採用選考
企業の採用は旧態依然としているし、その採用選考のスキルは驚くほど稚拙なままである。人事コンサルタントをしていると、企業の人事部門、採用担当ともお付き合いをする機会が多いが、採用に関しては、妙に自信を持っていて、問題がないとの話も多い。あるいは企業の力相応にはやれているので、相談してまで取り組む問題はないと上層部ほど言う。しかし、担当者レベルでは焦燥感や問題意識もある。
先ず、彼らの嘆きは、役員層ないし上層部が、有名大学重視で、その割合がどうだったかで、成果を見ようとするということを一様に指摘する。しかし、採用担当者は面接で、これだと思う学生になるべく内定を出し、そうでない学生には内定を出したくないものだ。それは別に彼らが全社的な観点でモノを考えているからではなく、配属した後に配属先から苦情が来て、採用担当がどうなっているんだ、と言われるのが嫌だからである。
関西系の公共企業で長年、人事担当をしてきたY氏は、京大の学生なら統合失調と思えるような人物でも内定を出せ、採用しろと言われ、なぜその学生に内定を出せないかを客観的に論証する作業を何年もかけて行なったとコメントしている。首都圏なら、東大出身なら誰でもいいということを意味する。
こういう傾向は中途採用でもあり、学歴が一流でなかなか採れない人材なら、人材紹介などの業者から勧められて、十分に面接もしないで採用してしまうということがある。しかし、そうやって入った人はあまり活躍しないことも多いので、1年もしないうちに辞めていったり、辞めさせざるを得ないということにも、よくなっている。
企業の有名大学重視は指摘した通りだが、逆に採用担当者が、無名大学(あるいは準有名大学)でいい応募者を見つけた場合、これも苦労するそうだ。そういう学生を担当者が一次選考で太鼓判を押して通しても、上層部が二次選考で、十分に選考もせずに落としてしまう、その学生を強く推しても抵抗が強い。こういう問題の背景には、きちんと確立された採用選考の技術がないことがある。
また類似した問題に、採用選考では、応募者の適性を見極めるだけではなく、応募者の自己表現欲求を高めるなどして、入社動機を高めるという側面がある。採用はいわば釣りのようなもので、大海から巨大なマグロを釣り上げるようなところがある。いかに応募動機を高めて、入社する気持ちにさせるか、学生が迷っている他社を諦めさせ、今受検している会社に入社する気にさせるか、それは重要な問題だ。
第一線の採用担当者はそれこそ緊張感を持って、取り組んでいる。彼らの意見を聞くと、一番困るのは、会話の弾む学生なら採用面接も重労働ではなく、ある意味で楽しくもあるのだが、表情も乏しく、覇気もない、コミュニケーション能力もない、話の内容も支離滅裂、そんな学生が立て続けに来ると、精神的に堪えるそうである。しかし、そんな学生を数分でおしまいにするわけにもいかないし、十分な面接もしないで返して落とすと、面接が短く選考がまともと思えないなどの意見を2ちゃんねるなどのサイトに書かれたりする。採用担当は中堅クラスなら1名、準大手でも2名程度なので、すぐに個人名が特定化され、社内的にも非難を浴びることになる。
また入社動機では採用担当から上層部までが連携してうまくやっている例もあるが、上層部の面談を組むと、辞退者が続出して採用担当の骨折りが徒労になることもある。上が人を見る目がないという意見も出てくるが、上がやる気なくて学生が敬遠するという話も出てくる。関連会社や子会社の場合、本体企業からの出向者が学生を侮蔑するような態度、言動を取ってしまい、先に進まないという例もある。かといって、役員面接なしに採用を決定するわけにもいかないのだろう。
採用基準だが、企業はコミュニケーション能力を重視しているが、最近、人事担当から聞くのは、メンタルなタフさ(mental toughness)を求めるという声もある。採用選考時に評価の高かった人物が入社後に鬱になり、休みがちのまま退職してしまった、そういう学生を二度と採りたくないという意見も聞いたことがある。実際にはそういうこと、つまりメンタルな安定性のある学生のみを選考することは難しいかもしれないが、情緒安定性、精神面での健康は企業でパフォーマンスを発揮する上で重要な要素であることは確かだ。
ある企業でヒューマンアセスメントを行ない、そのデータを因子分析したところ、次のような結果を得た。私の所属する会社で、年間に数百人のアセスメントを行なっており、そのデータを都度因子分析などの方法で多変量解析しているが、興味深い結果が得られることが多い。先ず、企業ごと、また階層ごとに、その結果が大きく異なることである。このデータは東京に本社を置く従業員800名ほどのサービス業のデータである。
 【因子分析】

 

