企業組織にとって、これまでの“当たり前”が必ずしもこれからの未来に有益とは限らない。そんな“当たり前”とは決別するきっかけを作るこのコーナーの第1回はイクボスプロジェクトをはじめとする、ビジネスパーソンの育児について改革を進める安藤哲也さんです。男女の育児への関わり方はすでに前時代とは異なる価値観が芽生えはじめていますが、本格的な変化をもたらすためには企業の、組織の文化にメスを入れる必要がありそうです。

 

 

安藤哲也(あんどうてつや)

NPO法人ファザーリング・ジャパン ファウンダー/代表理事

 

1962年生。二男一女の父親。明治大学卒業後、出版社、書店、IT企業など9回の転職を経て、2006年に父親支援事業を展開するNPO法人ファザーリング・ジャパンを設立し代表に。「笑っている父親を増やしたい」と講演や企業向けセミナー、絵本読み聞かせなどで全国を歩く。最近は、管理職養成事業の「イクボス」で企業・自治体での研修も多い。

 

2012年には児童養護施設の子どもたちの自立支援と子ども虐待やDVの防止を目的とするNPO法人タイガーマスク基金を立ち上げ代表理事に就任。子どもが通う保育園や小学校ではPTAや学童クラブの会長も務め地域でも活動中。2017年には「人生100年時代の生き方改革=ライフシフト」をテーマにライフシフト・ジャパン(株)を設立し取締役会長に就任。

 

厚生労働省「イクメンプロジェクト推進チーム」、内閣府「男女共同参画推進連携会議」、東京都「子育て応援とうきょう会議」、にっぽん子育て応援団 共同代表等も歴任。

 

著書に『できるリーダーはなぜメールが短いのか』(青春出版社)、『父親を嫌っていた僕が「笑顔のパパになれた理由」』(廣済堂出版)、『パパ1年生~生まれてきてくれてありがとう』(かんき出版)、『パパの極意~仕事も育児も楽しむ生き方』(NHK出版)、『PaPa’s絵本33』(小学館)など。読売新聞でコラム「パパ入門」を連載。

 

※ファザーリング・ジャパンは平成30年度、内閣府主宰の『子供と家族・若者応援団表彰〜子育て・家族支援部門』にて、「内閣総理大臣表彰」を授賞しました。

 

女性だけが育児をする日本の“あたりまえ”

 

――まず安藤さんがイクボスをはじめとしたプロジェクトを推進することになったきっかけを教えてください。

 

私は35歳のころに結婚して、その後子供が生まれたのですが、その当時は女性が専業主婦をして、男性は育児をせずに仕事だけをしていればいいと考えられている時代でした。しかし、私は男性も育児に関わりを持つ必要があると考えていましたし、その方が人生も豊かになると思っていました。子供にも良いし、夫婦関係、ひいては地域コミュニティとの関係にも良い影響があると考えたからです。

 

――はじめから男性による育児の必要性は認識されていたのですね。

 

はい。私はたまたま実家からのサポートも受けられない状況でしたので、娘が生後6か月の頃に保育園に入れ、送り迎えは私が担当することで、妻は職場に早期復帰できました。

そんな形で育児をはじめたころですが、外出中に娘のおむつを交換しないといけないことがあり、デパートに入ったのですが、当時の男性用トイレにはおむつの交換台なんてなく、個室の便器のうえで交換するしかなかったんです。これはおかしいと思い、色々と調べてみると、日本の父親の育児に関わる施設が未整備で、すごく遅れていることが分かりました。働き方の面でも男性が子供の病気で休みをとることはあり得ないと考えられている時代です。また、女性活躍といった概念もまだなかったので、女性でも育児で休みが長引くと戦力外と扱われる実態がありました。

男性も女性も同様の教育を受け、同じような志をもって就職しているにも関わらず、子供が出来ると女性が産休、育休をとり、戻ってきても女性が時短勤務をとるのが当たり前でした。

