毒にも薬にもなる
It means... 何かにとって役に立つものは、何かにとって害にもなる。
生体調節物質プロスタグランジン
薬は「両刃の剣」であり、多少の差はあるが、副作用のない薬はない。だから薬を飲む場合も、その効能と副作用を常に“天秤”にかけて比較する必要がある。そんな薬の世界でも、両刃の剣の典型的な例がプラスタグランジン(Prostaglandin)である。これは、動物の体内で作られる生体調節物質であり、強力な生理活性を持つ「局所ホルモン」で、いろいろな種類がある。
プロスタグランジンの作用は今日大きく注目され、すでに製薬もされている。注目されるきっかけとなったのは、非常に強力な作用のある「トロンボキサンA2(TXA₂)」と「プロスタサイクリン(PGI₂)」の発見である。いずれもプロスタグランジンの一種で、この二つは人体に特に関係が深い。どちらも不飽和脂肪酸である「アラキドン酸」からできているのだが、面白いことに、性質がまったく反対である。TXA₂は血小板の中ででき、血栓を作って血管をつまらせるように働く。一方のPGI₂は血管の壁(正確には血管の内側をおおう内皮細胞)ででき、血小板を凝集させないように働く。正常な体内では、作用が正反対なこの二つの物質が互いにバランスを保っているのである。
まずTXA₂は、日常けがをして出血したとき、血液の中の血小板という細胞を凝集させ、血をとめるのに役立っている。もし、この場合、血小板が十分に働かないと出血傾向になる。ところが心臓の動脈などでこのTXA₂が必要レベルより強く働くと、血栓ができ、動脈硬化や狭心症、心筋こうそくの原因にもなる。一方、PGI₂は血管の平滑筋を弛緩させ、血小板の凝集を防げる。
このように、功罪相半ばするプロスタグランジンは、体内でできては消える。しかもそれらの作用する範囲は体内のせまい部分に限られる。極端な場合、プロスタグランジンは、それができた細胞自体にのみ作用するため、局所ホルモンと呼ばれるのだ。
このように、せまい範囲にのみ作用するというのは、プロスタグランジン本来の性質と深い関係がある。一つひとつの物質があまり安定しておらず、作用する場所ごとに異なる多彩な生理作用を発揮し、しかもその作用が強力だという性質だ。たとえば、今述べたTXA₂の半減期(もとの物質が1/2になる時間)はわずかに30秒と非常に短いが、その作用は強力である。
医療に役立つプロスタグランジン
このようなプロスタグランジンの性質から、これを何とかして医療の面で活用したいところだが、それらの活躍する現象を試験管の中でキャッチしても、体内でその通りのことが起こっているかどうかは必ずしも分からない。だが今日、このような困難を克服しながら、プロスタグランジンはいろいろな面で、病気の治療に役立っている。
たとえば、TXA₂は不安定なので、すぐにTXB₂という物質に変わるが、このTXB₂の血中濃度を測定して、心筋こうそくの起こる傾向を知ることができる。薬としては、アラキドン酸からTXA₂を作る酵素の働きを阻止することにより、TXA₂のレベルを低下させるものがある。また、TXA₂の受容体の拮抗薬がある。
受容体とは、この場合、血小板の細胞の表面でTXA₂が結合するとき、それを細胞の内部に伝える役目のタンパク質のこと。したがって、この拮抗薬は、結合は許すが、TXA₂としての生理活性を伝えない。さらに血栓をとかすPGI₂は薬として魅力的だが、PGI₂そのものは不安定なので、何とか安定した構造にして、その作用が長く続くようにする必要がある。