欧米の人事と日本の人事

 

――近年アメリカではGAFAをはじめとする巨大な新興企業が登場していますが、日本はかつての輝きを失って久しいです。日本企業はどういったところを変えていく必要があるのでしょうか?

 

GAFAが日本から登場しないことと、日本企業に必要な変化は別の議論だと思います。そもそもGAFAのような企業の輩出はアメリカ・中国だけに限った話で、欧州でもそういった企業はそれほどありません。

それでも変化し、生き残っているユニ・リーバやシーメンス、ロレアルなどの大企業が欧州にはあります。変化に対応し、自身を変えていくには、経営は言わずもがなですが、あえて経営を除いて、ファンクションで見るなら人事という機能が最も重要になります。

 

欧米の大企業では日本の人事施策とは異なった様々な人事施策が打ち出されていますが、その理由は非常に明快で、イノベーションが必須だからです。イノベーションには知と知の組み合わせが必要になりますが、同じ大企業にずっといると組み合わせは尽きてしまいます。本当は遠くにいって「知の探索」をしないといけませんが、企業はどうしても「知の深化」の方面に偏ってしまいます。つまりダイバーシティ経営などの人事施策というのは一番手っ取り早い「知の探索」なんです。

 

※「知の探索」「知の深化」は入山教授らにて翻訳、解説されたチャールズ・A・オライリーによる『両利きの経営』に詳しい

 

多様な人が集まることは知の組み合わせのバリエーションが増えますし、中途採用を中心とすることで、多様なバックボーンを持った人が集まり、同様に知の組み合わせが増えます。

また、欧米の主要企業はエリート抜擢主義なので、抜擢されたエリートは様々な国や部門を渡り歩き、社内での知の探索を行い、同時に意思決定の経験も積むことができます。人材育成もマーケットベースです。つまり“この会社”に通用する人ではなく、世間一般で通用する人として育てます。

成長する企業というのは事業ポートフォリオを変化させていきます。欧州では合わなくなった事業は事業ごと売却することが多いですが、その際には当然社内の反発もあります。しかし「あなたは向こうにいったほうが価値があがる」と言えば、その人たちも自分の市場価値がわかっているので、納得感につながります。

このように欧米の人事施策はすべてが連動していて、欧州系企業は知の探索をしつつ、事業ポートフォリオを変化させながら成長していけます。

ユニ・リーバやシーメンスも安定して10%台後半のROEを叩き出す企業ですが、20年前とは事業ポートフォリオは全く違います。それができるのは人事にこういった仕組みがあるからです。

 

残念ながら日本企業はその真逆なのです。ダイバーシティがなく、新卒一括採用に終身雇用、完全平等主義、修羅場経験どころか、部門で抱え込む、マーケットベースがわからないから自分の会社の価値しかしらない。そしてジョブ・ディスクリプション型ではなく、メンバーシップ型雇用が主流です。

 

――イノベーションを生むための仕組みがないと

 

はい。企業は変化していかないと無くなりますので、変化できるような人事施策を打つ出す人事部門は極めて重要になります。

 

 

経営と人事部門

 

ラム・チャラン(経営コンサルタント、戦略人事の世界的な権威)も言っているように人事は「戦略」です。日本企業はCHROという役職を持たないことが多いですが、どの企業でもあった方がいいでしょうね。仮にCHROという肩書きでなくても、CEOと同じレベルで人事戦略を立てる人が必要です。会社は人でできているので、人が変わらないとどうしようもないです。

日本はこれまでそういうことが求められて来なかったから、いま急に変われといわれても変われない。私は日本の人事関係の人はよく知っていますが、みんないい人ですがそういった権限を持たされていないんです。

 

――確かに経営サイドが人事戦略の握っていて、人事部門が職能集団化している印象はあります。

 

そういう会社はこれから厳しいと思います。日本でも面白い会社は人事が面白いですよ。あと、なぜか人事で面白いのは女性が多いですね。

 

――なぜでしょうか?

 

正確にはわからないですが、女性のほうがそういった感性があるのか、あるいは女性のほうが働き方改革の意義がわかるからかもしれません。

コープさっぽろの例は面白くて、代表の大見さんが働き方改革に乗り出して、はじめに人事部長に三児のお母さんを抜擢されたそうですよ。

 

――育児と仕事の両立について一番悩みがわかるからですね。

 

そうです。こういうことをやってしまうのが、すごい経営者ですね。

 

――経営者がそういう感性を持っていればよいですが、そうでなくても人事が戦略を立て、実行していければ良くなっていくのですかね。

 

そうなんですが、そうはいっても経営の問題なので、経営のサポートがないと難しいです。良い会社はみんなやっていることですし、スタートアップでは当たり前です。

 

――たしかにベンチャー企業のほうがそういった取り組みは先進的で、古い企業は追いついていない印象があります。

 

組織は一度できてしまうとその仕組で回ってしまうので、終身雇用をはじめとした旧来型制度の前提から変えられていないです。はっきり言ってしまえば、一番良いのはそういう会社は辞めてしまうことですね。

 

――辞めてしまう…

 

いまは他に新しい働き方ができる会社はいっぱい出てきていますから。

 

――会社を辞める以外には何かないんでしょうか…?

