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「あんた、あまり家で料理してないね。」
一月下旬の日曜日の朝、七面鳥のひき肉を大鍋に移し、火を通し始めてから間もなく、当日のホットミール(温かい料理)の責任者ベラ(Vera)さんが私にそう話しかけてきた。
「はー・・・まあー」と口を濁しながら、半分凍ったままのひき肉を大きなしゃもじでかき回す。
午前10時を回り、十数人のボランティアは割り当てられた仕事を黙々とこなしている。玉ねぎを切る人、サラダを作る人、パスタをゆでる人。あと2時間の内に、ホームレスの人々用に大量の料理を作り終えねばならないのだ。
ここは国会議事堂から数ブロックのところにある非営利組織DC Central Kitchen (DCCK) の厨房。市内のレストランやホテルから集められた不要食料品は、この厨房で毎朝料理され、4100人分の食事となって首都圏にある130の社会奉仕センターへと運ばれていく。 |
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DCCKの設立者で最高経営責任者のロバート=エガー (Robert Egger) 氏がホームレスのためのこうした活動を始めたのは、1989年。ブッシュ大統領就任パーティー用に準備された食材の残り400パウンド(181キロ)が、収集品の第一号となった。それ以来、食べ物にしても、金にしても、またホームレスや失業者の持つ潜在能力にしても、「無駄は悪である」をモットーに地道な活動を行ってきた。地元コミュニティーに根を張った結果重視の活動振りは米国に200万もあるといわれる非営利団体の世界に新風を吹き込み、時々メディアでも報道されるほどだ。また、その経営哲学とビジネスモデルは、ニューオーリンズやシカゴ等の地方都市にも"Campus Kitchen"(大学をベースに同様のコミュニティーサービスを提供するKitchen)として広がりつつある。
こうしたDCCKのこれまでの業績がエガー氏の大きな誇りになっているのはいうまでもない。しかし、2004年の年次報告書で彼は、DCCKは「ホームレス」や「飢え」問題への「解決策ではない」とも述べている。DCCKのようなKitchenを必要としない社会の実現こそが望ましく、その将来に向かって皆頑張ろうというわけだ。
彼のこの未来志向の考え方を具体化したものだろう。DCCKが行っているもう一つの活動に"Culinary Job Training (料理人を目指す人のための職業訓練)" がある。上述したホットミールの責任者ベラさん(58)は、実はこの職業訓練コースの卒業生だ。間借り生活をしていた彼女が失職し、家賃が払えなくなって移り住んだのが"House of Ruth" (ホームレスの女性や子どもを受け入れる施設)。そこに世話になりながら、12週間にわたるDCCKの職業訓練コースに参加し、昨年10月に修了。翌月からはDCCKのスタッフとして働き始め、3ヶ月にわたる試用期間をあと数日で終えようとしていた。DCCKの週末の運営責任者ボー(Bo)さん(50)も3年前に同コースを終え、「食品取扱者(food handler)」としての資格を取得後、このKitchenで働いているとのこと。DCCKに来るまでは、麻薬常用者で「相当の悪」だったが、「ここで俺の人生が変わった」と話してくれた。因みに、同コースは無料。参加者には、交通費として一日10ドルが支給される。
ホームレスは米国資本主義社会が生み出した長年の社会問題だ。業績改善を理由にいとも簡単に人員解雇をする近年の米国式経営が、問題を更に深刻にしているようにも思う。不本意ながら自分の住み処を失いその日暮らしの生活を強いられるようになった人々を、「自助努力が足りない」と切り捨てる人がいる。しかしその一方で、彼等に救いの手をさしのべる組織やその活動を支えるボランティアもいる。DCCKの厨房でそうした人々に出会うと、この社会の温かさや奥深さを感じる。米国資本主義の醜悪な底辺をぎりぎりのところで支えている、まさに縁の下の力持ちたちだ。
ホームレスの人々にとって冬はきつい。今日もまた、多くの人がDCCKの温かい食事を心待ちにしているに違いない。とにかくこの日を生き延びるために。そしてある日、ベラさんやボーさんのように自らの将来を切り開いていくためにも。
腹が減っては戦ができぬではないか。
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Copyright by Atsushi Yuzawa 2006
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