夏休みに2週間ほど日本に帰った時のことだ。
8月上旬、サンフランシスコ発の飛行機が無事、成田空港に到着し、さあ降りようと立ち上がると、3列ほど後ろの席に座っていた日本人女性と中国系男性が口論を始めた。男性が頭上のコンパートメントから大きなスーツケースを降ろす際、女性の肩に当たったのだが、男性は全く知らん顔。頭に来た女性が、「『申し訳ない』の一言でも言ったらどうか」と流暢な英語で男性に食いついたのだが、男性は暫く無視し続けていた。ところが、女性がしつこいものだから男性は不機嫌そうにぶつぶつ言いながら、結局「I’m sorry」を口にし、一件落着。近くで様子をうかがっていた米国人女性が、飛行機を降りながら「あの女性はよくやった」と褒めていた。
車がたまにしか通らない長野県高遠町の田舎道。 道路の右端に立ち止まってこちらを見ている小学校一年生ぐらいの男の子が目に留まった。車を止めると、その子は手を揚げて道路を横断し始めた。どこでもよく見かける光景だ。ところが、道路を渡り終えたその子が、突然こちらに向かって姿勢を正し、深々とお辞儀をしたのだ。「そこまでしなくても」と思いながら、でもその子の礼儀正しさになぜか新鮮さを覚えた。米国では決して見ることのないシーンだったからだろう。この話を伊那市近辺の小学校で教えているベテラン教師にしたところ、止まってくれる運転手には感謝の気持ちを示すよう生徒に指導しているとのことだった。
もう一つ長野県の話。夏になると、モンゴルの大草原を伊那谷の子供たちが馬で駆け回るという。上伊那地方の小学校に勤める給食の先生が、7月から8月にかけての一週間、子供たちと参加したモンゴル体験ツアーの話をしてくれた。地元のある塾が企画したもので、今年で2回目。参加者は小学生から大学受験に失敗した浪人生までさまざまらしい。一人一人別々のモンゴル人家庭に預けられ、ゲルでの遊牧民生活をナマ体験する仕組みだというから、子供たちにとっては大変なチャレンジかなと思う。ところが、この間、子供たちはホームステイ先の子供等と馬で草原を駆け回って遊んだという。ツアー前には元気のない顔をしていたある若者も、モンゴルから帰ると随分明るくなっていたとのこと。ちなみに、このツアーを組んだ塾の塾長は、元小学校教員。ポニーの飼育を通じて児童の育成に長年携わってきたユニークな教育者で、退職後も「ポニー総合教育」とも言うべきものを続けている。モンゴル訪問中にたまたま出会った遊牧民と馬がきっかけで知り合いになり、ホームステイの話を持ちかけたところ、先方が快く受け入れてくれたそうだ。
短い日本滞在ではあったが、よいものを見ることができた。よい話も聞けた。外国人男性と口喧嘩してもちゃんと勝てる日本人女性。こちらがびっくりするほど礼儀正しい小学生。狭い教室を抜け出し、ポニーと共に児童の成長を見守ってきた教育者。日本も捨てたもんじゃないではないか。
そう思いながら気分よく米国に戻ったのが8月下旬。時差ボケも直らず、日本の思い出に浸っていたら、南部をハリケーン「カトリーナ」が襲った。以来、米国社会の暗黒面を思い出させるニュースばかりで、いささか気が滅入る。マスメディアで連日報道される米国社会の貧困層の実態や最下層の人々に対する政府の後手後手の対応策には、改めて驚かされるし、混乱に乗じて行われた略奪や襲撃騒ぎは全く理解に苦しむ。先日、ラジオのニュース番組で、神戸大震災を自ら経験したあるコメンテーターが、大混乱の神戸では自動販売機一つ壊されることがなかったのにと日米の比較をしていた。首をかしげているのは私だけではないようだ。
九月も中旬。すっかり米国の現実に引き戻されてしまった感のある今日この頃だ。。
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