 

基本は経営者がバックアップして進めていくしかなく、それ以外だと難しいです。

でもたまに上司は無視して人事で面白いことやっている人がいたりして、私はそういった人をゲリラ人事と呼んでいます。以前ウィルシード主催でそういったゲリラ人事を集めたイベントを開催したのですが、恐ろしいほどの大盛況でした。だから皆さん思いはあるんです。

経営がわかってくれれば、自由に動けるんですが、そうでなければゲリラしかない。それが日本の人事の苦しいところです。

その意味で経営と人事トップは相当すり合わせないといけないです。

 

――経営が認めてくれないから、ゲリラをするか、辞めるしかない…

 

それか経営を巻き込むかです。ボトムアップで経営を巻き込んだ例としては、ONE JAPANがいまムーブメントになっていますね。もともとはパナソニックの濱松誠さんがOne Panasonicというパナソニック社内に横串を通して人をつなぐコミュニティを自主的に立ち上げたものが今では企業を越えて拡大しています。

 

One Panasonicはイベントに当時の社長の大坪さんを呼んでこの取り組みを認めてもらい、そこからパナソニックは変わってきてますよね。そして経営層を巻き込んだ後、OBイベントも開催しました。

会社を辞めた人を巻き込むことはとても重要で、なぜなら会社に戻ってくるかもしれないからです。戻りたいということは企業に対するロイヤリティも高いですし、他の環境で知の探索を済ませてきているので、イノベーションにも有効な人材です。

その意味では濱松さんの功績は非常に大きいです。やろうと思えばこういうやり方もあるんです。

 

人事部門の重要な役割

 

ここまでの話は基本的には大企業の話で、中小企業になると状況は大分違います。中小は人手不足という問題があり、中小の現場はもっと大変です。それなので勝手にダイバーシティが進んでいます。はじめから全員が中途採用であったり、女性が活躍してくれないとどうしようもないので。その意味では旧来的な大企業とはとても温度差があります。

 

――日本の中小企業の今後はどうなるとお考えですか?

 

日本は90%以上の企業がファミリービジネスで、2代目、3代目くらいになると余裕がでてきて、海外に留学したり、ベンチャーで経験を積んだりして戻ってくるケースがあります。そうすると連綿と続いてきた伝統の技術と知の探索をしてきた彼らの新しい考え方が科学反応を起こしてブレイクするケースが日本にもたくさんあります。もちろん会社によるのですが。

私はこういった現象がすごく面白いと思って、プレジデントで「第二創業」という連載もしています。

 

いずれにしても中小企業のほうが生き残りは大変なので、理屈がなくてもこういったことをやっています。

やはり一番厳しいのは大企業です。とくに社員が当面は潰れないと思っている大企業ですね。電力会社のように需要が無くならない業界は特に顕著かもしれません。この業界は離職率が2%いかないくらいで、社員はほぼ一生辞めないし、そもそもそのつもりで入っている人がほとんどです。

 

――働いている人の中には思いがあっても権限がないために歯がゆい思いをしている人もいるかもしれませんね。

 

どうでしょうね。はじめからその前提で入社している人もいますので。

最近では学生もスタートアップを目指すタイプと安定志向タイプで二層化しています。東大でも一番優秀な人たちはスタートアップにいっているようで、次の層は外資系コンサルを目指す傾向があります。理由は簡単で、「腰掛け」です。

私もそうでしたが、20代前半で将来のことは決められません。社会に出たこともないのに志望業界を決めるなんて本当はできないはずです。色々な会社を見て、自分に向いていること、やりたいことがわかってくるのは、せいぜい30歳くらい。

いまの優秀な若い人はそういった意識があるし、会社なんて潰れるものと思っているので、それまでの腰掛け期間は、とりあえずスキルがついて、処遇のよいところ、つまり外資系コンサルを、いつか辞める前提で選んでいます。

 

――辞める前提で入社してくる若手の教育を考えると、人事部門はさらに悩ましいですね。

 

教育に意味はないんです。元カルビーCEOの松本さんがよく仰っていますが、会社は学校ではなくて、お金を稼ぐ場所です。教育された人をとるか、働き方改革によって、自分で学べるお金や時間を創出するかです。

 

――人事の機能は教育ではなく、やはり戦略…

 

そうです。一社での階層別研修は本当に意味がない。同質化したグループで固まると新しいものは生まれないです。ただし、いろんな人が集まるような集合研修は面白いです。

 

――最後に読者に一言

 

人事が変わらないと会社は変わらないです。会社は人で出来ているので。繰り返しますが人事はとにかく重要です。本当に会社を良くしたいなら経営と掛け合ってでも、少しずつ変えていかないといけないです。私のような学者が言うのは簡単で、実際にはすごく難しいと思います。それでも経営者にわかってもらうように動く必要があります。ゲリラをしてでも動かしている人もいますので。

 

日本企業の人事は、少し偉そうな言い方をあえてすると、欧米から「3周遅れ」くらいになっている印象です。しかし、会社や人事だけが悪いのではなく、社会が求めてきたものを会社や人事が映し出しているんです。雇用の流動性をあげるにはみんなが何をしたいかわかっていないといけないですが、現実は偏差値だけで学校を選び、人気ランキング上位の企業を目指すような社会です。自分が何をしたいのか考えられるような教育がないんです。そういった背景があって、みんな苦しんでいることは一言添えておきます。

 

あと、一社の階層別研修は不毛ですからやめた方がいいですね。

 

 

 

 

-入山章栄 プロフィール-

早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。
三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。
同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。 2013年より早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール准教授。 2019年より現職。
「Strategic Management Journal」「Journal of International Business Studies」など国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表
―著書
『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)
『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP社) 他