困った人とは脱線者
職場にはいろいろな人がいます。例えば、優秀な人とそうでない人という分け方があります。優秀な人といっても、場所は職場なので、学校でいうような成績のよい人というのではないでしょう。職場で優秀な人とは、一般に業績を上げる人のことです。ただ、営業などでは数字が見えやすいですが、管理部門などでは仕事が手堅いとかいざというとき頼りになるとか、もう少し違った見方をするでしょう。
コンピテンシーという言葉が流行り、それは高業績者の特性であるということで高業績者を意味するハイパフォーマーかどうかも重要な切り分けの基準となりました。つまり、高業績者かどうかは職場の実在者を仕分ける目安になり、高業績者にスポットライトを当て、そうでない人を鼓舞することで高業績者になれと薦めているわけです。そしてどうやったら高業績者になれるかの指標がコンピテンシーだというのです。確かに会社のみんなが高業績者になれば、少なくともそれに近くなれば会社全体は儲かるでしょう。我先にコンピテンシーを導入しようとする会社の意図はその意味で理解できることです。しかし、そんなに簡単にいくのか、疑問がないわけではないです。
会社は入社して数年して一人前になるだろうと見込まれる人材を新人として採用します。できればすでにいる人材よりも見込みのある人材を採用しようと躍起になるかもしれません。そうすると、従業員のレベルが向上し、会社も業績が上がるからです。会社は入社してきた新人に新人研修を行なったり、職場に配属された後はいろいろとみんなで指導します。今なら内定者にまで熱心に教育を行なっているほどです。新人は担当した仕事で苦労しますが、だんだん慣れてきて早ければ1年ほどで、遅くても3年もすれば一応の仕事をするようになってくるものです。つまり、一人前になるわけです。このような新人育成を見れば、新人教育を踏まえてそこから仕事に必要な知識やスキルをすばやく習得する能力[※]が重要なことがわかるでしょう。
ところが、問題は一人前になってからです。一人前になると、上司から学ぶことも少なくなるし、部下であるその人はいちいち上司におうかがいをたてなくてすむかもしれません。上司のやり方よりもいいやり方を自分で発見し、自分で試して成功するかもしれないです。特に問題がなければ周囲もその人にあれこれと口うるさく言わなくなるかもしれません。あるいは多少問題を感じても、ほかにも重大なことがあると、その人にとやかく言うのははばかるかもしれません。むしろこの段階になってから問題が生じてくるのです。
一人前になった人が成功を収めることで自信をつけ、もっとがんばろうと自分で自分を鼓舞することは大いに結構なことです。しかし、現実はそんなことだけではなく、自信が思い上がりとなり、周囲に傲慢に振舞い、根拠のない仕事のやり方をノウハウと思い込むようになってしまいます。このように、成功することが次なる失敗の原因となることは、脱線現象として研究が進んでいます[※※]。電車の脱線をイメージするとよいのですが、低速では脱線しにくい。むしろ必要な減速を怠ったとき、電車は軌道を外れてしまうのです。
脱線しそうな人、あるいは脱線してしまった人のことを総称して「困った人」と捉えることができるでしょう。困った人にはもともと優秀だった人が多いし、少なくとも自分では自分のことをすごく優秀だと思い込んでいるものです。だからますます周囲は困ってしまうのです。ところが、困った人は、自分のことをそれなりに優秀だし、まんざらでもないとうぬぼれているため、あまり周囲の言うことには耳を貸さない。馬耳東風を決め込み、核心に触れる発言には自己防衛的になることが少なくない。周囲もだんだん相手しなくなり、ますます孤立してしまうことになるのです。
[※]仕事に必要な知識やスキルを習得する能力のことを「資質特性(aptitude)」という。
[※※]脱線のことを英語で「derail」―ディレール―という。文字通り、レールを外れることである。仕事上の成功が失敗を導く現象を「キャリア・ディレール」ということがある。
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