All Rights Reserved by IEC, 2010
Home Contents Contact
第23回:ロイヤルタッチを受けていませんか?
 フランスとイングランドの王様たちは、瘰癧と呼ばれる皮膚病(首の結核症リンパ腺炎)の患者にふれることにより、その病気を治す力があると考えられていました。これは、ロイヤルタッチとして知られています。

 もちろん、触れることだけで皮膚病は治りません。ロイヤルタッチはプラセボ効果です。プラセボとは、本当は効き目があるはずのない薬なのに、効き目の高いと信じて飲むことによってなぜか病気が治ってしまう効果のことを言います。

 プラセボ効果は、行動経済学者の実験で有名になりました。なぜか値段の高い栄養ドリンクを飲んだグループの方が、安い栄養ドリンク(内容は同じ)を飲んだグループよりも
▲コロンビア大学に行ってきました。ちょうど新入生の入学の時期で、キャンパスは賑わっていました。コロンビアはNYなのでそうでもないのですが、アメリカの大学は学生のほとんどがキャンパスに住んでいて、コミュニティの感じがあって良いんですよね。。
疲労の程度が小さかったり、高い痛み止めの方が安い痛み止めよりも、痛みが軽減されたり(両方とも単なるビタミンCのカプセルなのに!)するのです。値段が高い方が効く薬だと信じ込むと、本当に効いてしまうのです。
 ロイヤルタッチはまさにプラセボ効果なのですが、驚くべきことは、それが長くに渡って行われていたことです。イングランドでは、13世紀から18世紀初めのアン女王の時代まで続けられていました。フランスでは、フランス革命で一度途絶えたものの、1825年にシャルル10世によって復活させられたのです。5世紀もの間、ロイヤルタッチは人々を癒していたのです。イングランドのチャールズ2世は、なんと10万人以上にロイヤル・タッチをほどこしたのです。

 この話しをすると「そんなの、科学が未発達だったときの迷信でしょ?」「現代では、ただの昔の笑い話」と言われることがあります。しかし、そうとは言い切れないのです。

 確かに、科学が未発達であったとことは、このような“迷信”を存在させた理由の1つです。もう1つの重要な理由は、国王の権威が大きかったことにあります。国王には病気を治す“力”があると信じられていました。そのため、もし症状が消えたときには、人々は国王に対する信頼をさらに強めます。症状が良くならない場合は、もう一度ロイヤルタッチを受ける必要があると考えるわけです。王の権威が強いときには、ロイヤルタッチを行えば、病気の治癒に関係なく、国王への信頼はさらに高められるのです。しかし、市民革命によって王の権威が失墜すると、ロイヤルタッチの効果もなくなってしまったのです。

 プラセボ効果は、現在の医療でも多く存在するといわれています。そして、医療以外の分野でも、プラセボ的なものはわれわれの身の回りにも多く存在しています。ハーバードの話しをしましょう。大学院時代の指導教官の1人が(僕はできが悪かったので、指導教官がたくさんいるのですが)、ハーバード大学のビジネススクールに移りました。ハーバードのサラリーは、他の大学と比べると低いのですが(トップ校以外の大学は優秀な先生を雇うために、サラリーを多くする傾向があるためです)、企業のコンサルティングの仕事や講演などのフィーはハーバード・プレミアムがつくそうです。1割から3割程度高いフィーをもらえるそうです。もちろん、コンサルティングや講演の内容は、トップ校の先生とはそれほど変わらないでしょう。それでもハーバードの先生だとプレミアムがつくのです*。

そのプレミアムは、専門から離れれば、離れるほど大きくなります。ブラックボックスにつつまれる部分が多くなり、大学の権威が高くなるからです。彼らのコンサルティングの内容を理解できなかったとしたら「簡単に咀嚼できないほど、レベルの高い話を聞いた」と解釈し、内容がすぐに理解できたときには「腑に落ちた」と感じるのです。どちらにしても、権威と信頼は強化されるわけです。

 プラセボは、効果が上がっていれば別に問題ありません。また、プレセボの存在を認識してしまうと、その瞬間に、効果がなくなってしまいます。ロイヤルタッチはプラセボ効果だと考えてしまった瞬間に、それまで治っていた皮膚病には何の効果もなくなってしまうのです。

プラセボ効果それ自体は、なんら悪いことはないのです。ただし、問題が2つあります。プラセボは、自然治癒が期待できないような場合や、緊急を要する場合には効果がありません。いくら国王に対する信頼が厚くても、虫歯は治せないのです(痛みは和らぐかもしれませんが)。

もう1つのより重要な問題は、プラセボ効果を完全に信じ切っていると、本当に必要な処置を遠ざけてしまうことにあります。この問題は、代替医療についてよく言われていることですが、社会科学的な事象についても同じです。

▲僕がアメリカで愛してやまないチッポトレのブリトーです。このチェーンの近くにホテルをとってしまうほどです。
Chipottle Exists Because the World is Not Enough!
社会科学は、自然科学と比べると科学的にはずっと“未発達”なので、プラセボが起こる余地は大きいです。自己啓発系の書物だけでなく、社会学や経済学、経営学でも、「これは、ロイヤルタッチじゃない?」と思われるものも少なくありません。癒されているうちは良いのですが、本当にヤバイ場合には効きませんよ。

(*注:もちろん、ハーバードのプレミアムが、全てプラセボというわけではないでしょう。彼らは優秀なのですから。)

Back Next
株式会社アイ・イーシー 東京都千代田区飯田橋4-4-15