第27回:好調続くイギリス経済:高まる流動性と少なくなる愛国・愛社精神 |
あけましておめでとうございます。
50年ぶりの暖冬のロンドンから2007年最初の日記をお届けします。2006年はロンドンにはいろいろなことがありました。といってもテロがあったり、オリンピックの開催が決まったり、16年ぶりにクリケットでオーストラリアに勝ったりした2005年と比べると、あまり大きな動きのなかった1年でした。ブレア首相の辞任表明や、ベッカムの代表落選などが2006年の大きなニュースですから、いかに変化のない1年だったかが分かります。
そんななかで、2006年も依然としてイギリス経済が好調を保っていることは、衝撃的なスクープでもありませんし、地味なものですが、大きなニュースです。
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12月にちょっと日本に帰ったときに、トンカツ屋さんに行きました。すると、ランチが800円ぐらいで食べられるわけです。しかも、ご飯もお味噌汁もキャベツも御代わり自由です。しかも、感動的に美味しい。イギリスでは美味しくないサンドウィッチとミルクを買ったら終わりです。800円ではもはや地下鉄にも乗れません。イギリスポンドはどんどん強くなり、物価もじわじわあがっています。イギリス経済は相変わらず好調です。ヨーロッパでも、この好景気はイギリスとスペインぐらいです。最近では、強いポンドと安い航空券を背景に、ニューヨークまでブランド品を買いにイギリス人がわんさか訪れているのです。
好景気の理由としては、「次期首相と言われるブラウン財務相の金融政策が良かった」とか、「サッチャー政権の改革の恩恵が今になってでてきてるんだ」などいろいろ言われています。ヴァージングループのリチャード・ブランソンに代表されるようなこれまでのイギリスにはいなかったような企業家が現われてきたことも注目を集めています。
もう1つ、注目されるべきこととして、自国の基幹産業の多くはすでに外国資本になっているということです。ロールスロイスはBMWに、伝統のあるサッカークラブの1つのチェルシーもロシアに買われました。ロンドン証券取引所もナスダックに買われようとしています。トヨタ、阪神、東京証券取引所が外国企業に買われるようなものです。世界的にM&Aの数は増えているのですが、2006年には、海外の企業から買われたイギリス企業の数は史上最多になりました。イギリス買いが起こっているのです。
経済のウィンブルドン化がさらに進んでいるわけです。シティでは外資企業が活躍し、証券市場までが外国企業に買われようとしている一方で、経済は好調を保っているわけです。ウィンブルドン現象は消極的な意味で使われることが多かったのですが、ここにきて、「ウィンブルドン化って何が悪いの?」「イギリス人の会社じゃなくたって問題ないよね」という考え方が多くなってきています。エリートの間ではさらにこの考え方は進んでいて、「もしも自分の会社がダメになったとしても、自分のスキルを高く買ってくれる他の会社に移れば良いだけ」とか「イギリス社会がダメになったとしても、その時は、もっと良い環境に移れば良いだけ」という考え方が多くなってきています。実際、アメリカやヨーロッパなどの企業で活躍するイギリス人ビジネスマンやエンジニアの数は少なくないのです。
一方で、「自分の会社がダメになったら、もう自分もダメ」、「イギリスがダメになったとしても、イギリスに残るしかない」人たちもいます。自分の会社や国から、なかなか動けない人たちです。このような人たちが大多数です。経済が上手くいっている今のうちは良いのですが、この好景気が終わってしまうと、エリートも外資も一挙にイギリスからいなくなってしまうかもしれません。残されるのは、イギリスから動けない人たちと外資系企業の抜け殻たちです。アメリカの一部の田舎ではすでに起こっていることです。
労働市場の流動性が高まっていくと、エリートたちの「国」や「企業」に対する責任感や愛着などがなくなっていくと言われています。流動性が低い場合には、自分の国や企業がダメになってしまっては困るので、「イギリスのため」、「この会社のため」ということが大切になります。流動性が高まっていくと、わざわざ「イギリスのために」とか「この会社のために」とか考えなくなってくるのです。これは社会的には大きな問題かもしれません。
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日本はこれまで、労働市場の低い流動性と終身雇用・年功序列制の下で、働く人たち全員が「自分の会社でがんばるしかない」状況でした。自分の会社でがんばって、会社が成長することによってのみ、自分のお給料が上がる仕組みだったわけです。だから、みんなでがんばれていたわけです。
このシステムが崩れてきた最近では、労働市場の流動性を高めていこうとしています。確かに、これまでの日本は労働の流動性は極めて低かったわけですが、あまりに労働市場の流動性が高まりすぎると、大きな問題が起こってくるかもしれません。好況が終わったときにイギリスでこれから起こってくる問題は、明日の日本の大問題かもしれません。ビックリするような大ニュースはなかった1年でも、重要な変化が少しずつ見えないところで動いていたそんな2006年だった気がします。
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