第39回:変化しつつある学長の選び方 |
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大学の学長といえば、企業で言えば社長です。これまでの学長の選ばれる一般的なパターンはだいたい次のようなものです。
○ 優れた業績を残してきた(あるいは、「残してきた」と思われてる)
○ これまでに大きな失敗がない(あるいは、「ない」と思われてる)
○ 自分の大学の卒業(あるいは、教鞭をとっている。ベストは卒業&教鞭の両方)
○ 男性
○ 自国籍
日本の大企業と同じようなパターンです。大学の歴史は11〜12世紀にまで遡るのですが、その間、基本的にはずっとこのパターンです。この学長の選び方が、最近、アメリカやイギリスで大きく変わってきています。代表的な大学を少し見て行きましょう。
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大学 |
学長 |
メモ |
ハーバード大学 |
ドリュー・ファウスト |
歴史学者・女性・ペンシルバニア大学卒・ハーバードの在籍歴なし |
マサチューセッツ工科大学 |
スーザン・ホックフィールド |
医学者・女性・ジョージタウン大学卒・MITの在籍歴なし |
スタンフォード大学 |
ジョン・ヘネシー |
コンピューター科学者・ニューヨーク州立大学卒 |
オックスフォード大学 |
アンドリュー・ハミルトン |
化学者・ケンブリッジ大学卒・オックスフォードの在籍歴なし |
ケンブリッジ大学 |
レシェク・ボリシェウィッツ |
物理学者・免疫学者・ロイヤルホストクラデュエイト・メディカルスクール卒 |
ロンドン・スクール・オブ
・エコノミックス |
クレイグ・キャルホーン |
社会学者・オックスフォード大学卒・LSEでの在籍歴なし |
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ハーバード大学の現在の学長のドリュー・ファウストさんは、ペンシルバニア大学で博士号をとった歴史学者です。大学卒業後は、ペンシルバニア大学で教えていました。彼女は、学生としてハーバードで学んだこともなく、ハーバードで教えていたこともありません。しかも、女性です。前の学長が女性軽視発言で非難を集めていたという文脈もありますが、女性でしかも、ハーバードとは全く関係ない人が選ばれたのです。
ハーバードのおとなりのマサチューセッツ工科大学(MIT)はどうでしょう。現在の学長のスーザン・ホックフィールドさんは、なんと、MITの歴史で初めての女性の学長です。1865年に創立されてから、今まで女性の学長はいなかったのです。もちろん、工科大学ですから、そもそも女性で候補者となる人の数は少ないのですが。しかも、彼女のこれまでのキャリアはイエール大学が中心であり、MITとは関係ないものでした。彼女のイエール大学での手腕を評価して、MITが学長に招いたのです。
スタンフォード大学の学長のジョン・ヘネシーさんは、スタンフォードで教鞭をとっていた先生ですが、出身はニューヨーク州立大学です。最近のスタンフォードの学長は、スタンフォード以外の大学の卒業生で、スタンフォードで教えていた人というパターンが多くなっています。
ハーバードやMIT、スタンフォードなどのアメリカを代表する大学では、学長の選出において明らかに新しい流れができてきています。それまでの慣習が壊れてきているのです。それでは、イギリスはどうでしょうか。イギリスの大学は、アメリカよりもかなり長い歴史を持っているのですが、ここでも同じような変化が起こっています。
オックスフォード大学では、11世紀に大学が設立されて以来、歴代の学長は全て、オックスフォード卒業か同大学の教員でした。まるで、王家のしきたりのようです。しかし、現在の学長のアンドリュー・ハミルトンさんは、学生あるいは教員としてオックスフォードに在籍歴のない学長です。オックスフォード史上初です。まさに歴史的な変化です。11世紀から続く王家のしきたりが変わったのです。
ケンブリッジ大学も同じです。これまで学長は、ケンブリッジ卒が多かったのですが、現在の学長は、ケンブリッジ卒ではありません。しかも、前学長のアリソン・リチャードさんは、800年以上の続くケンブリッジの歴史において、初めての女性の学長でした。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス(LSE)でも同じです。今年、学長に就任したクレイグ・キャルホーンさんは、ニューヨーク大学から招聘された社会学者です。LSEとの関係はなかった人です。イギリス人ですらありません。
アメリカでもイギリスでも、学長のパターンが大きく変わってきています。これまでは、内部の人が学長になるパターンだったのですが、どんどん外部の人が学長になり始めているのです。経済学で言えば、組織内部の労働市場からの学長の調達を、市場を通じた調達に変革してきているのです。
11世紀から始まる大学の歴史はかなり長いです。いわゆる階層的な組織を持った現代的な企業が出てくるのが19世紀ですから、大学の歴史の長さが分かります。その大学が変わろうとしているのです。最近になって、なぜこの変化が、起きているのかは分かりません。考えられるとすれば、おそらく、「外部から登用した学長の方がパフォーマンスが良い(と思ってる)」、あるいは、「外部からトップを招聘するのが、流行っているから」のどちらか(あるいは両方)でしょう。
この変化の流れは、今のところ、日本には来ていません。もちろん、学長候補となる研究者の数の違いはありますから、アメリカやイギリスと単純に比較することはできません(グローバルに学長を登用すれば、それも関係ないのですが)。これまでのような学長と、新しいパターンの学長を比べて、どちらの方がより高いパフォーマンスになるのかもまだ分かりません。しかし、アメリカやイギリスの大学は確実に変わりはじめています。新しい学長たちが、どのように組織をリードしていくのかは、注目です。
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