失敗しなさい。たくさん失敗しなさい。そしてそこから速く学んで、速く成長する。このサイクルを回しなさい、ということでした。
――シリコンバレーではそういった手法が実践されていると
そういうことをGEとか、SAPとか巨大な企業がすでに始めている。あの規模でそのサイクルを回されたら、今の日本企業では絶対にかなわないなと。日本なら稟議を上げて、次の問題は何なのかとか言っている間に、アメリカでは顧客と一緒にイシューを見つけ、解決のためのアクションをその場で起こして、すぐに失敗する。ここのスピード感でやられたら…って思いました。ただ、日本には素晴らしいものはいっぱいあるんですよ、アイデアも技術も。何しろ遅いので、そういった海外企業には勝てなくなってしまう。
それで、そうか、今のキーワードは「速く失敗しろ」なんだと思った。
先日ケニアに行って「i Hub」というインキュベーションオフィスに訪問しました。そこは6階建てくらいの普通のビルディングの一角に入っていて、マーク・ザッカーバーグやビル・ゲイツといった錚々たる企業家が訪れている。そこのコンサルチームがDesign Thinkingをすでにやっているんですよ。相手はケニア航空やケニア中央電力発電所などの大企業で、インキュベーションの若いスタッフと一緒に、議論している。
ケニア航空のケースだと、飛行場が狭いのでカーゴ(航空荷物のロジスティクス業務)が上手くいっていないといった課題を持ってきていた。すると本当のイシューは何なのかといったことを書き出していって、どんどん問題解決を進めていってしまう。ここはシリコンバレーかと思うくらいのスピード感でケニアの人たちがそういうことをすでに始めている。
――日本ではそういったことは社内で考えて社内で動くことが一般的かと思いますが、ケニアではインキュベーションオフィスなるところに持ち寄って、意見をもらっていくんですね。
そう。そこのコンサルチームがコンサルテーションをやっていて、ケニア航空の具体的な課題、今回は航空貨物のロジスティクスとキャパシティーの問題の話をしていた。インキュベーションオフィスの人は素人で、航空業界のことを何も知らないし、社外だからこその観点で本当のイシューは何なのか深堀していく。すると、実は空間の物理限界ではなく人件費の問題なんだよね、とか、イシューがでてきて議論がスタートしていく。
社内では(しがらみなどもあり)本当のイシューを探すということはできないから、そういう小さいDesign Thinkingをやるコンサルテーションに課題を聞くのでしょうね。何しろ驚くべきことはすぐに行動する。もう翌日からやってみる。稟議を通すとかではなくて、取りあえずやってみるといったスピード感。
――アメリカの大企業も取り入れられているとおっしゃっていましたが、それは最近になってからなんですか?
最近の十年くらいではないですか。昔はさっきの話のように社内でやっていたけど、今ではとてもスピードが追い付かない。
例えばAI。銀行の審査業務をAIでやるの?って、日本ではいっているけど、やらないと遅れちゃうますよね?
メガバンクが社内会議をやって、AIを導入しようとしても絶対になかなか動かない。ところがこういうコンサルテーションであれば、例えば市ヶ谷支店だけとりあえずAIを導入して、審査を始めてみてしまう。それでどれくらい正確性があって、どれくらいリスクがあるかを検証する。これは実際にやらなければわからないこと。
環境的にはやらなければわからないことがものすごく増えているのに、体制的にはやらなければわからないことはやめておこうとする。これを打破しないとスピードについていけない。
そういうことがケニアでもすでに始まっているわけだから、やっぱり日本は遅れていると感じる。
Sonyが20年ぶりに7300億の最高益(FY2017)を達成したとニュースになっていて、すごいと言われていたけど、お隣のSamsungは5兆4千億。えー、日本は寝てたのって感じです。
――Samsungは同様のDesign Thinkingをやられているんですか?
