LOVOTとは林要さんが代表を務めるGROOVE Xにて開発された、これまでにない家族型ロボットです。人や動物を模しているわけではなく、それでも家族やペットと呼べるような不思議なロボット。本コーナーの第一回はそんな新しいロボットを開発された林要さんに開発の経緯やとてつもない挑戦を実現する組織作りについてお話を伺いました。
できるのに、注目されてない
――なぜLOVOTを開発されようと思ったのか、経緯を教えてください。
私はもともと自動車業界にいて、その後ロボットの開発にも携わりました。そのなかでロボットに将来性があることがわかりました。しかし、現状のロボットは、期待されているのにまだできない部分があること、逆にできるのに注目されていない部分があることを感じていました。
現状のロボットでできるのに注目されていない部分を活用すると、人に喜んでもらえるのではないか。そこにフォーカスを当てて、最大化したものがLOVOTです。
――まだ注目されていなかった部分というのは具体的にはどのようなものなのでしょうか?
ロボットは人の代わりに仕事をすることが求められがちですが、実は人を元気付けることもできます。やわらかくて暖かいボディに触れることで安心感を得られることなどがその例としてあげられます。LOVOTは転んでしまったとき、自分では上手く立ち上がることができませんが、それを助ける人がいて、LOVOTが助けられて喜ぶと、助けた人がむしろ元気になったりします。人には他者を愛したり応援したりすることで、自分自身が元気になる自己治癒能力のようなものがあります。こういった人のちからを引き出すことがLOVOTの狙いです。
――一般的にロボットは人の代わりに仕事をするというイメージがあるなか、なぜ逆に人がロボットを助けるという発想ができたのでしょうか?
たとえば犬や猫が家族として扱われて久しいですが、彼らは人間ほど複雑で抽象的な思考をする賢さは持たない生き物です。それでも十分に家族になっていますし、言葉が話せなくても人に愛されています。そういった存在が人を元気にできるということは、発展段階の機械学習、いわゆるAIができる領域でも一部は実現できるのではないかと思いました。
現時点のAIでできることは画像の認識、過去の経験に応じた判断といったものですが、認識にしても判断にしても、比較的原始的な生物の認識や判断を模擬することのほうが簡単です。進化の度合いが進むほど、その模倣が難しくなってきます。そう考えると、発展途上の機械学習を用いたロボットが、生物の中でも高度な進化を遂げた人間を目指すことは難しいことです。まずは人より手前のレベルを実現し、その後に人に向けて一歩一歩進化を進めることが大事なのではないかと思います。
過去には、サブサンプションというロボットの作り方が注目を浴びたことがあります。それは反射的な行動をするアルゴリズムが複合すると、生物のように自律的な振る舞いを実現するといったものです。このサブサンプションの考えを上手く使ったのがお掃除ロボットです。
最新のお掃除ロボットは高度になっていますが、初期のロボットは自分がどこにいるかも分からず、壁にあたったときにどう動くのか、障害物を発見したときにどう動くのかというシンプルなアルゴリズムの組み合わせで出来ています。それを繰り返すうちに、いつの間にか部屋全体が綺麗になっている。このように初期のお掃除ロボットは言わばかなりシンプルな動きをする虫に近かったといえます。しかし、その原始的な虫のような反応から徐々に進化をしていって、よりリッチなコンピュータ、よりリッチなセンサー、よりリッチなアルゴリズムを使うことで、もう少し高度なことができるようになると、自分がどこにいるか分かるようになるし、相手がだれか分かるようになるし、相手とどういった交流があったかも理解できるようになります。そこまでくると一定の動物らしい行動を再現できる可能性は十分にあって、そのレベルのテクノロジーで人にどうやって貢献できるかを考えると、もしかしたら犬や猫が人に提供している価値をロボットも提供できる時代にきているのではないかと考えました。
――ちょうど技術の発展が犬や猫の再現というレベルになってきたのですかね。
全面的に能力が犬や猫に追いついているというよりも、犬や猫が人に提供しているサービスを部分的に再現できるところまできたというところですね。
ラーニング・アジリティが現状打破の鍵
――かつて世界を席巻した日本の製造業ですが、近年では元気がないと言われることもあり、そういったことについてどのようにお考えでしょうか?
日本の高度成長期はなぜ成長できたのかという質問と近いと思いますが、当時は失う物が無く、失敗に対する恐怖がなかったからだと思います。前に向かうしか選択肢がなかったので、チャレンジができましたし、凝り性や繊細という国民性とも相まって非常によい成長ができたのだと思います。ただ、ある程度裕福になった日本は失敗が怖くなってきているようです。
もともと和をもって尊しとする国民性というのは裏を返せば不安になりやすい国民性ともいえます。たとえば今の職場を離れたらどうなるんだろうといった不安に対しては、他国民と比較して強く感じがちに思います。出る杭は打たれる、も同じですね。杭として揃っていないことが不安になるので、出る杭に対しての攻撃性が高くなってしまう。これは良し悪しではなくて、単に性質としてそういった面があるということです。そのために挑戦しなくても生きていける時代になると不安要素が表に出てきて、守りに入ってしまう。つまり失敗をしないようにする。顧客に求められるものを作るということは目標も明示されているので頑張りやすいですし、細かいことまでやりきれる国民性も相まって、部品産業としては依然一流です。しかし何を作ればいいか提示をしてくれない場合は、自分でチャレンジして見つける必要がある。そういう場合は、不安要素の強さが人を守りに入らせる面もあって、結果的に新しい産業を切り開くのは苦手になっている可能性はあります。
――LOVOTの開発段階もまさに不安の中での挑戦であったと思いますが、私たちビジネスパーソンはどうすればそのような一歩を踏み出せるようになるのでしょうか?
