イギリスやアメリカで私立に子どもを通わせるためには日本とは比べものにならないほどのお金がかかります。できるだけ”良い”環境に子どもをおくために、裕福な親は子どもを私立に通わせます。エリートを育てるために、子どもはかなり勉強させられます。一方で、公立はほとんどタダです。お金持ちの子どもたちは私立に行くので、自然と公立にはあまり裕福ではない家庭の子どもたちがあつまります。そこでの教育は、簡単な計算や文字の読み書きといった最低限の基本的なことをフォローするので精一杯です。完全に学校の役割が二分化してきているのです。
教育は社会の流動性を高める役割を担っています。貧しい家に生まれたとしても、がんばれば、報われる社会にするための大切な機関です。それが逆に所得の世代間移転を促進するようになってきているのです。親の所得が高くないと、高等教育が受けづらくなっています。日本でもこの問題は起こっています。大学進学者の親の所得を見ると、東京大学が最も高いのです。
これは大きな問題でしょう。社会の流動性は経済の発展にとって重要な役割を果たしています。明治維新の後、日本が急激に産業化できたのも、士農工商を廃止し、社会の流動性が一気に高まったからです。下級武士や商人たちが新しいビジネスを起こし、三菱や三井といったビックビジネスを築いていったのです。いくら貧しい家に生まれても、イノベーティブでありさえすれば高い所得を得られるような仕事に就けたわけです。
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