わからないけど、そういうスピード感で仕事をしていると思う。
7300億と5兆4000億、その差を見れば何かが起こっているかは明らかでしょう。でも日本人はその差を見ていない。都合の悪いことは見ない。日経も20年ぶりの利益回復を取り上げていたけど、本当の記者だったら隣のSamsung5兆4000億、Sonyは何をしてるんだって書きますよね。でも誰も書かない。日本はある意味ではすごくおいてかれてしまったって僕は感じる。
この20年で、先進国でGDPが増えていないのは日本だけなんです。一時落ちたから上がったように見えるけど額は変わってない。韓国は3倍、中国は20倍、ドイツでも1.5倍。日本だけ置いてかれている。20年間やって成果がでない(世界の成長度と比較して)なら、やり方変えるしかないでしょう。もう日本のやっていることは通用しない。何がちがうのか本気で考えろと僕は言いたい。
そういえば、2年前にTeslaを衝動買いしたんです。イノベーション研究家ですから(笑)。まず、Teslaは車として性能がすごい。次に、ソフトウェア。朝起きると色々な機能がアップデートされている。今日から車庫入れは自動が可能ですとかね。日本のメディアはみんなネガティブなこと言っている。電池が持たないとか、充電が長いとか、そのうち故障が続出するとか言ってるけど、アメリカではばんばん走っています。確かに、量産モデルではうまく行っていませんが、それもやらなければわからなかったことで、やっている分だけ前進しているということです。
電気自動車の怖いのは、環境問題を超えて、人の心理にも大きな影響を与えるということ。一度でも電気自動車を使ってしまえば、もう排気ガスをまき散らすガソリン車には戻れないだろうというのが僕の感想。
Teslaはダッシュボードにでかいタッチパッドが付いていて、ありとあらゆる操作ができる。だから操作系のボタンはいらなくなる。今の車は2万3~4千ぐらいのパーツ数があるけど、半部以上のパーツが不要になる。トヨタの集積地はどうなるのか。そういうことを考えるとおたおたしていると大変なことになる。
電気自動車っていう概念が間違っていて、僕に言わせれば車輪のついたiPhoneだと思うともっと怖い。世界に行くと、どこでも何かしら新しいことが起きているけど、日本が一番起きてない気がする。
中国も韓国ももうキャッシュは使わない。中国では乞食でさえキャッシュは使わない。日本はいまだに小銭ジャラジャラですね。
――やっと最近になってLINEが割り勘用の個人間送金サービスを始めましたね。
それでも遅すぎる。本当はメガバンクが始めてないといけないのに、絶対やらない。こういうときに、先ほどの話(ケニアのiHub)のように、外部と組んでトライアルスタートして、どんどん試してみる。そういうことを試行錯誤していかないと。
日本はまだ巨大戦艦の舵をとるなんてことを、本気で考えている。そんなことできるわけがないんだってと思い切って、まずは僕がケニアで体験したように、新しい取り組みを体験しにいくことが重要。
――Design Thinkingはよく耳にはしますが、やはり体験することが重要になりますか?
だって日本にいるとみんなSonyすごいと思ってるじゃないですか。しかし、シンガポールの空港行けば、その遅れが一目瞭然です。GalaxyショップやAppleショップは美しいけど、Sonyショップは雑貨屋。何を見せるのか、何をだしちゃいけないのかポリシーが全然ない。やっちゃいけないこととやるべきことが分かってないと思う。そういうことを世界で体感する必要がある。巨大組織を変えるために、これまでの社内研修のままでいいはずがない。
日本で言われていたDesign Thinkingなんてよくわからないし、なにも役に立たないと思っていた。しかし、現場に行ってみるとその発想はすごくシンプルで、「すぐやって失敗しろ」、という意味だとわかる。世界の現場に立つことは重要です。
――日本ではそういった外部のコンサルテーションを受けるということが浸透していないように思えます。
浸透している、いないではなくて、日本はそういった取り組みの必要性を感じてない。だから、Sonyってすごいで終わってしまっている。利益率6%ですごいって言ってくれるのは日本だけ。
日本的経営の復権なんて最近言われているけど、日本的でもアメリカ的でもどっちでも良くて、結果を出す経営が良い経営です。利益率が低いってことは恥ずかしいことだと思います。なぜ利益率が低いかと言えば、やっちゃいけないことに手を出しているから。社会福祉事務所ではないんだから、できないことはできないでいい。
そう言うと、ヒトを切っていいのかとか、日本的経営の良さはどこにいったとか言われるけど、僕に言わせれば、みんなが喉から手がでるような優秀な技術者を抱え込んで、営業や社内総務に回してるようなことはおかしい。むしろ人を大切にしていないと思う。それを開放してやるのが利益率をあげるってこと。人を切るってことじゃなくて、持ってちゃいけないものは手放しなさいってこと。ほかに欲しい人がいるんだから。
僕はアンチ巨人だから言うんだけど、巨人みたいなもんです。優秀な選手を集めてベンチにおいて、負け続けてる。横浜とか広島なんかはろくな選手がいないかと思ってたけど、勝ってくるんだから面白いよね。
で、なぜ(使い切れない優秀な人材を)開放しないのかというと、日本の経営者にディシプリン(規律)がない。自分たちはこの程度の利益率でこんなことをしていて恥ずかしいと思ってない。だから経営者も従業員も給与水準が低い。
宋文洲がHuaweiの初任給40万のニュースがでたとき、どこかで書いていたけど、40万なんて中国では普通ですよって。日本は低賃金・低生産性国に成り下がっている。人事は我々日本人がいかに世界から遅れているかということを見て、20年間成果がでないんだから方法変えてください。
2018年7月24日 公開
米倉誠一郎(東京生まれ、ハーバード大学歴史学博士PhD)
現職、法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科教授・一橋大学イノベーション研究センター特任教授・一橋大学名誉教授・Japan-Somaliland Open University学長。学外活動では、ソニー戦略室長やプレトリア大学日本研究センター所長などを経て、現在アカデミーヒルズ日本元気塾塾長、『一橋ビジネスレビュー』編集委員長。一橋大学社会学士・経済学士・社会学修士、ハーバード大学博士。専攻は、イノベーションを核とした戦略と組織の歴史的研究。著書に、『経営革命の構造』(岩波新書)、『脱カリスマ時代のリーダー論』(NTT出版)、『創発的破壊:未来をつくるイノベーション』(ミシマ社)、『オープンイノベーションのマネジメント』(有斐閣)、『2枚目の名刺:未来を変える働き方』(講談社)、『イノベーターたちの日本史:近代日本の創造的対応』など多数。趣味はロックンロール。