マッキンゼー関係者による『ウォー・フォー・タレント』(War For Talent)が日本でもかなり読まれている。この本には、優秀な人材をいかに抱えるかどうかが企業としての競争優位を生み出すので、人材獲得競争においていかにその優位性を打ち出すかが重要であるという論旨である。確かに、日本でもいわゆる優良企業は人材の採用市場でも優位にある。それは企業にとって大きな財産になるように思われる。しかし、よくよく考えてみると、そうでないような気もする。というのも、この本が日本で翻訳される前、実はずいぶんこの本の見解に対する反論があったのだ。私の知る限りでも、次のような議論がある。

まず、ウィリアム・バイアム(William Byham)は、サクセッション問題を議論する中で、外部からの人材調達に対して批判的な意見を示している(” Grow Your Own Leaders: Acceleration Pools: A New Method of Succession Management”2000)。外部から人材を調達しても、価値観のシェアが難しいこと、社内の支持が得られにくいこと、組織内のモチベーションが維持できないことなどの理由から、自社の有効戦力にならない。そこで、サクセッション、つまり次世代リーダーは早期に選抜し、プールしてそれ相応の育成機会を設けるべきだというのである。『ハイ・フライヤー』で有名なモーガン・マッコール(Morgan McCall)も似た見解を示している。

また、ジュフェリー・フィーファー(Jeffery Pfefer)は、普通の人が集まった会社でもそれなりの秘訣ないし共有化された価値観のインフラがあれば、高業績を生み出しうると強調している(” Hidden Value: How Great Companies Achieve Extraordinary Results with Ordinary People”2000)。例えば、サウスウェスト航空は、専門的な資格や技能よりもすでにいる人と相性がいい人かどうか、会社の持つ雰囲気や価値観に合う人かどうかを採用基準で重視しているという。

私のようなアセスメント・ツール業界の関係者[1]は、これとは違った立場を基本的に取っている。つまり、採用時点においてより好ましい人材を確保することで、企業としてのパフォーマンスを上げていこうというスタンスを取っている。これをハイポテンシャル人材有効論と言えるだろう。実際、人間の資質特性(Aptitude)は生涯にわたってあまり変化しない。職務ごとに好ましい人材特性のパターンがあり、そこから逸脱度合いの大きい人材が活躍する可能性はやはり低い。

ただ、このような立場は一定の有効性はあるが、もちろん限界もある。というのも、たとえ好ましい人材特性パターンから乖離した人材が活躍する可能性が低いとしても、理想のパターンに近いはずの人が成功しないことも少なくないからだ。つまり、適切な資質特性を備えていても、成功の可能性がより高いということであって、それだけで職務上の成功が保証されているわけではない。それにはいくつかの背景が考えられる。

まず直属上司との関係である。これは、VDL(Vertical Dyadic Linkage Model )といわれるもので、南隆男と若林満によって提唱されたものである。端的に言えば、いい上司にめぐり合わなければ成功しないということである。

またディレールメント(derailment)という発想がある。成功によって自信を深め、偏狭な考え方に陥り、周囲からも支持されなくなる現象のことで、ロンバード(Lombardo)やマッコールによって提唱されたものである。ハイポテンシャルでもハイパフォーマーにならず、むしろそのキャリア軌道は不安定だという見解である。

さらに組織のインフラがある。組織風土organizational climate)とか組織バリューvalue in organization)という言葉で指摘されているものだ。

このうち、組織風土に関してはワイク[2]の議論が有名だ。コーネル大学のカール・ワイク氏は、組織が習得し適応するには、あきれる程ながい時間が必要だという意味のことを言っている。組織内の慣行について、それがとっくに実際的な意味をまったく失った後でも、組織は強迫観念にとりつかれたようにそれに関心を持ち続ける。まず考えなければならない経営の戦略的な前提条件は、経営システムの些事の中に、時がたつにつれて当初の意図が不明瞭になってしまったような慣行の中に、埋没しながらも、しかも脈々と生き続けている、という。

一方、組織バリューは、私が2001年に提唱したもので[3]、実際のコンピテンシーよりも理念的なコンピテンシーを組織のDNAとし、それによって組織変革を目指すアプローチである。具体的には組織内共通言語によって組織メンバーの価値観や意識の方向性を統合するものである。この場合、思うに、チーム志向を高めることが重要である。例えば、五星[4]という会社では、12のコンピテンシーを4つのクラスターに分類し、その1つにフォア・ザ・チーム(FTC)を挙げている。
私のコンサルティングの経験でも、企業自身がしっかりとしたビジネスモデルを持っていれば、とくに優秀な人材が集まらなくてもその会社は十分に収益を上げていくものである。確たるビジネスモデルもないのに、いい人材があれば何とかしてくれるという発想はもとより怠惰な経営者の泣き言のように思う。


生態学的変化
人や活動がかかわる経験の流れの中での変化や違いのことで、多義性を削減したりその違いの軽重を問うたりする機会を提供する。これは、イナクトしうる環境(enactable environment)すなわち意味形成(sense-making)の素材を提供する。

 イナクトメント
イナクトメントとは、組織メンバーが環境を創造する上で果たしている積極的な役割を意味し、自然淘汰における変異に相当する。経験の流れの中に違いが生じると、行為者はより深い注意を払うべく変化を隔離するような行為をとるが、このような囲い込み行為はイナクトメントの一形態である。

 淘汰
淘汰とは、イナクトされた多義的なディスプレーに多義性を削減しようとしてさまざまな構造をあてがうことである。このあてがわれる構造は、しばしば相互に結びつけられた変数を含んだ因果マップの形をとるのであるが、それらは過去の経験から形成されるものである。

 保持
保持とは、合点のいく意味形成すなわちイナクトされた環境と呼ばれる産物の比較的ストレートな貯蔵である。保持された内容には「イナクトされた環境」と「因果マップ」の2つが含まれる。

以上の組織化のプロセスは以下のように図示される。

出所 Weick,K.E. The Social Psychology of Organizing, 1969, 2ed. 1979, p.152, 遠田雄志 訳『組織化の社会心理学』文眞堂、1997年、172頁。

[1] 私はAGP行動科学分析研究所の所長をしているが、AGPを含む採用選考ツールを提供している業界をテスト業界という。この業界では、HRRのほか、外資系のSHLなどが有名で、最近ではAGPも主要シンクタンクと目されるようになってきた。
[2] ワイクは、自然淘汰モデルを援用しつつ、生態学的変化(ecological change)、イナクトメント(enactment)、淘汰(selection)、保持(retention)の4つの要素からなる組織化のモデルを提示している(邦訳書,154-188頁)。
[3] 次のコラムを参照されたい。http://www.h2.dion.ne.jp/~tanagai2/column/29.html 
[4] 香川県にある総合建設コンサルタントの企業。代表者は浅野雄嗣氏。

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