氏より育ち
It means... 人間を形成する時に大切なのは、 家柄や身分よりも、育った環境やしつけであるということ
氏か育ちか、それが問題だ
人間は生まれつきより、その後の教育が大切だということ。だが、その育ちも、遅れてばかりいると役に立たなくなるので、ほどほどのタイミングが必要だ。「センダン(栴檀)は双葉より芳し」というように、成人して大人物になる人は、子供の時から優れていることも多い。ここでいうセンダンは、ビャクダンのことで、心材に芳香があり、これを薄く切って扇子にする。仏像を作ることもある。油は薬や香水の原料にし、香りはなかなか抜けない。このことわざは、かの西行法師の言葉だという。正直なところ、ビャクダンも双葉の頃は、あまりよい香りはしないのだが、いずれにしてもその芳香はほのかに長続きし、ハイテク時代の化学合成の香りに馴れた現代人にとって、ハッとするぐらいに魅力的である。
最近の日本では、どんな子供でも小さいうちから学習塾に通わせ、“育ち”に力を入れれば“氏”に関係なく成長すると考える親が多い。しかし、本当のところはどうか、まだ定説はない。知能と性格の二つは、遺伝的な要素のほうが大きいという説もある。結局、教育学者たちは、少し長い目で見ると「氏も育ちも大切だ」という。どちらにしても、育ちのタイミングは実に大切だ。例えば、芸ごとで身を立てるともなれば、昔から伝わるように「芸ごとは四つから」は正しいというほかない。
語学でも同様である。「外国語を始めるなら10歳から」という脳生理学者もいる。この人の話では、それより早く始めても本人は忘れるし、遅いと、覚えるスピードが低下するともいう。その実例として、外国で生まれ、小学校の低学年で日本に帰国した子供は外国語をすぐに忘れてしまうが、小学校の高学年で帰国した子供は、外国語も日本語も話せるようになるという。結局は「氏も育ちもタイミングも」となり、これだと天気予報の「晴れたり曇ったり、ところによってにわか雨」式の、何を言っているのか分からないことになるが、これが正直なところらしい。
アントシアンの七変化
ところで「氏より育ち」を文字通り受け止めて、真剣に変な行動に出る人もいる。西洋のジョークに、コーヒー牛乳の欲しい少年が、牛の餌にコーヒーを混ぜてやり続けた話がある。本人は至ってまじめに行動していているのだが、もちろんこれはナンセンスで、そんなことは何の役にも立たない。コーヒーを飲んだ牛の出す牛乳には自然にコーヒーが含まれるはずだという、子供らしい短絡的な発想である。
また、梅雨に咲くあじさいの花をピンク色にしようとして、根元の土に懸命に酢をまき続けたという話もある。あじさいはピンク、紫、青など、花の色が七変化する不思議な植物である。花の色の元はアントシアンという色素で、これは植物色素の中で、赤、青、紫、紫黒色などを示す花や果実の色、シソの葉の赤紫色、赤キャベツの色などの色素の総称だ。この色素はpH(水素イオン指数)によってリトマス試験紙のように変色し、酸性では赤色になる。
リトマス試験紙は酸性では赤色、アルカリ性では青色になるので、従来、ピンクや赤系統の花は弱酸性、青色の花はアルカリ性だと考えられていた。そんなことから、今述べたように、土壌を酢で酸性にしようとする人が現れるわけだが、実際は、どんな色の花の汁も弱酸性で、青色の花がアルカリ性ということはない。
黒幕はアルミニウムイオン
では、弱酸性の花が赤色でなく、どうして青色になるのか。それはアルミニウムのせいである。よく調べると、青い花びらにはアルミニウムがピンクの花びらの約10倍含まれ、また、青色の花が咲く土壌はpHが5.5未満で、ピンク色の花ではpHが5.5~6.3の未満であることが分かった。もちろん、このpHの範囲は、みな酸性である。
この理由についてはまだ分からないことも多いが、一つの見方として次のとおり説明できる。まず、アルミニウムは、中性やアルカリ性の土壌では水に溶けずに沈殿するが、酸性の土壌では水に溶けて根から吸収される。吸収されたアルミニウムイオンはアントシアン色素と結合して錯体という化合物(違う種類のイオンが結合した集合体)を作るので青色を示す。一方、酸性であるものの、中性に近い土壌では、錯体ができにくく、アントシアンのみで発色するのでピンク色になるというものである。(あじさいの色については「話題源化学(東京法令出版版)」を参考にさせていただいた)