All Rights Reserved by IEC, 2008
Home Contents Contact
第8回:良い技術が市場で勝つとは限らないQWERTY
 日本企業が儲かってない。サブプライム問題による大きな打撃もありますが、実はそれより前からあまり儲かっていません。売上高は大きいかもしれないけれど、利益率を見るとかなりの低空飛行なのです。ここ1〜2年の話ではないのです。ここ10年、いや20年ぐらいはまずい。多くの日本企業の問題は、技術力はあるのになかなか高い利益率に結びつかないという点でしょう。

 良い技術が常に勝つとは限りません。例えば、技術的に優れたソニーのPS3よりも、任天堂のWiiの方が大きな価値を創造しているわけです。アップルのiPodやiPhoneも同
▲中国からの留学生のニイさん(いちばん右)が博士号の学位をとったのでお祝いです。留学生がドクターをとるのは本当に大変なんですよ。おめでとう!(なぜか僕の奥さんもお祝いに)。
じです。技術的にそれほど優れているわけではないけれども、大きな価値を創造している。一橋のイノベーション研究センターの延岡先生は、日本企業は機能的価値作りには優れているけれども、意味的な価値が創れていないと言います。市場の量的な拡大がそれほど見込めない場合は、企業は利益率をどのように上げていくかが大きな課題となります。

 利益率を上げるのにはいろいろなやり方があり得るでしょう。ブランディングもあるでしょうし、ターゲットとする市場の選択の問題もあります。今月はいかに製品やサービス、技術を社会の中に入れ込むかが大切かを考えてみたいと思います。目の前のパソコンのキーボードを見てみると、左上からQWERTYと並んでいるはずです。そのため、この配列はQWERTY(クワーティー)と呼ばれています。今では、どのキーボードを見ても、同じ配列。QWERTYです。

 実はこのQWERTYは技術的には問題のあるキーボードの配列なのです。1932年にはオーガスト・ドヴォラックによって、Dvorakキーボードが開発されました。これは、QWERTYに比べてよりスムーズにタイピングでき、指の移動が楽で、タイピングのスピードがかなり速い。しかも、腱鞘炎などの予防にもなる。それでも、相変わらず市場ではQWERTYが使われているのです。様々なタイプのキーボードの配列がQWERTYの代替として開発されてきましたが、どれも勝てないのです。

 そもそもQWERTYはタイプライター用のキーボードでした。タイプライターでは、あまりに早くタイピストが打つと、アルファベットが戻る前に次のアルファベットが来てしまって、ジャムってしまうのです。そのため、タイピストのスピードがあまりに早くなってしまわないように開発されたのがQWERTYだったのです。わざと打ちにくい配列にして、タイピングのスピードを抑えているのです。

 これがコンピューター用のキーボードとしても使われ続けるのは、明らかにおかしい。タイピングがある程度遅くなるようなデザインなのですから。使い続けられる理由は、経済学で言うところの外部性にあります。まず、タイピストの学校がかなりあった。そこではQWERTYを教えていたわけです。今ではパソコン教室です。あるいはタッチタイピングを覚えるソフトウェアです。自分で勝手に覚えた人も、みんなQWERTYを覚えるために費やした時間があるわけです。これはある意味では投資です。しかも、元には戻せないし、他に転用できるような投資でもない。不可逆的なものです。新しいキーボードの配列を覚えるためには全く新しく投資をしないといけないのです。しかも、多くの人がQWERTYを使えば、当然、大量生産でスケールメリットが働きますから、キーボードは安くなる。Dvorakに変えようと思っても、キーボードは高いし、学習するコストもかかる。QWERTYはコンピューターのシステムとしても完全に組み込まれているのです。
▲奥多摩に行ってきました。
新緑がとってもきれいでした。日本酒の酒蔵もあるし。しかも我が家(国立)からすぐ!
 QWERTYは、社会にシステムとして製品やサービスを入れ込むことがいかに大切かを示しています。ここで大切なのは、製品の質ではないのです。どうしても、日本企業は良い品質のものをと、顧客が求めていないようなレベルで技術開発競争をしたりします。しかも、すぐに陳腐化してしまうものが多い。戦略的に外部性を使って、社会の中に上手く入れ込んでいくことによって、価値を創っていくという戦略もあるのです。しっかりとしたモノを創っていかないといけない。日本の競争力の源泉は絶対にそこにある。でも、そこから利益を出していくための戦略も一緒に考えていかないとマズイ。やりようはいろいろある!

Back Next
株式会社アイ・イーシー 東京都千代田区飯田橋4-4-15