しかし、ノルウェーやスウェーデンでは女性活躍やイクメンなんて言葉はありませんが、男性も育児休暇を取得し、女性の管理職や経営者もたくさんいます。そんな実情をみて私は日本もこうならないといけない、私がそうしてやると思いました。

 

「上司」から働き方を変える

 

子供ができ、育児に参加しはじめたころ、事業部長として働いていたのですが、私の部門でもみな多忙で残業が恒常的になっていました。私は自分のミッションはワークライフバランスをとり、仕事でも成果をあげることだと考えていましたので、まずは自分の働き方を変えようと思い、共有のスケジュール表に子供の送り迎えやPTAの会合への参加、あるいはバンドの練習といったプライベートの予定も入れていくようにしました。

日本の変な文化ですが、上司が帰らないと忖度して付き合い残業をしてしまうようなこともありますので、まずは上司から働き方を変えていく必要があります。

こうすることで、子供と触れ合う時間も増えるし、地域との関係も良好になるので、やはり男性にとっても良いことが多いと実感しました。こういった経験が夫婦関係の問題、児童虐待の問題などに対して、「笑っている父親を増やす」ことが良い影響をもたらすと考え、ファザーリング・ジャパンという非営利の団体を副業で立ち上げました。

 

――反発もあったのではないでしょうか?

 

もちろんありました。とくに女性からは「日本の男性が育児なんてするはずない」と言われることもありました。たしかにその当時はそれが当たり前でしたが、今後は育児を楽しみたいという父親も増えてくると確信していましたし、それを実現するためのプログラムを全国に広げていくことが私の仕事だと感じていました。

 

2010年イクメンブーム到来、そしてイクボスへ

 

そんな活動を進めていくなかで、2010年にイクメンブームが到来します。イクメンは博報堂が作った言葉ですが、厚労省でも2010年にイクメンプロジェクトが発足し、私も座長として呼ばれました。国主導で進めていますので、都道府県や自治体に広がっていき、徐々に民間企業にも浸透していき、男性が育児に関わることは一般化していきました。

いまでは私が娘を送り迎えしていた文京区の保育園でも、20年前は父親が子供を連れてくるのは100家庭のうち3家庭だけでしたが、今では9割は父親です。

しかしお迎えは来れず、ほとんどが母親です。これは欧州との違いですね。子供の送り迎えは実は力仕事ですので、父親の方が向いています。それでも日本では男性がお迎えの時間には帰れず、母親が時短勤務をとってお迎えに来ています。本当は生後3年までの時間外勤務の免除は法律も整備されていますので、男性でもとれるんです。

育児が女性中心のままだと女性がキャリアを伸ばせず、男性は育児に関われず、少子化が進んだり、男性のメンタルヘルスの問題、夫婦不安の問題など関連する課題がたくさんあります。

 

――イクメンが浸透しても、まだ根本的な課題は解決できていないということでしょうか

 

はい。このようにイクメンが浸透しても、週末しか育児ができない、育休どころか有給でさえ取りづらい、という声もありました。女性は法律整備などが進んできていますが、男性はまだ手付かずです。男女問わず社員の育児に対しての考え方を組織的に変えていかなければいけません。より一層の女性活躍、男性の育児推進のために、まず組織をマネジメントする上司を変えていく必要性を痛感し、2014年にイクボスプロジェクトを立ち上げました。

 

 

イクボスプロジェクト

 

今後は育児だけでなく、介護、病気、外国人など様々な多様性に対しての理解が求められます。それを支援し、業績につなげていく管理職育成事業がイクボスプロジェクトです。

これは本人だけのやる気だけでは難しいです。とくに男性は育休をとることが昇進に影響すると男女ともに考えがちです。まずはそういった組織の文化を変えないといけません。

このプロジェクトは現在5年目ですが、すでに214社の企業がこのプロジェクトに参加しています。企業向けでは新任管理職、ライン長向けのセミナーが基本ですが、他には夫婦同伴セミナーというものもあり好評です。このセミナーで夫婦のタスク表を書かせるのですが、男性が出来そうだと考えていることと、女性が求めていることがものすごくずれているので、そのすり合わせをさせます。こういった取り組みが進むことで、女性が母親になっても働くというのは当たり前になりつつあります。

それでも男性の育休取得について容認できてない企業社会もまだまだあり、そこがこれからのターゲットですね。

 

――イクボスプロジェクトのゴールは?

