一昨年の秋から一年間、日本の政府機関で研修生として過ごした米国連邦政府職員が日本の少子化問題の解決策を教えてくれた。残業をなくすようにすることだという。そうすれば、夫婦の時間が増えるというわけだ。
かつて、エコノミックアニマルとまでいわれた日本人は、今でも残業、週末出勤と会社本位の生活を送っているのだろうか。 

東京からワシントンに移り住んだ90年代半ば、私がまず驚いたことの一つに米国人の退社時刻がある。5時になれば多くの人が席を立つし、人によっては交通渋滞を避けるため、5時前に家路に就く人もいる。6時になってもオフィスにいようものなら、「遅くまで何やってんの?」という目で見られるし、声もかけられる。日本での帰宅は9時過ぎというのが当たり前だった私にとって、こちらでの生活は心地よく、米国人の生活の豊かさを実感したものだ。米国に駐在員として派遣された日本人社員や家族が日本に帰りたがらないというのもうなずける。
しかし、退社時刻が早いからといって米国人が働かないというわけではない。勤労意欲が高い米国人は多いし、「働き過ぎ」という言葉を耳にすることもよくある。にもかかわらず、こちらでの生活にゆとりが感じられるのは、米国人の仕事と家庭とのバランスのとり方が日本人と大きく異なるからではなかろうか。仕事のためには家庭の犠牲はやむをえないとする日本人と家庭を犠牲にしてまで仕事の虫になろうとは思わない米国人の違いは日常生活のいろいろな面で見られる。

こちらに来てまず感心したのが、子供のスポーツ活動への親のかかわり方だ。学校が終わると、小中学生は区域ごとに組まれた野球やサッカーの試合に出かける。まだ、週日5時半だというのに子供等に混じって、コーチ役を買って出たジーパン姿の父親や我が子の活躍ぶりを見ようと会社から直接駆けつけた背広姿の父親がいる。母親も来ている。東京では想像すらできなかった光景だ。

職場でも、「家族」を理由にときどき遅刻する人、早退する人がいるが、周囲の人は文句らしきことを言わない。「家族のためなら」という暗黙の了解があるし、事情によっては「何かしてあげられる事はないか」と尋ねてくる同僚さえいる。

こうした米国人の仕事と家庭とのバランス感覚は、必ずしも日本社会に即受け入れられるものではないかもしれない。しかし、日本の将来像を描く上で参考になるような気もする。
というのも実は先月、『会社への忠誠心、日本が世界最低 。。。』というショッキングな新聞記事に出くわしたからだ。日本人の多くは会社への忠誠心があるものとばかり思っていたのだが、今年3月に米ギャラップ社が行った調査では、仕事への忠誠心や熱意が「非常にある」と回答した人はほんの9%で、2003−04年に行われた他国での調査と比較すると14ヵ国中最低、最も高い米国の29%の3分の1以下だという。ちなみに、仕事への忠誠心や熱意が「あまりない」と答えた日本人は67%、「まったくない」が24%とのこと。「米国は不満があれば転職する。日本は長期雇用の傾向が強いこともあって、相当我慢しているのではないか」というのが、記事の最後に載っていたギャラップ社の分析だ。
ということは、日本の長期雇用制度は社員の忠誠心や熱意の源泉になっているどころか、その逆効果を生み出しているということではないか。しかし考えてみれば、バブルがはじけ米国流マネジメントを導入し始めた日本株式会社が、社員に従来通りの忠誠心を望むこと自体に無理があるのかもしれない。日本の友人も「わが身を削り、我慢の限りをつくしても将来の確たる保障が望めなくなった以上、忠誠心などばかばかしいと思うのが当然だ」という。

それなら今こそ、日本人も仕事から家庭に比重を移し、会社本位の生活から抜け出す絶好の機会ではないか。皆が仕事と家庭とのバランスの取れた生活を送ることで、また会社がそうした職場環境を整えることで、ひょっとしたらいつか、「会社への忠誠心、世界最低」というレッテルをはがせる日が来るかもしれない。

Copyright by Atsushi Yuzawa 2005


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