1 2 3 4 5

問題解決

.94

.04

-.03

-.27

.06

計画組織

.81

-.14

-.34

.11

-.22

管理統制

.70

-.12

-.11

-.14

.09

決断力

.67

.26

.33

-.11

-.22

要点把握

.51

-.13

.18

.30

.17

柔軟性

-.38

.13

.02

.27

-.22

問題分析

.36

-.24

.07

.19

.26

対人影響

-.06

.79

-.19

.23

-.25

コミュニケーション

-.04

.75

.09

-.38

.05

対人インパクト

-.10

.67

.02

-.04

.04

説得・対話

.04

.64

-.13

.25

.33

対人感受性

-.02

.31

-.77

-.05

.23

ストレス耐性

-.35

.02

.63

-.03

.07

能動性

.24

.26

.44

.40

.05

イニシアティブ

-.26

-.02

.02

.86

-.04

自律一貫性

.05

.05

-.12

-.03

.87

ラベル 課題解決 対人影響 タフさ 率先性 責務感
このデータでは、因子が5つ得られているが、心理統計の観点からすると、因子解は3つ程度で解釈するのが一般的であろう。因子をそれぞれ、課題解決、対人影響、タフさ、率先性、責務感とラベル化した。ラベル化とは命名ともいい、因子を解釈して名称をつけることである。
ここで、興味深いことが1つある。それは、対人感受性が「タフさ」(因子3)の中で現れ、マイナスの値を示していることである。つまり、対人的な場面での感情理解や、相手に対する配慮という側面ないし要素、少し前に流行になったEQ的な要素は、タフさと逆相関するということである。とりわけ、ストレス耐性、つまり圧迫や葛藤から来るプレッシャーに対する耐性とは逆相関にあることも興味深い。
このような傾向は他のデータでも発見することができるが、同様の傾向が出てくる。しかし、実際のアセスメントの現場ではどうなのだろうか。対人感受性は重要な要素であり、ハロー効果しやすい。アセッサーによっては、対人感受性が高い受講者を高く評価しようとする傾向がある。同様に、採用面接の場面でも、対人感受性を重視した採用選考を自覚しないまま行なう担当者も多く、その結果、対人感受性の高い人材に内定が多く出される。しかし、そういう人は必ずしもそうではないが、ストレス耐性が低いということになってくる。これも個人差があるが、入社後にメンタルな問題を起こしやすくなってくる。
一方、ストレス耐性や能動性(バイタリティ)を重視したタフさ重視の採用を行なうと、対人感受性を見失う可能性が出てくる。タフさばかりがある人は、周囲への配慮や感情理解ができないので、営業などの職種に向かない可能性もあるし、管理職適性を備えない懸念がある。
そこで、実際の採用選考では、タフさと対人感受性をバランスよく兼ね備えた人材を選考しないといけない。また因子の1と2にも当然のことながら目配りをしないといけない。課題解決では学力試験も役立つだろうし、実際の課題解決を面接で確認することも大事だろう。対人影響は説得・対話力なので、面接で評価しやすいが、プレゼンテーションをさせるのも効果的である。
なお、採用選考の精度を上げるためには、人事採用担当が余裕を持たないと始まらない。そのためには、採用業務の一部をアウトソーシングすることも必要である。例えば、学生の呼び出しや内定などの連絡などのルーチンワークは外注で処理すれば割安である。そもそも採用選考は季節業務であり、年度によって過重が異なるので、その方が経済的である。また選考の初期はいきなり面接を行なうのではなく、選考ツールを使ったり、集団面接を行なったり、そういう工夫をしないといけない。意外に、こういうスキームの整備ができていない企業がまだ多い。そのために中堅企業の場合、企業によっては採用担当が5名以上いて役員層から担当までが全国を走り回っているケースも多い。それでは、じっくりと面接による選考を行なう余裕が出てこない。
面接も単にやればよいのではなく、どんな質問にするのか、どういう枠組みで聞くのか、会社の特性を考慮して設計し、それに沿って社内トレーニングを行なうことが必須である。こういうことには比較的外資系企業が熱心で、私のところに依頼してくるのも全部外資系である。
面接のトレーニングを行なうと、その担当者のクセが如実に出てきて、お互いの違いがわかり、その刷り合わせに役立つことがある。人によって対人感受性オンリーであるし、人によっては要点把握力、対人インパクト重視である。一般に、女性担当者は、対人インパクト、つまり第一印象を非常に重視し、その上で対人感受性にも厳しい評価をする。しかし、タフさ(ストレス耐性や能動性/バイタリティなど)は甘い。また高学歴の担当者が行なうと、要点把握力や問題分析力を非常に重視し、そのハードルは高い。しかし、職種によってはそこの部分を重視し過ぎることは、専門知識やその他の要素を見失ってしまうことになりかねない。高学歴の人ばかりが集まる人事部を持つ企業は、どうしても面白みのない、余裕のない、遊びのない人材を採ってしまっている気がする。
今一度、自社の採用選考を全体的に見直してほしいとつくづく思う。この領域に関しては米国では非常に発達した技術やノウハウがあるのに、日本では積極的に導入していこうという動きは極めて緩慢で、既存のやり方に固執しているように思われてならない。


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