 

社会を変えることがNPOのミッションです。働き方、女性活躍、男性の育休、そしてこれからは介護との両立も問題になっていきます。そういった意味で誰しもが働きやすく、働きがいを持てて、個人も組織も成長していける、支援と貢献の関係性を構築することがイクボスプロジェクトのゴールになります。

 

上司と昭和の働き方にメスを入れる

 

一般的な日本の雇用契約は無限定正社員(勤務地、職務、労働時間が限定されない正社員)です。ですので、自分の仕事が終わっても、人の手伝いなどを頼まれ、なかなか帰れないという実情がありますが、多くの先進国では限定的な契約となっている多くあります。

かつては定年までの厚い待遇を前提に、出張も転勤も会社からの指示であれば断れないということが多くありましたし、女性もそれに納得して夫を会社に預けていました。しかし、これからの時代で同じようなことを続けていると、良い人材は集まらないですし、どんどん会社から出て行ってしまいます。

なぜなら、女性が自分のキャリア設計を描き、男性も育児への参加を希望する、独身であっても付き合い残業なんかせず、定時後は趣味に時間を使いたいという人がたくさんいるからです。

 

そのためにはそういう会社の文化を作っていく必要があり、上司の意識と昭和の働き方を変えないと無理です。50代以上は長時間労働や単身赴任となる転勤を経験して、会社から評価されてきた人たちですから、育休をとりたいという男性部下の気持ちが本当に分からないんです。「昇進に響くからやめた方がいい」なんてことも平気で言える人がたくさんいます。しかもこういった発言をする人には女性上司でも多く、男性は育休をとらず、女性に任せたほうがいいという無意識の偏見があるんです。とはいえ、急には変わらないので、企業と連携しつつ、徐々に変えていっているのが現状ですね。

 

――安藤さんが関わった企業で、すでに変化した企業もたくさんありますか?

 

ありますね。大企業は時間がかかりますが、中小企業はすぐに変われます。

 

――それもやはり上司からですか?

 

社長からです。トップのコミットメントがないとダメです。中小企業で人手不足に陥っているケースが多いですが、新潟のとあるリフォーム業者さんでは受注は来るが回せないという状況になっていて、相談を受けたことがあります。そのときは新潟県で一番働きたくなる会社というビジョンを作ってもらい、働きやすさ、働きがい、満足な待遇を具体的に作っていきました。この三つはすごく関連しているので、朝礼の廃止や直行直帰の推奨といった制度的な部分の対応と、管理職向けのイクボス研修を行い、凝り固まった頭を少しずつほぐしていき、若者が定着しやすい風土にしていきました。そうしたら2年でガラッと変わって残業時間は半分、有給消化率も85%程度まで向上し、離職率も18%から2%に激減し、新卒採用も希望通りになりました。

 

――業績もでしょうか?

 

もちろんです。業績も過去最高を更新中です。

 

イクボスの未来

 

――イクボスの考え方は将来的にもっと広がっていくとお考えですか?

 

はい。というか、そうならざるを得ないでしょうね。私たちがいなくても、多分広がっていきます。私たちはその推進役になれればと思っています。禁煙やクールビズだってそうだったと思います。20年くらいあれば世の中は変わるんです。

男子学生の8割が育休をとりたい、女子学生の9割が育休を夫にとってもらいたいと考えています。その願いを叶えるようにしておかないと人が来なくなります。

その時代はすぐそこまで来ていると思います。