良薬は口に苦し
It means... 本当に自分のためになる忠告は、ありがたいが聞くのがつらい。
‟苦さ”は薬効を高めるか
このことわざのあとに「忠言耳に逆らう」という言葉もよくつく。本当に心や体に役立つ言葉は、耳に痛いし、飲みこみにくい。目先だけの快適さは、かえって自分のためにならない。人生、すべて努力を重ね、心や体を鍛えてこそ、本当の成果が得られるという意味である。ところで、「良薬は口に苦し」という表現をそのまま、現代の薬学に当てはめようとすると、必ずしもあてはまらないこともある。たとえば、今日では漢方薬も、ずいぶんと飲みやすくなっている。
ただし、‟苦さ”が薬の効果を高めるというのも、あながち間違ってはいない。苦い薬の代表として「きはだ」がある。雌雄異株、落葉の高木で、樹皮は染料にもなり、これで糸を染めて民芸品を楽しむ人も多い。薬になるのは実や樹皮である。特に黄色い樹皮を細かく切り、煎じて漢方薬にする。非常に苦いが胃腸に効能があり、胃の収れん作用を促す効果もある。昔はアスピリンなど、飲みにくい薬をオブラートに包んだり、まんじゅうの中のこしあんにくるんだりして、子供に飲ませたものだが、今日ではカプセル剤が進歩し、薬は苦いものだということを知らない人もいる。
今日、薬学の世界では、「DDS(Drug Delivery System)」が大きく注目されている。これは「薬物輸送系」や「薬物送達システム」のことである。薬は必要な時に必要な濃度で、体の必要な所に届くことが大切で、このような目的に合うように開発された、いくつかの方法がDDSだ。種類としては、消化管輸送システム、経皮・経粘膜輸送システム、注入輸送システムに大別でき、薬剤を高分子材料に含ませたり、脂肪乳剤に封入したりして薬の放出を制御し、目的の部位まで送り届ける方法が考えられている。
薬が人体にとって、多少の差はあれ害になり、副作用もあるのは周知の事実だ。つまり、薬は‟両刃の剣”であるわけだが、この方法を使うと、目標となる組織以外への薬の作用が押さえられることになり、薬の副作用を軽減することができる。特に、強い副作用があらわれる全身投薬などに有効である。
将来は、マイクロマシン(たとえば数ミクロンのごく小さいロボットのような装置)で薬剤を血管中に運び込む方法も考えられていて、こうなるとかつての名画『ミクロの決死圏』そのままの、SFのようなことが達成されるだろう。このようになると良薬は口に苦くなく、また口を通じての薬剤の投与(経口投与)も非常に少なくなる。つまり、薬の世界でも、適材適所が実現するのだ。
薬になる石
なお、「薬石効なし」という言葉があることからもわかるように、漢方では‟石”も薬に使われて来た。今から2000年以上も前から、中国では植物や動物とともに鉱物も薬用にされて来たのである。随、唐の時代に強精強壮薬として流行した‟寒食散(五石散ともいう)”という処方は、硫黄、紫石英、白石英、赤石脂、鍾乳石の5種類の石薬を配合したものだった。
ところが、この処方は有毒であるため、服用後は薄着をし、外出して大いに歩き、冷たいものを食べ、冷水の入浴をする必要があった。こうして体を冷やし、薬の毒を発散させたのである。このように「毒を散じるために歩く」ことを‟行散”といい、これが今日の「散歩」の語源らしい。石薬には鎮静剤などもあったという。