第4回:イノベーティブな戦略と機能しないオペレーション
 地下鉄、二階建てのバス、路面電車、郊外への電車、パリやブリュッセルに一本でいけるユーロスター。ロンドンには様々な公共の交通機関があります。主なバスのルートは24時間運行しています。公共の交通機関がほとんど発達していないアメリカとは大違いです。

 しかも、ロンドンの交通機関はとてもイノベーティブなのです。例えば、二階建てバスなどはとても良いアイディアです。日本のバスの倍ぐらいは乗れるわけです。また、おなじ地下鉄でも運行は複数の会社によって行われています。イメージで言えば、同じ丸の内線でも2つの違う会社が運行しているようなものです。きちんと競争をさせるためのものです。
Congestion Chargingというアイディアも革新的です。自動車の混雑解消のための料金システムです。ウィークデーの昼間はロンドンの中心を車で通るだけで、一日5ポンド(1000円ぐらい)払わないといけません。そこに住んでいる人でさえ、車に乗れば強制的に5ポンドとられるのです。これを日本でやろうとしたら大変です。東京23区(ロンドンはそれほど広くはありませんが)に入るだけで一日1000円とられるのと同じです。大反対が起きてできないでしょう。でも、ロンドンでは導入できてしまうのです。

 この他にも、地下鉄や電車の値段がピークとオフ・ピークで変わったり、週末と平日で変わったりします。現金で料金を払うよりも、カードを使った方が安く、カードを利用させるようなインセンティブをつけたりもしています。混雑するような道路には、バス専用のレーンがあり、バスがスムースに運行できるように工夫されています。

ただし、この交通機関は、ロンドンに住む人の悩みの一つでもあるのです。頻繁にとまる上に、毎年値上げされるのです。あまりに頻繁に問題が起きるため、各駅に「今日の地下鉄運行状況」というお知らせのボードがあるぐらいです。バスが途中で止まってしまい、乗客が降ろされることもよくあります。ラジオの交通情報では、車の渋滞をレポートするのと同じように、地下鉄の遅れをレポートするのです。一方ではイノベーティブなのですが、オペレーションがとても悪いのです。

どうしてこういうことが起こるのでしょう?企業では、長期的な戦略をつくる場合、意思決定をする人があまりに現場に近いと、なかなかイノベーティブなアイディアは生まれないと言われています。現場に近すぎると、どうしても短期的な意思決定ばかりになってしまい、長期的な大きな意思決定ができないというわけです。

 ロンドンの交通機関の場合、イノベーティブなアイディアはつぎつぎとでてきます。そして、それがどんどん導入されていきます。ただし、そのイノベーティブな戦略に、現場のオペレーションがついていかないのです。意思決定をする人が、現場と離れすぎているため、現場が追いつかないような決定をしたり、現場が必要としている投資をしなかったりすることがオペレーションを悪くしている原因の一つです。

 これは単純な問題ではありません。日々の効率的なオペレーションか、長期的なイノベーションかという問題にはトレードオフがあるからです。ただ、交通機関ですから、オペレーションが悪すぎると困るのです。ロンドンでは、みんなが地下鉄の遅れを遅刻の言い訳にします。遅刻の言い訳を提供するという点では、良いサービスなのかもしれません。

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