All Rights Reserved by IEC, 2011
Home Contents Contact
第33回:根性論ではない1位にならないといけない理由は、ABBAの歌詞にあり!
 去年の行政刷新会議の仕分け作業での、蓮舫担当相の「2位じゃダメなんでしょうか」という問いは大きな注目を集めました。そして、そこで問題になっていた文部科学省と理化学研究所を中心として開発されている次世代スーパーコンピューターの「京」が先月、「1位」をとったというニュースが大きく報道されました。日本にとっては喜ばしいニュースで、研究者たちは意地を見せた形になりました。

 行政刷新会議での「2位じゃダメなんでしょうか」という質問が大きくクローズアップされたのですが、今回はこの点について「イノベーション」という観点から考えてみたいと思います。

 「2位じゃダメなのでしょうか」という発言に対して、多くの反応を見ていると「1位を目指さなければ、2位にもなれない」という考え方が多く見られました。最初から2位を狙っていたら、1位どころか、2位にも3位にもなれないというのです。確かに、目標が「金メダル」と「準決勝進出」では、実力が同じであったとしてもパフォーマンスに大きな違いが出るかもしれません。

しかし、「イノベーション」といいう観点からすると、「2位じゃダメ」な理由は他にあるのです。イノベーションにおいては、ライバルよりも先行するということが極めて重要です。

なぜでしょう?これには、ブランディングや販路の確保などいろいろな理由があるのですが、ここでは、イノベーションと知識という点から考えてみましょう。

 イノベーションは新しい知識の生産と密接に結びついています。知識は、生み出された瞬間に公共財的な性格を有します。知識は、排他性と競合性がないのです。例えば、知識は同時に多くの人が使うことができます。誰かがどこかで「てこの原理」という知識を使ってビールの瓶を開けていたとしても、僕は目の前にあるビールを同じように「てこの原理」を用いて栓抜きで開けることができます。そこに排他性はありません。また、何人で同じ知識を使おうが、そこから得られる便益はかわりません。つまり競合性はないのです。

 知識はどこでもだれでもが同時に利用できる性質を持っているために、やっかいなことが起こります。最初に良いアイディアを実現した人に特別な報酬を用意しないと、誰もイノベーションを起こそうとしなくなってしまうのです。一生懸命にイノベーションを起こそうとしても、それが実現した途端に、その知識はだれもが利用出来るようになるのです。そのため、優れたイノベーションであればあるほど、すぐに真似されてしまいます。良いアイディアを生み出したとしても、すぐに真似されてしまうわけですから、だれもチャレンジしようとしなくなってしまいます。これでは社会は困ります。

 そこで、特許制度が生まれてきたわけです。特許とは、発明者にある一定期間はその技術を排他的に利用する権利を保証するものです。社会に多くのイノベーションが生まれるように、最初に良いアイディアを実現した人へ特別な報酬を制度的に用意したわけです。

 特許をとるためには、「1番」でなくてはなりません。2番手以降には、一切特許は与えられません。もちろん、2番手であっても1番手の技術に改良を加えたり、上手く1番手の特許を回避したりして、特許をとることは可能です。しかし、1番手は、多くの場合、かなり広い権利を獲得することができるため、圧倒的に有利なのです。

 また、科学技術においては研究開発に多くの投資が必要になります。1番になれないと、その投資を回収することが非常に難しくなります。1番を競う競争をプライオリティ(先取権)競争といいます。そこでは、ABBAのThe Winner Takes it Allにあるように、「勝者が全てを獲得し、負けたものは立ち尽くすのみ」なのです。

科学技術の研究開発競争では、1番になることが重要なのです。「1番を目指して、2番になった」としても意味はないのです。1番でなければ、それまでの開発投資を回収することさえ難しくなるのです。「1位を目指していないと、2位や3位にもなれないから、1位を目指す」のであれば、その研究開発競争からはすぐに降り、他の投資先を考えた方が良いのです。

 行政刷新会議の仕分け作業のすぐ後に、科学者たちがすぐに異論の声を上げました。彼らは「1位を目指さなければ、2位にもなれない」という体育会的な考え方で、異論を唱えたわけではありません。激しいプライオリティ競争の中にいる彼らにとっては、1番と2番の違いはとてつもなく大きいのです。

 もちろん、良い技術を持っていたからといって、それが直ちにイノベーションにつながるわけではないのが難しいところです。ただ、良い技術というのは、これから科学技術立国として日本を考えていく場合には、必要不可欠な要素です。京は見事に1番になったのです。ここから、どのように価値を創造していくかが、マネジメントの腕の見せ所です。


Back Next
株式会社アイ・イーシー 東京都千代田区飯田橋4-4-15