ラーニング・アジリティ(学習の俊敏性)という、新しい環境や経験から素早く学び、未知の問題に応用していく能力が重要だと思います。それを高めるために自分の環境を敢えて変えて、学んでいくことに慣れた人たちが、新しい一歩を踏み出すのではないでしょうか。
そういった条件は揃い始めていると思います。製造業の終身雇用も崩れつつありますが、そうなると全ての人がどんな環境でも生きていけるように自らを鍛えないといけない、というマインドに変わっていくでしょう。ソフトウェア業界などではすでにその変化は起きていて、一生同じ会社で働くという考えを持たない人も多いです。その結果として、新しいサービスが生まれやすくなっている。今後、これは業界を問わず生じると思います。
一つの環境、それは一つの組織ともいえるでしょうし、一つの業界ともいえるかもしれませんが、一つの業界慣習のなかで渡り歩いていても学びが少なくなってしまいます。しかし、一つの環境にしがみつけなくなってしまうと、自ずと色々な環境から学び取っていくことに抵抗が少なくなっていくと思います。(挑戦の第一歩を踏み出すことに対して)すでに外堀が埋められつつあります。
――やはり学習は必要だと。
学習は必要ですね。学習に最も大事なものは環境だと言われていて、マインドセットというものは実はあまり役に立たないとか、環境が変わらないと行動は変容しないとか言われています。その意味ではどうやって自分を違う環境に置くのか、こういう環境に置くと自分はこうなるといった、メタ認知的な視点で、客観的に自分を置く環境についての戦略を立てることが大事なのではないかと思います。
素人に戻る
――これまでで考えが行き詰ってしまう中で、苦労するようなことはなかったですか?
僕の場合は3年から5年くらいのスパンで仕事が変わってきました。その位の期間があれば、なんとかその領域の仕事はこなせるようになります。僕は週末まで含めてずっと仕事のことを考えているタイプなのですが、行き詰ってしまったらすぐに手を動かすようにしています。手を動かすと新しい発見があって、また進むといった具合です。
そうこうしている間に、全体像が見えてきて、ある種のエキスパートになり、楽にはなるのですが、その領域は失業して次の領域にいく。そうするとまた素人に戻ります。(笑)
――それでも総合的に見ると、できることがたくさんある人にはなれますね。
就職して最初の1〜2年は新人ですが、仕事を変えたあとの最初の1〜2年が最初と同じような新人ということはありません。少しずつ積みあがっていきますし、ラーニングの間隔も早まっていくと思いますので、結果的に学習速度はあがるように思います。
挑戦意欲を維持する仕組み
面白い調査結果を見たのですが、30代までは挑戦意欲があるのですが、40代からガクっと落ちてしまって、ほとんど階段状態なのですよね。逆にいえば40代を乗り越えれば、ずっとそのまま挑戦するマインドを維持できる可能性もあります。30代で自らの得意とする領域のエキスパートになることで守りに入ってしまう傾向があるのかもしれません。そこで守りに入らないことが大事なポイントで、経験上そのためには環境の変化が必要だと思います。
――環境を変えていくことが成長でありチャレンジ精神を維持するために重要とのことですが、社内での部門異動と転職ではどちらのほうがより効果的だと考えますか?
一概には言えない部分もあります。というのも転職はカルチャーフィット面で合わないリスクがあるためです。しかし、転職者の“出戻り制度”は有効だと思います。
――最近では大手の企業でも採用しているケースを耳にしますね。
そうですね。例えば社内で5年とかいた人は会社もその人の性質が分かっていて、ちょうど中堅戦力となるころなので、会社としては社外に出したくないのですが、それでも本人が望むなら敢えて外に出し、新しい環境で数年学んで、何割かが戻ってきてくれると、その人材は外部の状況も把握していますし、中の淀みがちな空気を入れ替えてくれます。
米国がすでにそうであるように、今後は企業の統廃合、とくに大手によるスタートアップのM&Aなどは盛んになると思いますが、買収したスタートアップを活かせるのは優秀なプロパーではなく、外でスタートアップを経験した人です。その意味では“出戻り制度”を導入することで、個人だけではなく、組織としての学習能力も飛躍的にあがります。あと働いている人の飽きが防げるので、国の生産性があがるという大きなメリットもあります。
――たしかにそれは重要な観点ですね。
僕は飽きを防ぐというのは人事制度の根幹にしてもいいと思っています。
一般的に部門にとって最適な人事配置をしがちですが、部門にとっての最適とは部門長にとって都合がよいという意味です。同じ業務を3、4年経験した人はものすごく効率がよいので、そのままそれを続けさせることが多いです(部門長にとって都合がよいので)。でもそれはすごく飽きるんですね。そして飽きたときのパフォーマンスの低さというのは、本人のパフォーマンスが低いのはもちろん、全体にも影響がでてしまいます。業務に飽きているので仕事を受けたがらないといったように、その人が全体のボトルネックになってしまいます。ですので、飽きることを最小化することが組織のパフォーマンスの最大化になると僕は考えています。僕は飽きるくらいなら、部門変更して、やりたいことをしてもらいますし、それが社内になければ外で探してもらい、いつか戻ってきてくれるように気持ちよく送り出し、戻れる場所があるという安心感を持ってもらうことが大事だと思います。
組織モチベーションの保ち方
――LOVOTのようにまだ世の中にない製品を作るということは、不安も大きいと思いますが、どのようにして組織のモチベーションを維持しているのでしょうか?
