コンピテンシーを仮に行動特性だとすれば、それはまさしくできている状態、うまくいっている状態を単に記述したものに過ぎない。それは、必ずしも測定可能な指標ではないので、平行して、または別途に資質特性という科学的に確立された心理測定の概念を考慮しないといけないことを前回、指摘した。

 このような見解は、人事測定を長年やってきた人たちにとっては通説であり、彼らにはコンピテンシーを胡散臭く思う相応の理由がある。これに対して、主に外資系のコンサルタント会社の関係者は、BEI(Behavioral Event Interview 「行動観察面接」と訳される)という方法があると反論している。もし行動観察面接が有効で実務的な手法であるなら、コンピテンシーを人事実務の中で活用することが可能となるだろう。この点はどうなのか。

 行動観察面接とは、スペンサーによると、評価したい対象者に過去の成功体験及び失敗体験を2つないし3つずつ語ってもらうものだ。どんな状況であったか、何が期待されていたのか、本人が具体的にやったことは何だったのか、などを掘り下げていく。インタビューによって、自己イメージ(自分はどうありたいのか)、態度(行動する前にどうしたいと考えているか)、動機(何のためにしたいのか)を明らかにするものと解説されている。

 このような過去志向の行動インタビューの限界は、プラコスによって指摘されており、それによると、過去の経験を探っていくという方法は、上級管理者には有効だが、管理職候補クラスでは職務経験の内容や機会に差があり、不十分だとされている。

 つまり、すでに管理職となっている層について、さらに昇進可能な人材かどうかを確認する手法としては行動観察面接が有効なのだが、今後、管理職になりうるのかというアセスメントには適さないことが一般的な理解になっているのだ。

 行動インタビューを実践するにはそれ相応のトレーニングが必要であり、実務的に展開するのはかなり難しいというのがコンピテンシーで先行している企業の共通した声である。この点も1つの課題となっていると考えられている。

 そこで、より手頃な方法を考えざるを得ない。それはマルチソース・フィードバックないし多面評価といわれているものである。これは、本人の上司のみならず、同僚や部下、上司以外の上位者などの観察評価を織り込んで実施するものだ。たくさんの評価者を織り込めばそれによって評価が正確になるわけではないが、少なくとも周囲はその人をどう見ているかを示すことは可能となる。

 米国では、90年代後半、業績評価や人材開発において最も効果的な方法として普及したものだが、日本では注目されながらも「部下からの評価」を示されることに強い抵抗があるようだ。しかし、部下からの視線を意識することは、マネジメントを改善するのに効果的であるといわれている。同僚は一般に甘い評価を示すだけで本人にとって気づきのあるメッセージを出すことはあまりない。また本人の仕事ぶりを十分につかんでいないので、適切に評価できないという懸念もある。
 
 ただ、多面評価を実施するのは煩瑣なことでもある。どんな設問項目がいいのか、仮に実施してもその集計はどうするのか、悩ましい。コンピテンシーの行動記述がそのまま設問文として適切かという問題もある。いい事尽くめの行動文例を示し、はいかいいえで答えろといわれてもリアリティがない。的確な結果を導く質問文の作成は意外に難しいものだ。また紙ベースで実施しておいて現場の若手社員に集計を丸投げする例もあるが、縦横串刺しの集計があり、表計算ソフトを前に戸惑うことになりかねない。その集計は手入力では困難を極める。それは海を越えても同じであって、北米ではほとんどの場合、既製ソフトを活用するようだ。そうなってくると、コンピテンシーをモデル化しても意味はなく、最初から汎用的なソフトで多面評価を実施することのほうが近道であるということになる。



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