従来のマーケティングはむしろ特殊領域だ!

 かって経済の国際化が盛んに議論された頃、国際マーケティングはマーケティングの応用領域か、それとも普遍一般領域か、と議論されたことがあります。もしマーケティングの原理や原則が国内マーケティング中心に作られているなら、国際マーケティングはその応用拡張版になるでしょうし、グローバル市場をベースにマーケティングの原則が展開されているなら国内マーケティングはその特殊領域と言う事になります。
 現在のデジタル・マーケティングの位置もややその議論に似ているところがあります。マーケティングがノン・デジタル時代のなかで論じられている時代には、デジタル・マーケティングはマーケティングの拡張応用分野になりますし、情報ネットワークをベースとするデジタル経済が常態化してくる時代にはそこで議論される原則こそ一般で、従来のマーケティングはむしろ特殊領域だと言う事になります。現在がどの位置にあるかは人により判断が異なるでしょうが、方向は確実にデジタル・マーケティングを一般的マーケティングと捉えていくべき流れにあります。
 しかし、改めて考えてみますと、一般にマーケティングの優れた実践は基本的に2つの能力を必要とします。第1は、それがデジタルであろうがノン・デジタルであろうが、基本的には市場課題への対応能力、つまり市場戦略の策定や意思決定の能力にかかっており、これをマーケティングのエキスパティーズと呼びます。第2は、そのエキスパティーズを発揮する際に大きな影響を及ぼす環境に関するナレッジです。したがって、デジタル・マーケティングの優れた実践者になるためには、まず、マーケティングの原理・原則を理解し、適切な意思決定ができるエキスパティーズの体得者にならねばならず、同時にその戦略と実行に及ぼすデジタル環境の現実と動きを的確に理解・洞察しうるナレッジの所有者にならなければなりません。
 本書はこのエキスパティーズとナレッジの双方から、デジタル時代のマーケティングを分かりやすく論じたものです。簡潔なマーケティングの基本原則の説明とともに、具体的で豊富な事例説明から、読者はデジタル時代にふさわしいマーケティング実践のヒントや知恵を大きく学んでくれるはずです。本書を通じ、読者が優れたデジタル・マーケターとして大きく飛躍してくれる事を願っています。


嶋口充輝 しまぐち みつあき
慶應義塾大学教授。1967年慶應義塾大学経済学部卒業。同年、フルブライト留学生として渡米。その後、慶應義塾大学およびミシガン州立大学の両大学院修士・博士課程を修了し、1975年に経営学博士(Ph.D )。同年、慶應義塾大学助教授を経て、現在、同大学院経営管理研究科教授。主な著書に『戦略的マーケティングの理論』(ダイヤモンド社)『統合マーケティング』(日本経済新聞社)『柔らかいマーケティングの理論』(ダイヤモンド)、『顧客満足型マーケティングの構図』(有斐閣)。

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