仰る通りで本当の意味で新しいものを作るというのは、全員が不安を感じます。また全員のゴールのイメージも微妙に違います。10人いれば10通りの解をそれぞれがもっています。それでもスピード重視で進めるために、方向は1つに素早く決める必要があるので、9人にとっては進む方向に対して納得しきれない部分が残り、不安を抱えて進むことになります。営業型の組織であれば売上が全てを癒すという言葉があるように、売上があがれば、それで一枚岩になれたりしますが、私たちのような開発の仕事ですと、売り上げが上がらないため分裂しがちです。そこで仕組みとして採用したものが”バザール”というイベントです。
“バザール”では毎週一回、各部門の活動を発表します。そうすると無関係の人も他部門の成果をみる機会が増えます。この制度には2つメリットがあり、1つはみんな頑張っているし、ちゃんと進んでいることが分かるので、不安が減って、自分も頑張ろうと思えることです。これが営業組織における売上に相当します。
もう1つは、複雑な商品やサービスになると思わぬところが関係していて、調整が大変になることが多いですが、バザールを通じてなんとなくでも全体像や自分の領域と関係する部分を感じてもらえることです。抜け漏れている横串の情報がつながりやすくなることで、進歩の実感を共有できます。
――そういった社内制度は林さんご自身で考案されているのでしょうか?
もともとはスクラムというフレームワークに則っています。このフレームワークの一部で、こういった取り組みをされている人たちがいるので、それを用いているという恰好です。スクラムを運用するためのスクラムマスターという役割も設置しています。その方たちが社内から様々な課題を吸い上げて、解決のための仮説をたて、それに沿った色々な企画をしてくれます。
――それは社内の方ですか?
社内、社外混成ですね。
――そういった仕組みを活用することで、組織のモチベーションを維持されているのですね。
あと弊社は中間管理職というものがなく、フラットな組織です。上司の役割を分解して、一部はスクラムマスターが担い、一部はチーム自体が自立的に役割をこなし、一部はプロダクトオーナーという、僕の担当している役割が担うようにしています。
――このような仕組みの採用もチャレンジの一つに思えます。
スクラムは欧米では実績のある手法なので、そこまでの挑戦ではありませんでした。
そもそもなぜロボットがなかなか作れないのかという課題に着目したときに、組織間の壁がネックになるという問題がありました。それを解消した組織作りをしたかったというのが始まりです。
挑戦=失敗
――林さんご自身にとって「学び、成長、チャレンジ」とはなんですか?
挑戦=失敗です。挑戦=成功ととらえると間違いで、挑戦というのは9の失敗に対して1の成功を得るプロセスです。9の失敗のマネジメントをどうするのかが、挑戦の本質なのだと思います。まず挑戦するときは、大失敗をできるだけ避けねばいけません。大失敗は、後処理に時間がかかります。挑戦し慣れない人は1回目で挑戦し過ぎて失敗したら即座には復帰できないような挑戦をしてしまいます。そうならないように、なるべく早く復帰できる程度の失敗を積み重ねることで、多くを学ぶことが大切です。そうして多くの小さな失敗から学ぶことは、失敗しないように時間をかけて万が一に備えるよりも、進歩が早いんですね。それを続けると不安への耐性があがっていきます。失敗したらどうしようという思いが、挑戦やイノベーションの足かせになりがちですが、それを最小化できるようになります。
つまり、挑戦とは失敗のマネジメントであり、失敗とは学習機会であり、そのサイクルこそが成長です。あとは失敗で止めずに、成功するまで続けることですね。
――最後にビジネスパーソンに一言お願いします。
ラーニングアジリティ(学習機敏性)を上げることが最も大事です。そのためには環境を変えることが大切です。最大の敵は自分のなかにある不安ですし、周りの人たちの不安です。高度経済成長期を経て豊かになったからこそ、失敗を恐れ、不安のマネジメントができずにコンサバ(保守的)に寄ってしまっていますが、まずは失敗慣れしていきましょう。
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